48話◆魔女は知識を与える
侍女として来てくれたセシルは少し変わってるけどいい子だった。すんなり名前も呼んじゃって、私ってば少し変わっちゃったのかしらと思ってしまう。暇にまかせてあれこれ話しかけたら打ち解けてしまい、すっかり意気投合だ。セシルのさばさばした雰囲気は接していて気持ちいい。こういうふうに女の子とたくさんおしゃべりできるって、実は憧れていた。友達少ないって言わないでそこ。私にもいろいろあったの。
「……これが友達」
「ん?」
「夫が言っていた。友達を作れって。そしたらまた私の世界が広がるって」
「じゃあ、あたしがあなたの初めての友達?」
「うん。だめか?」
「ううん。うれしいわ。ありがとう」
エリザベスやクイーンは女友達枠に入るかしら。え、ダメ? もうーいいじゃない。意地悪ね。
彼女の存在はありがたかった。ヴィンセントに頼りきりの状況は私もまずいと思っていたところだ。これを機につい甘えてベタベタしてしまうのをどうにかしないといけない。だって彼ったら優しいんだもん。ついフラフラと寄ってしまうわ。きっと彼はダメ女製造機ね。
少し夜更かしてセシルとたくさんお話しをした。寝室で別れてベッドに座ると、気持ちいい寝具の肌触りを確かめる。あの程度の嫌がらせなんてかわいいものだ。でも彼は私を心配してすぐに手配してくれた。ふかふかのベッドに横たわると、彼の体温を思い出す。これまでも親切にしてくれた男性はいた。そういう人に限ってベタベタ触れて来たり、隙あらば二人きりになろうとしたり、下心が見え見えだった。もちろんクライブはそんなことなく優しいわ。
でもね。私の立場も守ってくれる人は彼が初めてなのよ。
◇
翌日。諸々の準備を終え、迎えたのはロイとの会合。もうめんどくさい。帰りたい。意味わかんない。私はヴィンセントとセシルがいたから機嫌よく過ごせたのだけど、そもそも悪くしたのはこの城内の人間だ。ということはその上司であるロイの責任となる。そんなわけで彼の顔を見たらイライラが戻ってきた。
まずは開口一番ロイからの謝罪があった。
「不手際があった事は本当に申し訳なく思っている。すまないマリア」
「ほーん」
「どうか機嫌を治してくれないか」
「ふーん」
はん、そんな気なんてさらさらないわ。でもここで大人気ない態度を見せても先へ進まないからいったん折れてあげるわ。なんて優しいの私。
「先に言っておくわ。あたしは騎士の分は仕事をした。取り引きの継続を承諾したのは領民の幸せという条件を提示されたから。今回の会合みたいに私の知恵が必要なら別途報酬を頂くわ。それに頷けないのならあたしは帰る。あなた達とつるんでもあたしには何のメリットもない事を覚えておきなさい」
ヴィンセントと過ごす時間は素敵だけど、それとこれとは話が別。ここでハッキリさせとかないといけない。
「あたしはあなた達の仲間じゃない。取り引き相手よ。そこを間違えないで」
ジロリと睨み付けるとロイは降参したように両手を挙げた。
「……すまない。度々の忠告痛み入る。少し君に甘え過ぎていたようだ。気を引き締めるよ」
「わかればいいわ」
女からああも言われて素直に負けを認めれる男は少ない。その点はロイを評価している。気に入らないとぎゃーぎゃー喚き立てて腕力に訴える男の方が多いんだから。
「では我々が望むのは君の知識だ。これから行う会合で色々意見を聞かせてほしい」
「わかったわ」
「君が望むものは?」
別に欲しいものはないのよね。一番欲しいのは平穏。この取り引きをやめて一人静かに引きこもれるならそれがいい。
「布と綿を家に届けて欲しいわ。古くなってきたから寝具を新調したいの。上等なやつをいっぱいお願いね」
「それでいいのかい?」
「ええ。それにどの程度ロイの気持ちが入っているか楽しみにしているわ」
「……ははは」
「うふふ」
はぁー私って本当に優しいわ。これはヴィンセントが私によくしてくれたからよ。感謝するなら彼にすることね。
そしてついに会合が始まった。
「まずは皆に報告することがある。マリアが一昨日、何者かに襲われた。ヴィンセントによると犯人の動機は突発的なものだが、裏で彼を煽っていた者がいるそうだ。これを受けて警護体制の見直しをしたい。詳しい内容は追って連絡するよ、マリア」
「あんまり村を派手にしないでほしいわ」
「善処するよ。なんの目的でそんなことをするのか、もしかしたら私の政敵やマリアによからぬことを考える者の仕業かもしれない。充分に気をつけたい案件だ」
そんなに大ごとにしないでいいわよ。あとで手のひら返されるとキツイの、知らないの?
話し合いは次に魔の森の調査隊の報告となった。フィリップが要点をまとめて説明してくれる。前に聞いたけど、いろいろと組み合わせて試した結果、やっぱり来幸と厄除けの組み合わせが一番手応えがあったそうだ。それでも魔の森の霧を抜けることはなかったと言葉をまとめると、みんなの視線が一斉に私に集まった。
「師匠が言うにはまじないの威力不足だ。だよね? 」
「あなたねぇ、師匠もやめてって言ったじゃない。……まあいいわ。えーと、そうね、フィリップには私の普段使っているマントを見せたわ。それ以上のものを作らないと霧の突破は難しいんじゃない?」
「見せてもらったけどすごかった。まず来幸の糸の量が全然違うよ」
そりゃあ栽培に成功していない青薔薇はあなた達には入手が難しいでしょうね。
「マリアはどうやって採取したんだい?」
「来幸のマントつけて森の近く歩いてたら運よく見つけれたわ。それを糸にしてまたマントに施す。次また運よく見つけれたら採取する」
みんな「うそーん」って顔している。なによ、ウソ言ってないわよ。あたしだってコツコツ集めたんだから。
「急いだ方がいいわよ。青薔薇のシーズンは終わりかけている。花が咲くのは夜明けのほんのわずかな時間だけよ。これを逃すと次チャンスは一年後ね」
がたりと椅子が動いて工房長の助手が慌てて部屋を出て行った。うんうん、そう言われたら焦るわよね。即行動って大事だと思うわ。間に合うかどうか怪しいけどね。
「厄除けも見直した方がいいわよ。あたしが見た感じ、材料である叫び草の栽培ものは叫びかたが全然足りないわ」
「え?」
「もっと『ぎゃーっ!』って気合い入った叫び方するやつ育てないと。栽培ものってせいぜい『うぅ……』でしょ。——なんでみんなそんな顔するのよ。ねえヴィンセントは聞いたことあるでしょ? 初めて会った時あたし叫び草抜いてたのよ」
全員がばっと振り向いて静かに控えていたヴィンセントに注目する。
「……確かに大きな叫び声が聞こえた。私はそれを不審に思って声の方へ向かったところ、マリアに出会った」
やだ、じゃあ二人の出会いは叫び草のおかげってこと? なんかいやー。そんなことを考えながら、今までの話で興奮した工房長とフィリップが話をしているのをぼんやり見つめていた。
「少し疲れたか?」
「……ううん大丈夫よ。ありがとう」
後ろから小さく声をかけてくれるヴィンセント。それが少しくすぐったくて、疲れなんて吹き飛んでしまった。





