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3話◇騎士は瞠目する

 フィリップいわく、私の手にあるこの頼りないヒモはとんでもないまじないがかかっているらしい。淡いブロンドヘアをさらりと耳にかけながら、目の前の色男はほほ笑む。


「これはまじないの糸で編んだブレスレットだよ。こう、手首にぐるりと巻いて、ヒモの端をしっかりと結ぶんだ」


 実演してくれると、なるほどブレスレットだと思った。ただ普段なじみのある金属製のものに比べると圧倒的に物足りない。


「まずこの形がすごいと思わないかい? 常に肌身離さず付けていることが出来る。服は着替えなきゃだけど、これは付けっぱなしが可能だ」

「……たしかに。装飾品としては質素だが、常に身につけるという点では邪魔にならないな」


 存在を忘れるほどに軽い。これなら訓練や勤務中にも着用可能だろう。


「これを売っていたのはカルバートンの商人だった。この工房には魔草やまじないの糸を売りに来る商人がけっこういるからね。立ち会ったのは工房の仕入担当の人間で、かなり状態のいい青薔薇があったからそれを買ったそうだ。ついでに珍しいものがあったから研究室にってこれをいくつか買ってくれたんだよ。値段も安かったらしい」


 これが新種のまじないだとわかった時にはすでに商人はおらず、それでも情報を求めて探った結果、例のカルバートンの魔女の噂に行き着いたようだ。


「それで効果なんだけど、売り手が言うには『護身』だそうだ。検証の結果『護身』には違いないんだけど、僕らの知っているものとは全然違うものだったんだよ」


 例えば、とフィリップは言葉を続ける。


「今までの『護身』は、各個人が持っている護りの力を底上げするものだ。簡単に数字で表すけど、エミリーが5、グラントが10、護りの力をもともと持っていたとする」


 エミリーというのはフィリップのもう一人の助手だ。分厚いメガネをかけた大人しそうな女性で、先ほどお茶を出してくれた。一方のグラントはがっしりた体格の若い男だ。小柄で細腕の女性と体格の良い成人男性だったら5と10と数字で表されてもまあ納得の範囲だ。


「彼女たちに『護身』の守りを与える。その効果でプラス3ずつ上がるとするなら、エミリーが8、グラントが13になる。ここまではいいかい?」

「ああ、分かりやすい」

「ここで大事なのは、同じ守りを持ったとしてもエミリーとグラントでは差異があることだ。体力が違うから当たり前ではあるんだけど、本人の体質や能力に由来しているよね」


 フィリップは運ばれたお茶に口をつけた。きっとどう説明するか悩んでいるんだろう。カップを置くと少し眉根を寄せ悩ましげな表情をした。


「……だけどこれは違うんだ。さっきの例で言うと、これを持つとエミリーもグラントも、20の力を持つことができる」


 20、というのはもちろん例えの話だから実際の効果とは違うだろう。だがこれをエミリーで換算すると、普段で5、通常の『護身』で8、このひょろひょろのヒモを身に付けると20に跳ね上がる。もともと個人が持っている素養は関係ないと言うことだろうか。ならば身を守ることができない幼子にも有効かもしれいない。とんでもない代物だと言ったのはこういうことかと静かに驚く。


「さらに言うと、このブレスレットのまじないは下手すると効力がすぐ切れる」

「なに?」


 思わず眉が上がり、睨めつけるようにフィリップを見てしまった。


「さっき20の力と言ったけど、それ以上の強い衝撃がきてもその時は持ちこたえるんだ。だけど次の瞬間、ぶちりとヒモが切れて効果が消える。こんなバカな現象見たことも聞いたこともない。『護身』のまじないはどんな苦境に立たされてもその効果は変わることはない。経年劣化で糸がダメになるか、意図的に糸を破損しない限り有効なんだよ」


 フィリップの真剣な視線が、私を射抜く。


「さっき染色室を見てきただろう? 月光草の効果は上昇だ。だから護りと掛け合わせることで防御力の底上げという現象が起こる」


 じり、と私の心臓が軋む。なにかとんでもない場に居合わせている気がしてきた。


「だけどこれはまるで……このブレスレット自体に力があるように思えるんだ。あるいは護ることそのものを目的にしているような……これは能力の底上げじゃない。月光草の『上昇』でも雪花草の『下降』でもないよ。全く新しい何かなんだ」


 重く、しんとした空気に包まれたが、それは一瞬のことだった。がばりとテーブルに身を乗り出したフィリップは、キラキラと瞳を輝かせて私の手を握った。


「だからお願い、絶対に情報を仕入れてきて」


 女子だったら卒倒するんじゃなかろうかと思うくらい、魅力的な笑顔だった。それにつられて、私もつい笑ってしまう。明日のカルバートン行き、心してかからねばなるまい。今の今まで空気と化していた工房長と助手二人が、何か尊いものを見るような目で私たちを見ていたのが唯一気になってしまった。



 ◇



「また来る」とフィリップと約束し、工房をあとにした。情報がごった返してうまく頭が着いていかない。痛み止めの効果が切れてきたのか、少しずつ頭の痛みもぶり返してくる。


 屋敷に帰ると明日の準備に取り掛かった。白髪頭の家令にあれこれ指示をし、ついでに焼き菓子をいくつか用意してもらうよう頼んだ。相手は得体の知れない霞のような存在の魔女。準備はいくらしていてもバチは当たらないだろう。まず女性かどうかも怪しいが。


「若様、お加減はいかがですか。またお薬をお持ちしましょうか」


 うちで働く数少ないメイドが声を掛けてきた。女性の使用人は暴走しやすいので極力数を減らしてある。彼女は最近の体調不良を気遣ってくれているらしい。無表情だがいい子だ。忙しそうに動いていた家令も戻ってきて追加攻撃された。


「坊っちゃま、お顔の色が悪うございます。準備は我々でいたしますから、少しお休みください。本当はカルバートンの視察を断って頂きたいくらいですが、お仕事を大事になさる坊っちゃまですから」


 いい歳して坊っちゃまと呼ばれるのは非常に遺憾なのだが、それを言うと「ご結婚されましたら改めます」と返される。甘んじるしかないのだ。口はうるさいが、それも優しさ。幼少の頃から心配ばかりかけてしまったせいで、使用人たちはすっかり過保護になってしまった。むしろ大人になってだいぶマシになった方なのだ。ここは素直に従っておこうと思う。


「分かった、じゃああとを頼む。夕食まで休む」

「かしこまりました」


 頭を下げる家令とメイドに見送られ自室に戻った。ベッドに腰掛け身につけていたベストを脱ぎ、シャツの首もとのボタンを二つほど外す。それだけで身体が軽くなったような気がした。最近は頭痛のせいか眠りも浅く、身体が重い。しかし今は心地よい睡魔に襲われていた。このままベッドで横になるかと考えたが、長椅子に移動してしばらく仮眠をとることにした。


 身体を横たえて目を閉じる。明日はいよいよカルバートン行きだ。果たして魔女までたどり着く事ができるだろうか。


 不安を押し込めて睡眠に身をまかせる。家令が起こしに来るまで、久々に心地よい眠りを貪った。

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