2話◇騎士は見学する
カルバートンへの出発を明日にひかえ、今日は城下町にあるまじないの工房へ見学に来ていた。私は騎士ということもあり、どちらかというとまじないを身につける立場だ。正直この件に関してはうとく、詳しい製法や種類はよくわかっていない。魔女の様子を探るためにも、今日はよく聞いておこうと思う。ちなみに相変わらず頭痛は続くが、痛み止めのおかげでだいぶ楽である。
「マルス工房の長をしております。よろしくお願いします」
わずかに頰を赤らめた工房長に連れられ、まずは染色部屋に連れられた。むわっとした湯気が部屋にただよっており、人々が熱心に作業をしている。……と思いきや、客が珍しいのかチラチラとこちらをうかがっている。こら、仕事しなさい。
「まじないの要は糸です。騎士様もご存じかと思いますが、望む効果を得るためには適切な材料が必要です。彼らが作業しているのは月光草での下染ですね。まあ染めと言っても色をつけるわけではなく、魔草の持つ性質を染み込ませるという工程です」
満月の夜しか花開くことのない月光草の花びら。これを煮出した汁に糸をつけることによって、『上昇』の効果を持つ糸になる。
「月光草の『上昇』だけでは特になにも起こりません。この後に行う上染で、効果の範囲を決めるのです。例えば『護り』であったり『腕力』であったり」
『上昇』×『護り』で物理的な攻撃から身を守る防御力の上昇。つまり『護身』のまじないになる。現在領軍に在籍する兵士は、『護身』のまじないが施された革製の胸当てを支給されている。私は騎士なので彼らより幾分か上等なものを渡されているが、やはり有るとないとでは全く違う。訓練時に嫌というほどに思い知らされるから、その効果は全員が身にしみて分かっているだろう。
「下染は上昇以外になにかあるか? 私の周りではあまり聞かんのだが」
『護身』や『剛腕』のまじないは騎士である自分にもなじみが深く、むしろそれしか知らない。
「はい、『下降』がございます」
「……それはどういう使い道があるのだ?」
『上昇』に対して『下降』。なかなかバランスがよい組み合わせだが、護りや腕力の低下など、呪いのアイテムでしかない。敵に投げつけても効果はあるのだろうか。……自分が知らない間にそういうものを仕込まれていたら、それに気づくことができるだろうか。少しだけ想像して背筋が震えた。
「前向きな効果ですと、『下降』と『悪運』を組み合わせて『厄除け』のまじないがあります」
なるほど、マイナス同士の組み合わせでプラスとするか。「嫌いなやつが転んだらちょっと笑える」という理論と同じだな。私もそのまじないが欲しいかもしれない。今夜家に帰ったら家令に相談してみようか。しかし、前向きの効果は、と工房長が言うからにはやはり呪いのアイテムも生産可能なのだろう。見分け方があるなら聞いておきたいと切に思う。
次に案内してくれたのは刺繍室だった。広い作業場は仕切りで分けられ、それぞれに男女がチクチクと針を動かしている。机上には針山に数種の糸、そして布の山。染色室とは違い、ここは少々ホコリっぽく、いろいろな匂いが混じり合っている。ここでも客が珍しいのかチラチラとこちらを気にしているようだった。仕事をしてください。
「まじないのかかった糸は、色染めをしてから刺繍の形で衣類に縫い付けます。やはり身にまとう以上、見た目も大事ですから腕が確かな者たちばかりです。どうぞ近くに寄ってご覧ください」
工房長がそう言い切る前に、作業員たちが騒めき立った。特に女たちがソワソワして、こちらを見ている。この先の展開を予想すると彼女たちに近づくと良くないことが起こりそうだが、工房長は構わず私を案内する。きっと彼らの素晴らしい仕事振りを見てほしいんだろう。年配の女性作業員の仕事振りをすぐ近くで拝見することにした。
白い生地を木枠ではさみ、薄い青の糸で美しい花の模様を描いていた。繊細で上品な出来ばえは、工房長が推すだけはある。
「……キレイだな」
すばらしい腕前につい言葉がもれると、目の前にいる女性の指先がブルブルと震えだした。しまった、と思った時にはすでに遅い。手元が狂って自分の指をぶすぶす刺してもらっても困るので、話題を変えるべく必死に頭を働かせる。
「あ、ええと、この青の糸はどんなまじないが与えてあるんだ」
助けを求めるように工房長に聞くと、彼は笑顔で答えてくれた。
「この糸は月光草と青薔薇の花弁で染めた貴重なものです。まだ栽培法が確立しておらず、青薔薇は天然ものに頼っているんですよ。効果は『幸運』。身につけた者にささやかな幸せを運んでくれるでしょう」
耳を真っ赤にした女性作業員は、そうだそうだと言わんばかりに頭をこくこくと振っている。ふいに視線を感じ、パッと顔を上げると、各作業スペースから女性たちがこちらを凝視していた。目が合った女性の顔がみるみる赤くなる。まずい気配がしてきたので体の向きをくるりと変えて、男性作業員のスペースを見た。意外に人数が多く、厳しい顔つきのいかにも職人な男たちがもくもくと作業していた。
「……刺繍と言えば女の手仕事だと思っていたが、ここには男も針を持っているのだな。いささか針が太いように見えるが」
「彼らは主に革製品への飾り縫いをしてもらっています。騎士様の使われている胸当ても、おそらくここで刺したものでしょう。男にもなかなかセンスが良い者がおりますよ」
「そうか、ありがたいな。今日は少ないが土産を持ってきた。あとで従業員たちで分けるといい」
「心遣い、ありがとうございます」
部屋を出た瞬間、「きゃーー!」「いやぁぁああ! 神すぎるイケメン降臨んんんーーっ!!」「わが生涯に一片の悔いなしぃーっ!」とかなんとか聞こえたが、気にしない事にする。
最後に案内されたのは研究室だった。雑多という表現がぴったりなこの部屋には、壁にも棚にもあふれるように物が詰められている。ビン詰めにされた植物、種類や太さが異なる生糸、火鉢に大鍋、あと何に使うか全く分からない装置。物珍しさに辺りをきょろきょろしていると、工房長からここの室長を紹介された。
「彼はフィリップ・オーネル。若いですがここの責任者で、まじないに関するあらゆる研究をしております」
正直に言ってフィリップを見て私は驚いた。陽の光できらめく白金の長髪をゆるく三つ編みで束ねた彼は、とても良い男だったのだ。優しげな目元には小さな黒子があり、男の色気というものがむんと匂い立つような立ち姿だった。身長は変わらないが彼の方が肉付きが薄い。私とは全然違うタイプで女性からさぞモテるだろうなと思ったのが第一印象だった。
「わが研究室へようこそ、騎士さま」
しっとりと穏やかそうなのは姿だけでなく声もだった。侮蔑もあざけりも嫉妬も感じられないその声音に好感がわく。
「ヴィンセント・グスクーニアだ。ヴィンセントと呼んでくれ」
気が合いそうだと思った。勝手に同士認定してしまったが、きっと彼も同じだったのだろう。小さく笑いながら自身の右手を差し出した。
「では、僕のこともフィリップと」
互いに力強く握手を交わすと、自然に口元がほころんだ。
フィリップはここでの研究目的を簡単に説明してくれた。既存のまじないの効果立証と応用、そして新しいまじないの開発だそうだ。先の二つは問題なく進んでいるそうだが、残る開発がまったく進まないとのことで……
「材料も時間も情報もいくらあっても足りないんだ。ねえ、ヴィンセントは明日カルバートンへ行くんだろう? お願いだから魔女のことを突き止めてほしいんだ」
領主様に掛け合い、カルバートンと魔女を調べるようお願いしたのはフィリップだった。
「アレを見たら君だってそう思うよ。ねえグラント、アレ持ってきて」
グラントと呼ばれた助手の一人が、無言で動く。その間に私たちは来客用のテーブルへ移動し、席に着いた。もう一人の助手であるメガネの女子がお茶を用意してくれる。緊張しているのか、カップを置くその手がわずかに震えていた。そして戻ってきたグラントがわれわれに差し出してきたのは、見たこともないヒモ状の何かだった。いや、ヒモというには凝った作りをしているな。
「これが何だかわかるかい?」
「……うーん。私にはヒモ状の何かとしかわからんのだが。これにもまじないがかかっているのか?」
手にとって見ても、太い糸をより合わせて作ったナニか以上に見えない。色は薄っすらとした茶色で長さは20センチほど。向かいにいるフィリップを見ると、楽しそうに瞳を輝かせていた。まるで自分の宝物を自慢する小さな子供のようだ。
「これにはね、僕らの全く知らないまじないがかかっていたんだ。とんでもない代物だよ」





