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魔女と騎士  作者: 猫の玉三郎


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166話◆魔女は罵る

「バカ、バカ! ローマンのバカ! なんであんな無茶なことしたのよ!」


 ローマンに食ってかかってるんです私ったら。だってなにか言ってやらないと気がすまないのよ。あの目の前が真っ暗になる感覚。今でも足が震えそうになる。なのに本人ときたら……


「いやー、とっさに老体が動きました。やはり若者を差し置いて、老い先短いジジイが生き残るなどできませんな」


 ベッドで上半身を起こした彼の表情は穏やかだ。


「あたしが、若くないって、知ってるじゃない! 助かったから良かったけど、もう二度とあんな無茶許さないんだから!」


 私とローマンのやりとりに、秘書さんの笑顔が引きつっている。そりゃあそうだろう。ぽっとでの赤毛の女がこの町のボスに食ってかかっているんだから。しかもやたら偉そう。まあ実際私がこの中の誰よりも歳食ってるんだけど。


「いいえ。あなたが危ない目に合うのなら、何度怒られたってやりますとも」

「もうっ!」


 ローマンだってこの調子だ。秘書さんがついに冷や汗をかきはじめた。なんでこの赤毛女に肩入れするか不思議でしょうがないって顔してる。ほら、あんまり露骨だと私に懸想してるって思われるわよ。


「我々だって心配したのです。マリアさんが単独で盗賊の所へ行ったと聞いた時には本当に肝を冷やしましたよ」

「あたしだったら上手くやれると思ったのよ。みんなが心配だったし、ただ待ってるだけじゃ状況は良くならなかったもの」


 これにはさすがに反論ができなかったらしく、ローマンは「むむ」と小さく唸った。あの時は私が動く以外どうにもできなかった。カルバートンは暴力で脅され、得体の知れない術に翻弄され、町の主要人物は人形にようにされていた。


「あなたが死ぬと思って本当に心配したの。お願いだから無茶しないで。あたし、身体が頑丈だからちょっとやそっとじゃ死なないわ」


 小さく息を吐いて、トーンを落とし彼に話しかける。


「……なんで今まで言わなかったの。知ってたんでしょう、あたしのこと」


 彼の小さい頃に会っている。私が初めてまじないを教えたあの時の子どもがローマンだった。泣きべそかいていたあのもやしっ子が、まさか立派な白ひげを蓄えたギルド長に成長しているとは思いもしなかったわ。


「マリアさんは隠しておいでのようでしたから。それに大昔のことです。面と向かって忘れた、知らない、と言われたら……それこそ悲しかったと思いますし」

「もしかしてずっと覚えてた?」

「ええ。忘れられるわけがない」


 そう言ったローマンの熱のある眼差しに、心臓がどきりとはねた。以前は特に接点があったわけもなく、あれから六十年近く経っている。なのになぜ。いいえ、疑問に思うのはそこだけじゃない。どうして彼は己が中心となってまじないのギルドを立ち上げたのか。いち早く商売の匂いを嗅ぎつけたやり手だと思っていたけれど、ローマンがずっと私の事を覚えていたのだとしたら、意味合いが違うのかしら。


「あ、あの……ローマン様とマリアさんって……どのようなご関係で……?」


 見かねた秘書さんがついに口を開いた。どう言ったものかと考えている間に、ガチャリと開いた扉が来客を告げる。


「おーい、なんかジジイがついに死んだって聞いてきたんじゃけど」

「残念だったな。ピンピンしとるわ」


 ヨセフ先生、洒落にならないわよ。ローマンもそれに返事しないで。秘書さんの疑問は宙へ放られたまま、ヨセフ先生が手際よくバッグから道具を出すとローマンの診察を始めた。脈拍や舌の色、リンパの腫れ、むくみなどあちこち見終わったあとに先生がひと言こぼす。


「……本当に毒で倒れたとは信じられんな。奇跡はここでも起こったのか」

「どういうこと?」


 セシルがやったのはもちろん奇跡と呼んでふさわしいものだ。私じゃ絶対にアレはできない。でもヨセフ先生の言い方じゃ他にもあったみたいだ。まさかフィリップ達だろうか。


「マリアちゃんの連れがいたろう。ほら、エミリーちゃんと色男組よ。あの子たちが町を救ってくれんじゃ」


 先生は広場で起こった事を説明してくれた。ローマンを中心に町の人たちと盗賊に向かって行ったと聞いて、思わず口があんぐりと開く。しかも、まじない仕込みのスペシャル防具まで引っ張り出したという徹底ぶり。町の人に発破をかけるために私の単独潜入をチラつかせたというくだりには耳を塞ぎたくなった。


 ヴィンセントを含む騎士たちが加勢してくれたのをきっかけに、盗賊は次第に追い詰められていく。だけど崖っぷちの彼らは、町に火をつけ動揺した町民たちに再び刃を向けた。あの時、絶望に暮れたそうだ。もう町はダメだと。


「今でも信じられん。燃え盛る炎を消し、盗賊どもを風でなぎ倒し、大地が呑み込んだ。……グラントとか言ったかの。あの子はやつらに荒らされた街路樹や畑の植物達を蘇らせてくれたよ。そのあとぶっ倒れたが、農家が泣いて喜んでおった。あれは、本当に奇跡じゃ」


 ……そっか。みんな頑張ったのね。

 リースへ託した魔石の使い方が、上手く伝わったんだ。フィリップ。あなた良くやったわ。エミリーもグラントも、あとでいっぱい褒めてあげなきゃ。


「彼らは魔女から授かったと言ってましたよ」


 ローマンがほほ笑む。私もつられて笑った。

 感慨深いってきっとこのことだ。波紋のように、自分がやったちょっとした行動が巡り巡って多くの人の助けになった。それで身内が褒められるなんて、嬉しいというか、感動だ。それにカルバートンに住んでいる人で、魔女が私であることを知っているのはローマンだけ。他の人が聞いてもなんじゃそりゃって思うだけでしょうね。ロイたちには最初っから魔女宣言してたけど、それは威嚇目的があった。町の人たちにはこんなこと一切言ってない。


 ただカルバートンに魔女の噂があるのは確かだ。たぶん私が不気味な格好でウロついていたから、そんな話になったのかなーなんて思っていたのだけど。


 ここでヨセフ先生と秘書さんが揃って口を開いた。


「あん? 魔女は大昔にヨボヨボの婆さんだったからもうさすがに生きとらんじゃろ」


「え、魔女ってあの薔薇の姫サマを食べたっていう怖い鬼婆じゃないんですか?」


 んんん。二人の言い分に眉根を寄せ、ローマンを見る。彼はにっこり笑った表情の中に若干の怯えを見せた。なによその反応。

 後ろめたいことがあるのかしら。

 ヨボヨボのお婆さんに鬼婆ってなに。

 なんで今目を逸らしたの。


「ローマン。どういうことか説明してくれるかしら」


 私がにっこり笑えば、だらだらと冷や汗を流し始めたローマン。追求の手を緩める気は一切ないから。



 ◇



 魔女が私であることは徹底的に伏せて、ローマンは自分が幼い時にまじないを教えてもらったことを話した。流通している四つのまじないのレシピだ。家に帰ってからすぐに紙に書き、忘れないようにしたと言う。


「当時私はまだ子どもでしたから、誰もまともに話なんか聞かないだろうと思いました。だから家の使用人に手伝ってもらい、魔女のレシピ通りに作り、試してみた。そしたら魔女が言っていた通りの効果があったんです。私はもちろん、周りの人間も驚きました。自分も作ってみていいかと聞かれ、私は是と答えました。困っている人には教えていいと言われていましたから」


 確かに子ども一人じゃ無理だったかもしれない。煮たり絞ったり乾かしたり刺繍したり。それをドヤ顔で小さな子に教えるなんて。私ったら何考えてたのかしら。だけどローマンが大人の手を借りたことによって、効果のあるまじないであることが大人にも分かった。あとは人から人へ伝わっていったのだろう。


 ローマンの言葉に驚いたのは秘書さんだった。


「知らなかった……最初にまじないを教えてもらった人って、ローマン様だったんですか」

「わしらの仲間内では有名だったぞ」

「なんだか感動です」


 口コミで次第に広がっていったまじないのレシピ。最初に作った人間がローマンだと知った人々は、彼を問い詰める。どこで知った。誰に教えてもらった。


「約束していましたからね。魔女の正体は明かさないと。口から咄嗟に出たのが『森で迷っていたら魔女のお婆さんに会った。泣いていた自分にそれを教えてくれた』でした」


 もともと弱気で嘘をつく子ではなかった為に、周囲の人間はそれをすんなり信じたそうだ。魔の森という不可侵の場所に住む魔女。確かめようがないが、実際にまじないの効果はあるのなら、魔女だって存在すると思うだろう。


「なるほど、それでお婆さんね」


 つまりは私の存在を知らせまいとしたローマンの方便ってやつか。むしろあれくらいの歳の子にしてはしっかりしてる。聡い子だ。


「……ちょっと待てローマン。お前さん、あれウソじゃったのか?」


 ローマンとは同い年でずっと付き合いのあるのがヨセフ先生だ。きっと誰よりもローマンの事を知っているだろう。そんな先生が唖然とした表情でローマンを見つめている。


「そうだと言ってるだろう」


 六十年越しの告解に、ヨセフ先生が絶句した。


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