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2, 頭部、姫騎士に出会う。

「いやぁ、良い天気だなぁ」

 犬に咥えられ、若者は呟く。


「いやぁ、ほんとに良い天気だ」

 黒い毛並みの大型犬に髪を咥えられ、生首が再び呟いた。


 良い天気なのは当たり前である。先程、少女をゴブリンから助けて30分と経ってない。


 しかしそう呟くのも仕方のない面があるだろう。何故なら、生首はずっと空を見続けているのだから。


 咥えられた生首アニムは、黒犬マルコが軽快なステップで移動している間、ずっとプラプラと揺れている。つまり、酔うのである。


 空を見上げる彼の瞳は虚ろだった。


 ただ、酔いを気にする必要はないだろう。彼には胃がないのだから。


 ともあれ、そんな状況もずっとは続きはしない。唐突に足を止める黒犬マルコ。


「ん?」


 アニムはそこでようやく空を見るのを止め、マルコの視線の先、道の先へと目をやる。


 街はまだまだ遠かったが、彼らの視線の先には、何やら人影らしきものが多数動いているのが見えた。


「あれは……人か?」


 人であろう集団が、一塊になって同じ方向へ歩いている。


「おおっ! 街道を歩いているのに誰にも会わないなんておかしいと思ったんだ。あんな所に大勢纏まっているなんてね。丁度いい! 彼らと一緒に移動しようじゃないか。いざ、コミュニケーションだ!」


「ワフッ」


 こうして一人と一匹は、小走りでその集団へと向かっていった。


 しかし人の世界に疎い彼は知る由もなかった。彼の向かっている国は現在、敵国に攻められている最中であるということを。目の前にいる集団は、敵国の一部隊であるということを……。




 さて、そこで疑問に思うのが、何故先ほど出会った少女はその事を言わなかったのか、ということであるが……それは単に知らなかっただけである。鄙びた村のただの村娘である彼女の情報網は、まぁ……そんなものであった。移動手段が基本、徒歩か馬の世界なので、まぁ……仕方のない話である。







 街道を移動している集団。それは敵国の軍の一部隊であり、人数は数十人。歩兵と騎馬、馬車で構成されていた。しかし綺麗に整列して行軍しているわけではなく、また、談笑したり飲み食いしているなど、その空気は緩みきっていた。


 そんな彼らは、前方から何やら黒い物体が来ていることに気づく。


「ん? 何だ?」


 先頭にいた男が声を上げる。


 近づいてくるにしたがって、それが大きな犬である気づく男。


 一旦警戒を緩めかけた彼だったが、更に近づいてくるにあたり、犬が何か咥えていることに気づく。


 そしてやがて……咥えているものが人の生首であることを知る。


 それだけならば、ギョッとはするだろうがあからさまに驚いたりはしなかったろう。しかし……その生首はあろうことか、とても気持ちの悪い満面の笑みで、こちらに呼びかけてくるではないか。


「お~~い! そこの人たち~~!!」


「うおおっ!? 何だありゃっ!?」


 前方にいた兵士たちが驚く。その声に後方にいた兵士たちも気づき、わらわらと前にやってくる。


「何だぁ? あれ……アンデッドなのか?」


「し……知らねーよ」


 アニムを見て、戸惑う兵士たち。


「おや? どうかしましたかな? 皆さん」


 しかしその兵士たちの戸惑いを察知していないのか、アニムは頭に疑問符を浮かべるばかり。


「お前、言葉がわかるのか? ならばそこで止まれっ!」


 やがて一人の兵士が、持っていた槍を前に突き出し、怒鳴る。


 遅ればせながら剣呑な空気を感じたアニムは、マルコに話しかける。


「おや……何やら穏やかならぬ雰囲気のようだ。マルコ、一旦止まろう」


 アニムの言葉に歩みを止めるマルコ。およそ10メートルほど離れて、兵士たちと向かい合う。


「そこの兵隊の方々、何やら随分緊張しておられる様子。何か逼迫した事情でもあるのですかな? もし手伝いが必要とあらば、不肖このアニム、お力になりますぞ?」


 張り切った様子で、兵士たちに語りかけるアニム。


 兵士たちは互いに顔を見合わせ、そして改めてアニムたちを見る。


「いやいや! 前方から得体の知れない存在がやってきたら警戒するに決まってるだろう!」


 兵士の1人がそう述べる。


「得体の知れない存在?」


 兵士たちの言葉が疑問だったのか、アニムとマルコは首をひねって後ろを確認する。何もない。道が続いているだけだ。……失礼、先程首をひねったのはマルコだけであった。


「得体の知れない存在?」


 再び前を向いて、再び言葉に出すアニム。


「……お前だ! お前! 生首のお前だよ!」


「……何とっ!?」


 見かねた兵士のツッコミに、驚きも顕に目を見開く生首アニム。


「うーむ、村娘であったお嬢さんならともかく、兵士の方々は生首くらい見慣れていると思ったが……そうでもないのか?」


「……いや、確かに生首はそれなりには見たことがあるが……」


「おおっ! やはり!」


 生首を見たという兵士の言に、嬉しそうに声を上げるアニム。


「だが、喋る生首を見たことなどないっ!」


「何……だと……?」


 何やら本気でショックを受けている様子のアニム。


「むぅ……人里離れた山奥で暮らしていたせいか、俺の見識は間違っていたようだ。もっと人の国にはアンデッドが溢れていると思ったのだが……」


 ぶつぶつと呟きはじめるアニム。そんな彼の様子を、困惑した様子で見つめる兵士たち。


「お……おい……、どうするよ?」


「どうするって……こちらに危害を加える気がないなら、ほっとくか?」


「だが……アンデッドなんだろう? 被害が出る前に退治しちまったほうが良くないか?」


 ひそひそ話をする兵士一同。


 しかしそんな彼らとは異なり、リーダーらしき兵士は、ニヤリと笑いながら言った。


「いや、丁度いいじゃねえか。危害を加える様子がないっていうなら、こんな珍しい生首、良い見世物になる。あのお姫さんに続いて、将軍への土産物が増えたぜ!」


「そっ……そうですな! 隊長の言う通りだっ!」


 隊長の言葉に次々と賛同していく兵士たち。


 そして彼らはアニムとマルコをぐるりと囲み、逃げられないようにする。


「へへっ、大人しくしてろよ?」


「おや……随分と剣呑な様子じゃないか。俺の処遇を、俺の意見を無視して進めようというのかい? 何というか…………まぁ、そういうの、良くないと思うよ?」


 兵士たちの短慮に、呆れたように物申すアニム。


「うるせえっ! ……へへっ、まぁ、お前も将軍に気に入られりゃ、いい暮らしが出来るだろうよ。お前にとっても悪い話じゃねぇ。観念するんだな」


 あまりに一方的な物言いに、アニムもついに愛想をつかす。


「はぁ……どうやら交渉しようにも無駄らしい。仕方がない。力づくがお望みと言うなら、こちらもその礼儀に乗ろうじゃないか。なぁ、マルコ!」


「ワフッ!」


 先程までとは違う、闘志溢れる空気を纏うアニムとマルコ。


「てめぇ……やる気か」


 兵隊長もその変化を感じ取り、警戒する。


「た…隊長、どうします? 生首の方はともかく、あの大きな黒犬の方は……面倒そうですぜ……」


「むぅ……」


 そんな緊迫した空気の中、一人の兵士が前に進み出る。


「た……隊長! 止めましょう! 生首の方はともかく、犬を傷つけるの良くないですよ! 犬は我々の友人なんです! 家族なんです! 恋人なんです!」


 突如意見してきた部下に、呆れた目を向ける隊長。


「……何言ってんだ? お前……」


 しかしそれにひるまず、その兵士はアニムたちに向き直る。


「私に任せてください!」


 目を輝かせて言うその兵士。そう……彼はどうしようもない犬好きであった。


「さぁ、ワンちゃん、こっちへおいで~。干し肉をあげよう。美味しいぞ~」


 猫なで声かつとろけた笑みで、干し肉を振りながら言うその兵士。これにはさすがのアニムも若干戸惑う。


「何やら妙なやつが出てきたな。……まぁ、構うことはない。マルコ、さっさとやってしまおう」


「ワフッ」


 アニムの言に同意し、攻撃態勢を取るマルコ。


「ワンちゃん~、そう怖い顔しないで~。そうだ、さっき取れたウサギ肉はどうだい?」


 兵士の言葉に、動き出そうとしたマルコの足が止まる。


「今なら3食おやつ付き」


 アニムを落とすマルコ。


「ふかふかのベッドでお昼寝追加!」


 兵士に飛び込んでいくマルコ。


「おお~、良い子でちゅね~。よしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしっっ」


 干し肉にかぶり付くマルコを撫で回す兵士。


「相棒? お~い、相棒~?」


 地面に転がった生首アニムは、引きつった笑みで黒犬マルコに呼びかける。しかし、マルコは干し肉を食うことに夢中であった。


 そしてその展開に戸惑っているのはアニムだけではなく、隊長含めた他の兵士も同様であった。


「何かよく分からんが……あの生首は捕らえていいってことなのか?」


 なんとなく雰囲気的に、黒犬マルコにお伺いを立ててしまう隊長。


「ん~? どうする~? フォルテ~?」


 犬にすでに名前をつけたその兵士。黒犬フォルテの首元をワシャワシャしながら問いかける。


 フォルテは一旦干し肉を食うのを止め、アニムの方を見る。


「あ……相棒……」


 見つめ合う2人。いや、一人と一匹。


 それも束の間、フォルテはまたすぐに、干し肉を貪る行為に戻ったのであった。


「相棒ーーーーーー!!!!!」




 こうしてあっさりと捕まってしまった生首アニム。兵士に髪を掴まれプラプラと揺れながら、彼は覚悟を決める。


「うぬぅ……こうなれば腹をくくるしかあるまい。このアニム、逃げも隠れもしませんぞ!」


「そうか……だろうな。というか出来ないだろうな」


 プラプラ揺れる生首を、珍獣を見つめる目つきで隊長は言った。さらに隊長はアニムを見ながら何やら考え込む。


「ふむ……こいつをどうするか……。このまま袋か樽に詰めてそのまま将軍の所に持っていってもいいが……せっかくだし……そうだな。おいっ! 誰かこいつを姫さんの所に持っていってやれ! 喋る生首と二人っきり。道中ずっと退屈しないだろうよ、クハハハッ」


「あははっ! そいつは名案ですぜ!」


 笑い出す兵士たち。


「はて?」


 当事者のアニムのみが状況についていけてないのであった。


 そしてアニムは兵士に持たれ、馬車へと向かう。


 その馬車はかなり頑丈な作りをしていた。それでいて豪華さとは程遠い、シンプルな作りをしていた。


 裏側に回ると、出入りする所が柵に覆われ、容易に移動出来ないようになっている。


 兵士は鍵を使って、柵の扉部分を開けると、中にいる人物に声をかけた。


「へへっ、姫さん。良い子にしてたかい? お届けものだぜ」


 そして馬車の中にアニムを投げ入れる兵士。


「くっ、何ですか? (わたくし)はあなたがたに用など--」


 中からは鈴を転がすような声が聞こえた。しかし、その声色に似合わず不機嫌な様子だ。


 馬車の中にいたのは一人の女性。手と足を縄で拘束され、身動きが取れない状態で座っている。


 ややカールしたきらびやかな髪。華美さを抑えながらも、所々刺繍の施された動きやすい衣服。その上に軽装鎧を着た若い女性であった。ただ戦闘でもしたのか、服の所々が破れ、汚れている。


 その女性は兵士を睨むのを止め、中に投げ入れられたものを見る。それはゴロゴロと転がり、彼女の足元の近くまでやってきた。


 そこで女性は初めて、投げ入れられたものが生首であったことを知る。


「ひっ! なっ生首っ!?」


 怯えを含む悲鳴を上げる女性。しかしその時点では、彼女はあくまでもその生首は、ただの人の死体だと思っていた。兵士たちの悪趣味な嫌がらせであろうと……。


 だが、あろうことかその生首の目がグリンと動き、女性を見つめてくる。そして実に表情豊かに、その口から言葉が発せられた。


「おおっ! 何と麗しい方だ。 お嬢さん、しばらくの間ではありましょうが、道中居並ぶ者同士、仲良く致しましょう! さて、今お互い出会ったばかりではありますが、何も喋らないというのも退屈でしょう。お嬢さん……いや、麗しの君、旅の慰めに、俺と世間話に花を咲かせて見ませんか?」


 実に流暢に、その生首は喋った。


 そして、その後に見せた女性の反応については、特筆すべき部分はなかった。そう、特に言うことのない普通の反応。すなわち--


「きゃぁあああーーーーー!!! 喋ったぁあああーーーー!!!!!!!?」


 姫騎士エスペルは絶叫した。








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