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1, 頭部、ファーストコンタクト。

 「いやぁ、良い天気だなぁ」

 犬に咥えられ、若者は呟く。


 犬が歩く度にプラプラと揺れながら、若者は笑顔満面であった。


 普通ならば実に爽やかな場面なのであろう。ただしいかんせん、彼は生首であった。


「いやぁ、ほんとに良い天気だ」

 黒い毛並みの大型犬に髪を咥えられ、生首が再び呟いた。


 若者の生首、いや、生首の若者。名をアニムといった。旅をしている最中である。


 ちなみに重要なことであるが、彼は別に犬に襲われているわけでも、食べられる寸前でもない。旅の仲間という奴である。


 喋る頭部と黒い犬。実に珍妙な組み合わせであった。



 さて、彼らのいる場所は街道沿い。本来なら人通りもそこそこある場所であったが、幸か不幸か、彼らは未だ人とは出会っていなかった。


「きゃぁあああああああああぁああ!!!!」

「ん?」

 そんな彼らの耳に、突如何やら叫び声が聞こえた。


「悲鳴が聞こえたな。あっちの方向……。よし、マルコ。行ってみよう」


 マルコという名の黒犬に呼びかけ、街道隣の森に入るよう促す。


 犬は生首のアニムを咥えたまま、駆け足で声の方向に向かっていった。


 彼らの人間とのファーストコンタクト。それは女性の叫び声によって導かれたのであった。







 森の中。そこでは一人の少女が必死に走っていた。背後からは複数の棍棒を持った小鬼が追いかけてきている。


「ハァッ……ハァッ……くっ、こんな森の浅い所にゴブリンがいるなんて!?」


 何とか街道に出て助けを求めようと走る少女。しかし足場の悪い森の中である。そう時間の立たないうちに、彼女は木の根に足を取られ転んでしまう。

「あうっ!」


 すぐに立とうとする彼女だったが、残念ながらゴブリンたちが追いつくのには十分な時間が立ってしまっていた。


 逃げること叶わず、ゴブリンたちに囲まれる少女。少女の恐怖が最高潮に達しようとしたとき、その場に唐突に声が響いた。


「やぁ、お嬢さん、お困りかな?」


 少女の後ろから聞こえた声。それは紛れもない人の声。藁にもすがる思いで、少女は振り向き、助けを求める。


「たっ助けてください! 私ゴブリンに襲われていて!」


 少女は聞こえた声の感じからして、後ろには若い男がいるのだと思っていた。しかし、そんな男はいなかった。実際にそこにいたのは大きな黒犬。そしてその犬が咥えていた生首だけであった。


 そしてその生首は目を見開き、実に表情豊かに驚いてみせた後、心配そうに少女に声をかけるのである。


「それは大変だ! 怪我は無かったかい? さぁ、もう心配いらないよ。俺がどうにかしてみよう」


 生首が表情豊かに喋るというのは、なんとはなしに脳が拒否する感じの気持ち悪さがあった。


 危機的状況にも関わらず、少女はそのまま硬直してしまう。


 そしてゴブリンたちも硬直してしまう。


 得体の知れないものに出会った時、硬直してしまう生物は多い。経験を重要視する生物ほど特にだ。ゴブリンたちも(そして少女も)その例に漏れなかった。


 まさに未知との遭遇であった。


 そしてその後取る反応というのも、今までの例に漏れなかった。すなわち悲鳴である。


「ぎゃぁあーーーーーーーーーーー!」


 少女とゴブリンの悲鳴が森に響き渡る。少女もまさかゴブリンと悲鳴をハーモニーさせることになるとは夢にも思わなかったろう。


「なっ何なんですかぁ!? あなたは……生首が喋ってるぅう!? モンスター!? モンスターなんですかぁ!?」


 少女が生首アニムを指差し、混乱しながら問いかけた。そしてゴブリンたちは、事の推移を緊張した面持ちで見守っている。


 生首は彼らの反応をしばし不思議そうに見つめていたが、やがて得心がいったように、一つ声を上げる。


「ああ、そうか。君たちはどうやら俺のような存在を知らないらしい。いや、知らないことを恥じる必要はないよ? 重要なのは学ぶことだからね。自分のことを教える機会があるというのは、存外嬉しいものさ」


「俺のような存在はね。一般的に『喋る生首』というのさ。そうとしか言いようがないからね。Hahahahaha!」


 アニムは満面の笑顔で言う。笑顔が気持ち悪い。いや、顔自体は整ってはいるのだが。


 どう反応していいのか分からない少女は、恐る恐る質問してみる。


「よ……よくわからないですけど……。要するにアンデッドとかいう存在みたいなものなんでしょうか……」


「まぁ、大枠ではリビングデッドやアンデッドという枠には入るかな。まぁ、間違ってはいない。君はアンデッドを見たことは?」


「な……ないです……」


「そうか……。じゃあ、君にとって俺が初めてのアンデッドとの邂逅になるわけだ。おっと、もし今後アンデッドに会うことがあっても、俺を基準に考えちゃいけないよ? 彼らには身体があるからね。Hahahahaha!」


 再び笑う生首アニム。やはり笑顔が気持ち悪い。そして恐らくジョークのつもりなのだろう、その笑いのポイントがわからないことは、少女とゴブリンを恐怖させた。


「おっと、無駄話はここまでにしよう。君は今危機に陥っている。そうだね?」


「はっ! そっそうですっ! 私、ゴブリンに襲われるところで!?」


 慌ててゴブリンの方を向く少女。ゴブリンたちも我に返ったのか、棍棒を握り直す。そして襲いかかってきた。


「ひっ!」


「お嬢さん! 心配しないで。彼らは俺が引き受け--」


 アニムの言葉は最後まで紡がれなかった。ゴブリンは少女に目もくれず、生首の方に襲いかかったからである。


 ゴブリンにとって生首は脅威……いや、恐怖の対象だった。あれはヤベェと思わせる何かが生首にはあった。特に笑うのは止めてほしかった。恐怖の対象を先に排除しようとする合理的思考の元、攻撃先を少女から生首へと変えたのである。


「おや、丁度良い。手間が省けたじゃないか、さぁ、相棒、共にゴブリンを返り討ちにしよう!」

 黒犬マルコに檄を飛ばし、迎え撃たんとする生首アニム。


 その檄に答え、犬は咥えていた生首をその場に離し、ゴブリンの攻撃範囲からそそくさと退避する。


「あれ? 相棒?」


 取り残された生首に、ゴブリンたちの棍棒が振り下ろされる。


「のわー」


 棍棒に滅多打ちにされるアニム。しかし、いったい頭部の中身がどうなっているのか、叩かれる度にボヨンボヨンとしている。飛び跳ねている。


「だっ大丈夫ですか!? 生首さん! ………………大丈夫そうですね」


 棍棒が振り下ろされた当初こそ顔を青ざめさせ、心配した少女だったが、生首のまるでボールのような飛び跳ね具合に、大丈夫そうだとホッと一息ついたのであった。


 ちなみに彼女の住む村には、獣の毛などを革袋に詰めたボールを、木の棒で転がしたり飛ばし合ったりする遊びがあった。


 小さい頃よくやったなぁ……と懐かしむような目で、状況を見守る少女。しかし、彼女が小さい頃の自分たちを投影しているのはゴブリン達の方である。生首はボールである。


 ハッと我に返った少女は、自分とゴブリンを重ね合わせたことを恥じたのであった。そもそも少女はボール扱いされたことがなかったので、生首の気持ちがわからなかった。ボヨンボヨンしているので特に分からなかった。


 しかし、彼が私を守ろうとしていたことだけは分かる。故に叫ぶ。


「がっ、頑張ってください! 生首さん!」


 少女の応援に応えるかのように、一際高く飛び跳ねるアニム。いや、勿論本人の意志ではなく、ゴブリンの叩き方のおかげだが、それはゴブリンにとって明確な失策であった。アニムにとって絶好のチャンスが訪れたのである。


「お嬢さんの声援には答えねばな! ゴブリン共よ! お遊びはここまでだ!」


 そう言うと、後ろで寝そべってあくびをしている黒犬マルコに再び檄を飛ばすアニム。


「相棒! 様子見はこれくらいでいいだろう。これからは我らの反撃だ!」


 犬は動かない。


「……相棒、勝ったら街に行ってバーベキューパーティーしようぜ!」


「ワフッ!」


 犬は動いた。飛び上がって生首アニムを再び口に咥えて着地する。


 そしてアニムは宣言する。


「ゴブリン共よ。俺は今まで修行をし、108の秘術を修めてきた。先程の弾力化もその一つ。そして、今からお前たちを倒す秘術を披露してやろう。秘技! 鋼鉄化!」


 そう言うとアニムの頭部が一瞬光り、その後鈍色に変わった。


 黒犬マルコはそんな彼を咥えたまま、ゴブリンたちに突進する。


 そして生首を振り回す。固くなった頭部は、容赦なくゴブリンたちを打ち据え、吹き飛ばしていく。


 その様子を見ていた少女は感心したように呟く。

「すごい……こんな光景、今まで見たことない」


 それは確かに少女の本心であろう。しかし少女が思っていたことは、もっと他にもあった。


 そう、別に生首を咥えて振り回さなくても、犬がそのままゴブリンに噛み付けば良いんじゃないかという思い……。しかしその思いを口にはしなかった。気を使ったのだ。

 

 さらに言えば、喉元まで、何かこう……108も技があるならもっと良い方法があるんじゃないか、等というモヤモヤしたものが出かかっているのだが、それも言葉にはしなかった。何故なら、彼女は生首の生態など知らないからである。


 一見不条理や非効率に見えることでも、伝統やしきたり、あるいは別の何かによって、本人にとっては重要なことなどいくらでもある。この場においては、物凄く固くなって犬に振り回されることが、彼にとってとても重要なことだったのであろう。


 少女に出来ることは、黙してその光景を見続けることだけなのだ。


 ちなみに余談ではあるが、その後ゴブリンたちは全滅した。







「あ……ありがとうございました。助けて頂いて」


 生首に向かって頭を下げる少女。


「いやいや、お役に立てたのなら光栄だよ、お嬢さん」


「いえ、本当に助かりました。何かお礼が出来れば良いんですが……。生首さん、何か必要とされているものはありますか? 私が何か出来ることがあれば……」


 少女からの提案に、頭を捻る生首。


「う~ん、そう言われてもね……。まぁ、俺は現在、旅の途中だからね。軽く水か食料を分けてもらえれば、それでいいよ」


「そんなことでいいんですか。水か食料。……水か食料?」


 生首を凝視する少女。この生首は飲み食いするのだろうか。すごく聞きたかったが、そのための勇気は残念ながら出なかった。犬だ、犬の分に違いない。


「まぁ、それ以外だと……そうだな。そもそも旅をする理由に関わるのだが、必要としているものがあると言えばあるのだが……」


「何ですか?」


「俺はね。体探しの旅をしているんだ」


「はい……はい?」


「ほら……俺は見ての通り生首じゃない? それで体が欲しいと思って……。俺に合う体を探している最中でね。もし理想の体に出会えたら、その頭部にしてもらうのが俺の夢なんだ」


 キラキラした目で語るアニム。


「は……はぁ……」


「まぁ、もしもお嬢さんが何かのはずみでアンデッドになってしまって、頭がもげてしまった場合、俺を頭にすることを検討してもらえるとありがたいね。Hahahahaha!」


 ジョークのつもりなのだろう。彼の清々しい笑みに一歩後ずさる少女。


「い……いえ、遠慮させていただきます。ハハハ……」


 思わず引きつり笑いをするしかない少女であった。




 結局、水と食料を分けてもらい旅立つ生首と犬。


 少女は去っていく彼らに何度もお礼を言いながら、手を降るのであった。


 一匹と一頭……いや、一匹と一級……いやいや、一匹と一人は上機嫌で街道を進む。


「いやぁ、人間とのコミュニケーションも上手くいくものじゃないか。この分だと街に行っても大丈夫そうだね」

「ワフッ」


 実に希望的観測であるが、それに突っ込むものは誰もいなかった。


「さぁ、理想の体探しにレッツゴーだ!」


 彼らの旅は、まだ始まったばかりである。





 ちなみに一つ言い忘れていたことがあるが、彼らの世界のバーベキューとはローストと燻製を組み合わせたような調理法のことである。果たして彼らが無事、街でバーベキューパーティーを行えるかどうか、今はまだ誰にもわからない。





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