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生成(なまなり)  作者: 水沢ながる
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1.旧家

生成なまなり:能面の一種。鬼女の面のうち、般若になる前の状態をいう。

 秋月の家系は女系の家だ。

 年に何度か親戚が集まる時、一番上座にいるのはわたしの母だった。わたしの生家である秋月家は、この辺りに未だ大きな力を持つ旧家である。故に盆や正月と言った年中行事の時には、このあたりの親戚達が皆わたしの家に集まって来るのだが、上座にいるのはいつだって母や祖母といった女達であった。

 主である母の横に自信ありげに座っているのは姉である。姉は生まれた時からこの家を継ぐことが決まっている存在だ。そのせいか、姉は常に誇らしげで自信にあふれていた。

 学校でも何処でも、姉は女王のように振舞っていた。姉は太陽で──わたしは月だった。たった一歳しか違わない姉の影に、わたしはすっぽりと隠れていた。勿論、半ば意図的にではあったが。

 ──わたしは嫌いだったのだ。秋月の一員であることが。

 この辺りは閉鎖的な土地であると思う。人の心が閉じている。この土地で「秋月の者」であるということは、それだけで異質だった。誰もが私達を敬い、畏れていた。わたしのような小娘に、大の大人までもがへつらった笑みを向けていた。

 幼い頃はまだ、それが良いことだと思っていた。皆がわたしのことを愛しているのだと、単純にそう思っていた。だが、ある時、気付いた。皆の視線の中にあるのは好意ではない。わたしを含めた秋月の女達に向けられるのは、畏怖だ。恐ろしいものに向ける目なのだ。

 そう思ってみると、皆の態度は何処かよそよそしく見える。わたしのクラスメートも、先生も、誰もがそうだ。きっとこの土地に住む全ての者達の遺伝子に、秋月家への“おそれ”が刻まれているのだ。でなければ、秋月がこんなに長い間君臨していられるわけがない。

 姉や母はこのことに気付いているのだろうか? ただちやほやされているだけとしか感じていないのだろうか。それとも、畏れられることすらも秋月の特権として享受しているのだろうか。どちらにしろ、それではただの鈍感だ。キツいかも知れないが、本気だ。


 わたし達の住む家は、わたし達の家系に比例して古い。暗く、無駄に広い。何処か不安定に傾いでいるような気さえする。長い廊下をぐるぐると進んで行くと、まるで地下迷宮の中を進んでいるようだ。迷宮。その最奥には、怪物が潜んでいる。

 “開かずの間”などというふざけたものが、この家の中心にある。いつ見ても頑丈に閉ざされている大きな扉には、普段は誰も近づかない。たった一つの鍵は代々の当主が継承して行くことになっている。家構造から考えると四畳半程度の小部屋なのだが、四方は全て壁に閉ざされ、窓の一つもない。無論、中に何があるか、わたしは知らない。

「あぁ、美恵子さん」

 後ろからかけられた声に、わたしは振り向いた。この家でお手伝いをしている澄江さんだ。母と同年代のこの人も、実は秋月の血に連なる女性である。

「明日は寄り道をしないで帰って来てくださいね」

「判ってます」

 わたしはつっけんどんに答えた。明日は親戚一同が集まり、宴会を開く。──姉の、十八歳の誕生祝いなのだ。

 くだらない。いくら次期当主だか何だか知らないが、親戚を集めて大々的に宴を開く必要があるのだろうか。単なる親莫迦じゃないのか?

「これはしきたりなのです」

 澄江さんはわたしの心を読んだかのように、そう言った。

「ですから、来年は美恵子さんの番ですよ」

 わたしの……番? 何か引っかかるものを感じながら、わたしは部屋に入った。

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