「春麗のミステリーツアー番外編」 若松ユウ 【ヒューマンドラマ×ラブコメ】
Idolatry【aidɑ́lətri】:(名)偶像崇拝、狂信的忠誠
*
きっかけは、高校生の入学式を終えたばかりの時に出場を打診された、地元の商店街が主催するミスコンだったと思う。
震災後の人口流出に歯止めをかけようと東奔西走していた還暦過ぎの商店会長に頼まれ、両親や先生も含め、いつの間にか外濠が埋まっていたこともあり、ほぼほぼ出来レースのコンテストに参加したのだった。
「グランプリは、エントリーナンバー三番、小野寺梅花さんです!」
インドアで日焼けしていないこと、親譲りの高身長であることを除けば、これといって特徴のない容姿であると自認していた私である。
まぁ、フォトジェニック賞あたりにでも入れば御の字と思っていたのに、うっかり首位に輝いてしまった。
大賞が決まってからトロフィーやら副賞やらを渡されたであろうが、そのあたりのことは頭が真っ白になっていて覚えていない。何より、そのあとが大変だったからだ。
「ぜひとも我が部のマネージャーに!」
「俺と付き合ってください!」
「一緒にお弁当食べましょう~」
鯉のぼりも片付いた連休明け。どこで噂を聞き付けたのか、何で知ったのか知らないが、目立たないよう、地味で大人しい根暗キャラを通していた私に、休み時間ごとに人が押し掛けるようになった。アイドルさながらである。
その手に握らているのは、クラブノートであったり、ラブレターであったり、ハンカチで包んだランチボックスであったり様々だった。
もちろん、良いことばかりではなく、私に彼氏を取られたと因縁を付けられたり、すれ違いざまに「間近で見るとデブね」といった悪口を言われたりした。
ストレスのせいか、季節が夏に向かっていくのも手伝って、ダイエットもしていないのに体重が激減したので、両親に心配された。
そのあと、担任の先生とも相談の上、九月に市内にある別の公立高校へと転校した。
「はじめまして、小野寺梅花です。趣味は読書と映画鑑賞です。よろしくお願いします」
嘘は言っていないが、この表現方法では、私の容姿からすると誤認を招くらしい。
与り知らぬ領域で尾鰭が付き、小野寺梅花は恋愛小説の愛読者で、ロマンス映画に詳しい女子生徒だということになっていた。
こうなっては、とてもスプラッタ映画好きで猟奇小説書きだとは言えない。致し方なく、表向きでは頭の中にマシュマロでも詰まってるような楽天家のフリをし、残りの二年半をやり過ごした。
そして、スカーフや学用品の争奪戦になった卒業式も済み、桃の花から桜の花へと移り変わる四月の始め。私は、知り合いが誰も居ない東京へと進学した。
今度こそ、自分のやりたいことをやりたいようにやってやろうという夢を胸にいだきながら。
だが、それで周囲が私を見る目が変わるわけではなく、むしろ、東北人という物珍しさも手伝って、高校時代よりも激しい勧誘に遭った。
「テニスに興味あるかい?」
「演劇の女神が、君に微笑んでいる!」
「ノーミュージック、ノーライフ!」
テレビやネットの影響で、両親やそのまた両親よりも方言が抜けてるとはいえ、イントネーションで関東圏ではないと分かるようだ。たとえ、この苗字を伝えなかったとしても。
思わず「かっちゃましい」と口に出しそうなのを堪え、落ち着ける場所を探してるとき、一人の青年を見付けた。
「ぶ、文学同好会です。あっ、すみません」
この時、実習棟と研究棟の間に挟まれた日陰になっている小道で、猫背でどもりがちにビラを撒いていたのは、何を隠そう、のちの部長である。
「そんなんじゃ、誰も受け取ってくれないわよ」
「わぁ。ありがとうごじゃいまひゅっ!」
私がビラを受け取ると、部長は謝罪でもするかのように深々と頭を下げ、そして盛大に噛んだ。
この時、どうして私が同好会に入ろうと思ったのか、言葉では説明できない。ただ、まだ新入生だというのに、曲がりなりにも自分のやりたいことに直向きな姿を見て、ほっておけなかったことだけは確かである。
このあと、二人でのビラ撒きを開始すると、ものの十分ほどで五名の入部希望者が集まったので、そのまま七人で学務部へ手続きに向かい、文学同好会は、正式なクラブとして認証された。
*
「ほんなら、部長さんと付き合うたらエエんちゃう?」
ここまでの話を聞いたうららが何気なく言うと、向かいの席に座る梅花は、かぶりを振って言う。
「そう簡単にはいかないのよ。クラブ発足から間もない頃に一度だけ、お互いに好きな小説を交換したことがあったんだけど、最後まで読み通せなかったの」
「それは、部長さんが、ですか?」
うららの隣に座る春樹が確認すると、梅花は、テーブルの上にあるピンクグレープフルーツのジュースを一口飲んでから否定する。
「いいえ、両方よ。向こうは、サイコパスの医師がメスで腹を裂くシーンで止めたし、私も、中国語読みの人名が十人を超えた時点でページを閉じちゃったの」
「気ぃ合わへんかったんやね」
「えぇ。ところで、その時に貸した短篇集の続巻が二冊、ここにあるんだけど」
梅花が、隣の空席に置いてあるデイバッグから、赤と黒のおどろおどろしい表紙の文庫本を二冊取り出す。
が、それを見たうららと春樹は、おのおのの荷物を手に取り、慌てて立ち上がる。
「あっ、せや。一般教養で、調べとかなアカンことがあるんやった。せやんな?」
「そうそう。午後の講義だから、早く調べないとね。――お先に失礼します!」
梅花に本を手渡す暇も与えず、うららと春樹は足早に食堂をあとにした。
食堂に残された梅花は、文庫本をデイバッグにしまい、ツーッとジュースを飲み干すと、二人が立ち去った方を見ながらひとりごちる。
「ここからが盛り上がる所だったのに。まっ、その後の顛末は、部長と私だけの秘密にしておこうかしら」
梅花は、デイバッグを背負いつつ空き容器を持って立ち上がり、半透明のゴミ箱に向かって歩いていった。
*
東風吹かば 匂いおこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ
(了)




