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春麗のミステリーツアー【アンソロジー企画】  作者: 春麗のミステリーツアー参加者一同
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「ツンデレインコート 6」 みのり ナッシング 【推理】


 6


 爽は川端から犯人の名前を聞いた1週間前のことを思い出した。自分はとんでもない勘違いをしていた。そう気付くと同時に、微かに感じていた引っかかりの正体も判明した。


 今ならそれを、一つの疑問としてはっきり言語化することができる。つまり――どうして谷崎は・・・新学期になってから・・・・・・・・・姿を見せない・・・・・・のか?


 こん、こん。


 その時、部屋のドアをノックする音が響いた。四人は顔を見合わせる。爽は強烈な既視感を覚えた。


「どうぞ」


 部長が声を張り上ると、ドアが控えめに開かれる。そこに現れた人物を見て、彼は驚きの声を上げた。


先輩・・……!」


「お久しぶり、『部長さん』」


 おどけた調子で、私服姿の谷崎が微笑んだ。




『犯人は――この間卒業した・・・・・・・谷崎潤だ』


 爽は絶句した。え。卒業って……。


『やっぱり分かっていなかったか』


 川端は呆れたように言った。『潤は僕の1つ上だぞ』。




 1ヶ月しか経っていないのに、谷崎は随分印象が変わっていた。校則を真面目に守った制服姿から一転、今日はニットのセーターにロングスカートという装いだ。特徴だったお下げの髪はほどかれ、軽くウェーブがかけられている。薄く化粧もしてあった。


 足下はあの日と同じように来客用のスリッパ。思い返してみれば、あの時はもう卒業して荷物を持って帰っていたのだろう。


「谷崎先輩! キャンパスライフはどんな感じですか?」


 王子部員が谷崎にすり寄っていった。さっきまでの終始不機嫌そうな表情は何処へやら、満面の笑みを浮かべている。ころっと態度を変えちゃって、まあ。


 谷崎は今、東京の芸術系大学に通っているそうだ。全国レベルのコンクールで成績を残すほどの彼女なら、入試も軽くパスしただろう。


 現在の姿・・・・の少女像を完成させた当時、谷崎は2年生だった。


「あれからもう2年になるのね。私が2年生になったばかりの4月に、ひとまず像は完成したわ。あ、コンクールに出した時の恰好じゃなくて、レインコートを羽織ったバージョンね」


 彼女は以前にもレインコートをもらったと言っていたではないか。今回大勢の生徒が目撃したのはそちらだった。


 作っている途中なら、「閉じた輪」の問題などどうにでもなる。腕を作った段階で着せてしまえばいいのだから。実際、谷崎はそうやって像を作り上げた。これが2年前――川端が高校1年生、爽が中学3年生の4月のこと。


 その後彼女は像の外側に同じ造形を薄く付け足した。レインコートを挟んで二重構造になっていたのだ。その状態でコンクールに出品した。


「といっても、全体を覆った訳じゃない」


 川端は謎解きの続きを再開した。


「フードを首元にまとめておけば、視線を集めやすい頭部はそのままにできる。腕まくりもすれば覆うのは胴体付近だけでよくなる。それでも、かなりのセンスと器用さがなければ無理だろうが」


 校内に設置された後も、谷崎は待ち続けた。3年生に上がり(川端2年、爽1年)、年が明け、卒業式を迎えるまで。その間およそ一年。


 そうして彼女はツンデレ研を訪ね、数日後、最後の作業に取り掛かった。


「当然、像にはファスナーなんて付いていない。潤は表層を剥がしたんだ。おそらく、もとからそのつもりで作ったはずだ……。中からは本当の姿が現れた」


 川端が台座について聞いた時部長は、綺麗に掃除されていたと答えた。では、誰がそんなことをしたのか? それは谷崎だったのだ。表層を剥がす際に出たかけらを片付ける必要があった。


 彼女はおよそ2年間かけて、真の意味で作品を完成させた。校内に飾ってからだと1年間だ。それはあの伝説にちなんだ数字だった。あたかも佐奈姫が一年の歳月を経て、自ら衣を被ったかのような演出をした。


 食堂での川端の「次元が違う」発言は、その意味で発せられたのだ。あれは何も美術部の面々を挑発した訳ではなかった。3次元と4次元。谷崎は時間の流れまでをも、作品に組み込んだ。


 一年という時間を費やし、男の傷を癒やした佐奈姫。その伝説を見事再現してみせたのだ。


「先輩のしたことなら何の問題もありません! 言ってくだされば良かったのにー」


 王子部員ときたら、清々しいくらいの掌の返しようである。まあ、疑いが晴れたのならそれでいいけど。


「部活勧誘は良好なようね」


 谷崎は部長に向けて言った。それは先輩からの、最後の置き土産だった。


 さきほど川端は、美術室の状態を覗く前から予想していた。例年よりも多くの入部希望者が訪れると。


 この学校の生徒はたいていが伝説について中学の時に習っている。それは今年の新入生とて同じだ。


 いやむしろ。新鮮な気持ちだからこそ、感動は大きい。爽だって入学した時、像があると知って感心したではないか。


 さらに今年は「ロマンチックな伝説の再現」というオプションまで付いてくるのだ。それが美術部の生徒の作品と知ったら。覗きに行ってみるのではないか。


「まあ、作者はもう卒業しているから、あとは君たちの手腕にかかっているんだけどね」


 谷崎は柔らかく微笑んだ。服装は変わっていても、その飾らない笑顔は3月に見た時と全く同じものだった。


「私ってドジで、部長やってた頃はいっぱい迷惑かけちゃったから……少しでも恩返しができていたらいいな」


「先輩……」


 王子は今にも泣き出しそうな勢いだ。つくづく、感情の起伏が激しい同級生である。部長も感に耐えないといった顔つきだった。思うところはあるのだろう。




 OGの登場により、室内の空気は一変した。しばしご歓談を、という雰囲気だ。


 王子はまたくだらないことで川端に突っかかっているし、川端も面白がって感情を逆撫でするようなことを言っている。それを部長がこめかみを抑えながら仲裁する。しかし流れている空気はどこか穏やかだった。


 自然と、爽と谷崎は二人で言葉を交わす形になる。


「あの頃ヤスくんはピカピカの1年生だったし、すぐにでも見せたかったんだけど、我慢したのよ?」


 一度目の完成時のことを谷崎はそう語った。1年生の川端……どうせ今とほとんど同じような感じなのだろうけど、ちょっと会ってみたい気もする。


「はあ。谷崎先輩も人が悪いですね」


 思い返せば、川端にしろ谷崎にしろ、爽の勘違いに気付いていた節があった。それなのに二人して黙っているなんて。おおむね爽の早とちりなのだけれど。


「ごめんごめん。でも学年の話が出た時、ちゃんと否定したよ。『そんなことない』って」


 そんな会話あったっけ。首を傾げる爽を谷崎は微笑ましく眺め、そして耳打ちした。


「ヤスくんのこと、よろしくね」


「……はい」


 爽の瞳には、美術部の二人、そして川端が映っていた。誰もが立ち止まってはいられない。大切な人もいつかは旅立っていく。爽は、そんな当たり前の事実に動揺している自分に気付いた。川端だって、あと1年で卒業なのだ。


 こうして、高校をちょっと騒がせた事件は密かに幕を下ろした。美術部には数名の女子が加入し、華やかさが戻ったという。ツンデレ研究会の二人にもいつもと変わらぬ日常が戻った。


 ゆえに、以下は余談である。谷崎の一言が効いたのか、いや、それがなくとも時間の問題だったのかもしれないが――ともかく爽は後日、川端がいない間に部室でこっそり彼のレインコートを羽織るという血迷った行動に出て、しかもそれを運悪くばっちり川端本人に目撃される憂き目に遭ったことを、最後に付け加えておく。


「べ、別に先輩のためなんかじゃありませんから!」




 了

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