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春麗のミステリーツアー【アンソロジー企画】  作者: 春麗のミステリーツアー参加者一同
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「ツンデレインコート 2」 みのり ナッシング 【推理】


 2


 高校生活1年目の終わりを目前に迎えた、3月下旬のこと。夏目なつめ爽が部室に入った途端目にしたのは、真っピンクな地を背景にしてウインクをする、ツインテールの少女だった。いや、生身の人間ではなく、生地に印刷されたイラストである。


「おお、夏目君か」


 こちらを振り返ってやっと、それが一学年上の先輩・川端康生の後ろ姿であると分かった。今まで椅子に座って読書をしていたようだ。


 そして少女のイラストがプリントされたものの正体は、どうやらレインコートらしかった。室内にも関わらず雨具を羽織り、猫背で読書に勤しむ。もうすぐ3年生だというのに何をやっているんだ、この先輩は。爽はため息をついた。


 レインコートの背面にでかでかとプリントされているキャラクターは、実は爽もよく知っていた。いわゆる「ツンデレ」という性質にカテゴライズされる女の子である。ツンデレとは、普段はツンツンしている人物が急に優しくなったり甘えてきたりする様子を指すような言葉なのだが――。


 何を隠そう、ここは「ツンデレ研究会」。一年に及ぶ川端の布教行為の結果、爽もツンデレに対して相応の知識を得るに至っていたのだった。


「どうだ。いいだろう」


 川端は得意げな笑顔とともに立ち上がり、その場でくるりと一回転した。レインコートの裾が翻り、その姿は舞台役者のようにサマになり――はせず、ただよろめくという結果に終わった。爽はより一層表情を白けさせた。


「ツンデレのレインコート、ツンデレインコートだ!」


「何を藪から棒に……確かに外は雨ですけど」


 ここ数日、3日おきくらいに晴れたり曇ったりが続いている。本日は曇りのち雨。気温の変化が、春の訪れを感じさせる。


「意味も何も、この時期はツンデレと深い関係にあるのさ」


 川端はまた着席した。爽も、空いている椅子に腰を落ち着ける。


「三寒四温という言葉を知っているか」


「えっと、3日寒い日が続いて、4日暖かい日が続く。そうして冬から春になっていくんですよね」


 爽はうろ覚えの知識を披露した。確か、いつかのニュースのお天気コーナーで聞いた気がする。まさに最近の天候がそうだろう。川端はうんうんと頷き、


「本当は冬に見られる珍しい現象のことだが、日本では春先に多い。今は春の言葉としても受け入れられている。


 数日おきに寒暖を繰り返す――まるでツンデレではないか!」


 バッと両手を広げた。大げさなその仕草にも、爽は慣れたものだ。


「冷気が身体をいじめるかと思いきや、暖かい大気が柔らかく包みこんでくれる。ツンデレの季節とすら言えるね!」


 川端は時々、物事をツンデレに例えなければ気が済まないのである。しかもたいていはこじつけだ。


「で、そんな季節にツンデレインコート。知り合いのサークルが作ったものを、3年前くらいにいっぱいもらったんだ。君にもあげよう」


 そう言って、長机に置かれた通学カバンを漁り出した。3年前というと彼はまだ中学生のはずだが、爽はあまり深く考えないことにする。程なくして川端はCPP袋に入った、同じく派手なピンク色のレインコートを取り出した。


「いりません」


「まあそう言わずにだな……」


 くだらない押し問答に発展しかけた、その時。


 こん、こん。


 部屋のドアをノックする音が響いた。二人は顔を見合わせる。どちらにも来客の心当たりなどない。


「どうぞ」


 訝しみながらも爽が声をかけると、ドアが控えめに開けられた。すると、川端が意外な反応を示した。


「なんだ、じゅんか」


「……ヤスくん。元気?」


 爽は開いた口が塞がらなかった。先程までのやり取りでも如実に表れているように、川端は奇行が多い変人として名を馳せている。わざわざ部室まで訪ねてくる人物など相当希有な存在だ。


 さらにその潤という生徒……制服の上からでもかなりの容積を誇ると見て取れる、紛う事なき膨らみを備えた胸部が、爽の視線を釘付けにした。


 女子生徒! あろうことか変態・川端康生に女子の友人がいるとは! しかも愛称で呼び合う仲というのである。


「どうしたんだ。こんなところに来るなんて。珍しい」


「うん。折角だし一度くらいはね」


 女子生徒はえへへと柔らかく笑った。一体どういう関係なのだろうか。爽の脳内が疑問符で埋め尽くされる。


 すると女子生徒の方から、爽に言葉をかけた。


「えっと……邪魔しちゃったかな」


「いえ、あの――」


「紹介しよう。我らがツンデレ研究会の1年生、いや、もう2年生だな。夏目爽君だ」


 川端の言葉によって、爽の発言は遮られる形となった。少々ムッとする。だが、谷崎は無邪気に表情を輝かせ、


「そうなんだ。私は谷崎潤。えっと、美術部です」


 深いお辞儀をした。後輩に対する丁寧なその対応に、爽も慌ててぺこりと頭を下げた。


 お下げの髪が特徴的な、小柄な女子だ。全体的に地味な印象を受けるのは、ブラウスのボタンがきっちり上まで留められていて、スカートも膝を覆い隠しているからだろう。


 だが細身の脚を覆う黒いソックスの先端は、なぜか学校の備品のスリッパによって隠されていた。学校指定の上履きではないのは、うっかり終業式の日に持って帰ってしまったからだろうか。ぼんやりとした笑みといい、ちょっと抜けたところのある人なのかもしれない。


 それよりもなによりも、その胸の巨塊。それは如実に、谷崎が女であることを主張していた。


 いや、いかんいかん。これではまるでおっさんではないか。爽は雑念を振り払い、さっき口にしかけた疑問をぶつけた。


「あの、お二人はどういうご関係で?」


 川端が今日の日付でも答えるような調子で答えた。


「まあ、幼馴染みというやつだ」


「おさななじみ……」


 だから名前呼びだったのか。


「彼女は凄いんだぜ。去年――いや、今は3月だから違うな。一昨年の夏に、全国レベルの美術コンクールで入選までしたんだ」


 一昨年と言えば川端は高1、爽はまだ中学3年生だ。


「その時の塑像が、今はグラウンドの方に飾られている」


「え、あの『佐奈(さな)姫像』ですか!?」


 爽も存在だけは知っていた。普段あまり通ることはないが、正面玄関から少し歩いた所、グラウンドのそばのスペースに、台座の上に安置された灰色の少女がいる。


 正座で本を読んでいる恰好だ。腕をまっすぐ前に出して、ちょうど授業中に音読をするような形で書物を手にしている。


 この一見奇妙な姿は、「佐奈姫伝説」という、この県で広く知られる伝承が元となっている。爽は中学の時に習っていたため、自分の入った高校にその像があると知り、感心したものだった。


 それは一目見て、どこか心惹かれる作品だった。まるで命が宿っているかのような、表情の繊細な造形。古代日本を想起させる簡素な衣服の柔らかな感じ。風雨に強い特殊な粘土で形成されたすべらかな肌。そのどれも、とても高校生が作ったとは思えないような出来映えだった。てっきりプロの作品とばかり思っていた。


「凄いですね。1年生の時の作品だったなんて」


「えへへ、やめてよ。そんなことない」


 谷崎は分かりやすく頬を赤く染めた。全国レベルの作品を生み出す人であっても、褒められるのは慣れないものなのだろうか。


「それより、いつもヤスくんが迷惑かけてない? 今日も言われたんじゃないかな。『三寒四温はツンデレだ!』とか」


「よく分かりましたね」


 川端の変態行為はかなり昔からということは言動の端々から感じてはいたが、どうやら本当のようらしい。


 自分がやり玉に挙げられていることに気付いていないのか、川端は突然思い出したように表情を輝かせた。


「そうだ、潤! ちょうどいいところに来た。このレインコートを贈呈しよう」


 川端が、さっきまで爽に押しつけようとしていた雨具を今度は谷崎の眼前へ差し出した。渡せれば誰でもいい、とでもいうのか。


「いつかの時もくれたじゃない……」


「ツンデレの季節は毎年やってくるからな」


 谷崎は困ったような表情ながらも、自然な動作で袋詰めされた雨合羽を受け取った。まるで熟年の夫婦みたいだ。ふいに浮かんだ思考を追いやるように、爽はまた頭を振った。


 これが、冬から春に変わりゆく季節のとある一日の出来事。透明な袋に入れられた桜色のレインコートを小脇に抱えて、谷崎は部屋を後にした。春休みの間に川端と爽は奇妙な出来事に遭遇するのだが――それはまた別のお話。


 場面は4月初旬へと移る。新年度が始まって、しばらくした日の朝。それぞれ2年生と最終学年に進級した爽と川端の前に、佐奈姫像にまつわる謎が立ちはだかった。


 ちょうどその日も、雨が降っていた。


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