「サイコロジスト・乙丑《いっちゅう》さん 〜ありふれた殺人事件〜(3)事件解決」 にのい・しち 【ミステリー】
乙丑の自信たっぷりな顔は、次第に頬を赤らめる。
彼は慌てふためきながら、両手で顔を覆い指をタコのように、バタバタと動かしながら返す。
「イヤだ! ワタクシたら、お下品。墓穴の間違いでした!」
いちいちイラつくな、このくだり。
大体、そんな派手な桃色のスーツと、鯉の刺繍がされたストールを巻いてる方が、恥ずかしだろ。
「先生……解ったのか?」
オネェ気質のカウンセラーは少しもったいぶった言い方で話す。
「はい、では端的にお答えします。犯人は―――――【仲居である酒井】」
「仲居? なぜそう思う?」
「まずは被害者の殺害方法です。青酸カリは液体のまま、折り畳まれたテーブルナプキンの上に"乗せられて"室内へ持ち込まれたのです」
「乗せられた? どういう……」
脳内の電気信号が、一点に収束するような感覚に陥ると、丙馬は答えを導き出した。
「そうか――――”撥水効果”ね?」
「はい。テーブルナプキンの素材は、食べ物や飲み物の汚れが付きにくように、生地がナイロンやポリエステルで出来ています」
「撥水効果のある生地に液体を垂らすと、吸収されず表面張力で玉になる。ナプキンにくぼみを作り、皿状にしたところへ液体の青酸カリを流し、部屋に持ち込んだのか?」
「【ロータス効果】別の言い方をすると、蓮効果とも言います。蓮の花は汚れが葉っぱに着かないよう、表面がデコボコしていて、いわゆる自然模倣なのですが……」
「で?」
「まぁ、丙馬さん怖い。つまりテーブルナプキンを運ぶフリをして、玉になった毒物を室内に持ち込み、おウィスキーが出来上がったタンブラーへ移すわけです」
「それなら、被害者のタンブラーだけ毒物が残っていた辻褄が合う……だが、合理的だろうか? 液体の毒物を撥水加工されたナプキンに乗せて運ぶなんて」
「粉のように固形物にしてしまうと、溶けず異物が混入されたと見てわかります。なので、瞬時に混ざる液体にするしかなかっのでしょう」
「しかし、マネージャーがウィスキーを作り終わった後に、タイミングよく旅館へイタ電をかけさせることができるだろうか?」
「丙馬さん。昭和のオジサンですか? マネージャーがお酒を作る様子を遠目で見て、スマートフォンで外部にメッセージを送れば、タイミングよくイタズラ電話を旅館へかけられます」
「だ・れ・が・オジサンだ? まだオバサンですらない……マネージャーは客間から遠ざたので、気にする必要はないわけか。だが、夫妻の死角になっていたとはいえ、二人の目を盗んでタンブラーに、毒物を混入できるだろうか?」
「それなら簡単です。たった”一言”、言えばいいのです」
「一言?」
「――――――――今年も奇麗な桜ですね――――――――」
丙馬は思わず顔の半面を押さえ、目から鱗が落ちそうになるのを止めた。
そうか、何も深く考えることはなかったのか。
「なるほど……客間は見事な一本桜が見どころだった。桜の木に夫妻の注意を向けさせればいいのか」
「夫妻が一本桜に気を取られてるスキに、ナプキンからタンブラーへ移すのです」
捜査に有力となりえる推測だ。
しかし、丙馬にはある懸念があった。
「しかし、予備のテーブルナプキンから、毒物は検出できなかった。証拠がないんじゃ立件できない」
「今の時代。殺人を計画しようと思い立てば、インターネットで情報を閲覧できます」
「容疑者のネットの検索履歴を調べればいいのか? それなら、通信業者に捜査協力を依頼して、情報を提供してもらえばいい。本庁のサイバー犯罪対策課にも協力を要請して、ネットパトロールから容疑者の閲覧情報につながるモノを調べてもらう」
丙馬はこめかみに指を当て、今の話を精査する。
悪くない見立てだ。
それの線で調べてみるのも悪くない。
話が区切りの良いところで、丙馬には別の疑問がフツフツと湧いてきた。
「解った。その話を捜査本部へ、進言してみる。ところで先生? さっき犯人は、おケツ……」
彼女は拳で口を塞ぎ咳払いをして、言い直す。
「犯人は墓穴を掘ったと言ったが、どこが落ち度だったんだ?」
「それは”イタズラ電話”です」
「イタ電? それが犯人の落ち度?」
「青酸カリを小瓶から移して、テーブルナプキンに乗せて客間へ持ち込むところまでは、予想できました。ですが三人の目がある中で、どうやって混入させたのかは解りませんでした」
桃色のスーツを着込んだ、ジェンダーが読み取りづらい男は、一拍置いてから付け足す。
「マネージャー宛の電話が犯人による誘導なら、青酸カリをナプキンに乗せ持ち込んだ後、夫婦の目を盗む方法までつながったのです」
「つまり、先生は現場の状況を聞いた時に、テーブルナプキンを使った混入方法に、気付いていたのか?」
「えぇ。ですが決め手がなかったので、思い付く限りの方法を列挙いたしましたの」
かなり前から気付いたというのか? とんだ猫かぶりだ。
臨床心理士、あなどれん。
「先生。本当は気付いて事件を楽しむ為に、わざとトンチンカンな推理を言ってたんじゃないか?」
探偵役を終えたサイコロジスト乙丑氏は、眼鏡越しに片目を閉じてウィンクした後、人差し指を自分の唇に当て、静かに返す。
「それは、秘密です」
……………………やはりキモチ悪い。
その三日後。
捜査一課は念密な検証の元、青酸カリの混入された経緯を特定。
仲居の酒井を任意で聴取。
揃えた鑑定結果を突き付けて自白へ追い込み、緊急逮捕へとつながった。
芋づる式で、マネージャー宛に旅館へイタズラ電話をした、協力者も連行される。
金で請け負った地元の不良高校生だが、本人は「ドッキリの為にするサプライズ」という風に吹き込まれたそうだ。
それがまさか、殺害計画に組み込まれていたとは、思いもよらなかったであろう。
仲居が殺人に至った動機は、主人である神蛇との不倫。
神蛇から”誘惑”し、そのままズルズルと男女の関係に。
だが、女将である妻の春姫が、情事に気づかれることを恐れた主人は、仲居との関係を一方的に切り、彼女を捨てた。
その後、主人は夫婦仲を取り戻す場として、今回の花見を設けたのだ。
従業員を労うという名目は、あくまでも、夫婦関係を修復しやすい場を作る口実。
当然、それは捨てられた仲居にとって、鼻持ちならない。
この夫婦仲を取り持つ、花見を忘れられない、悲劇に変えてやろうと考えたそうだ。
女の怨念のようなものは恐ろしい。
まさか、夫婦の仲を取り持つはずだった花見が、殺人事件の場になるとは、誰しも夢にも思わなかったことだろう。
女将である妻には、忘れられない傷として深く残った。
取り調べを受ける仲居は、計画の成功で気持ちが高ぶっていたのか、庁舎に響くほど笑ったそうだ。
しかし、その笑いは引きつり、計画を終えて疲れ切った彼女の目に、生気はない。
見開かれた瞳は濁り、どことも知れぬ明日を眺めた彼女の心に、今、何が思い描かれているのだろうか。
ちなみに青酸カリの入手ルートは、仲居が殺害を思い立った時、ネットで毒物の種類を調べていた際、闇サイトで販売していた物を購入したそうだ。
ネットの普及で見えずらい犯罪が増えているとはいえ、通販で毒物が買えるとは、世の中どうなっているんだか…………。
翌週、カウンセリングを受ける日になり丙馬は、一応事件解決に貢献したカウンセラー乙丑へ、事の顛末を話した。
「ありふれた事件……なんて言うと、不謹慎だな」
取り調べを受けた犯人の様子を話終えると、乙丑は主張の強い桃色のスーツと裏腹に、黙りこくってしまう。
握った拳が岩のように硬直し、わなわなと震えだす。
乙丑は吐き捨てるように言う。
「笑止! 笑える罪など、この世にありません」
毎回、この締めくくりでズッコケそうになる。
「先生の気持ちも解る。殺人事件に、気持ちのいい終わり方なんてない……しかし、神蛇に酒井が毒を盛るとは、まるで日本神話に出てくる蛇に酒を持って、根首をかく話のようだな? これも、本人の素行が招いた結果なのか……」
「そうですね…………さぁ! お事件も解決したので、それでは気持ちを切り替えて。丙馬さん? 今日のカウンセリングを始めましょう」
~終~




