表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春麗のミステリーツアー【アンソロジー企画】  作者: 春麗のミステリーツアー参加者一同
52/64

「サイコロジスト・乙丑《いっちゅう》さん 〜ありふれた殺人事件〜(3)事件解決」 にのい・しち 【ミステリー】

 乙丑の自信たっぷりな顔は、次第に頬を赤らめる。

 彼は慌てふためきながら、両手で顔を覆い指をタコのように、バタバタと動かしながら返す。


「イヤだ! ワタクシたら、お下品。墓穴ぼけつの間違いでした!」


 いちいちイラつくな、このくだり。

 大体、そんな派手な桃色のスーツと、鯉の刺繍がされたストールを巻いてる方が、恥ずかしだろ。


「先生……解ったのか?」


 オネェ気質のカウンセラーは少しもったいぶった言い方で話す。


「はい、では端的にお答えします。犯人は―――――【仲居である酒井】」


「仲居? なぜそう思う?」


「まずは被害者の殺害方法です。青酸カリは液体のまま、折り畳まれたテーブルナプキンの上に"乗せられて"室内へ持ち込まれたのです」


「乗せられた? どういう……」


 脳内の電気信号が、一点に収束するような感覚に陥ると、丙馬は答えを導き出した。


「そうか――――”撥水効果”ね?」


「はい。テーブルナプキンの素材は、食べ物や飲み物の汚れが付きにくように、生地がナイロンやポリエステルで出来ています」


「撥水効果のある生地に液体を垂らすと、吸収されず表面張力でだまになる。ナプキンにくぼみを作り、皿状にしたところへ液体の青酸カリを流し、部屋に持ち込んだのか?」


「【ロータス効果】別の言い方をすると、蓮効果とも言います。蓮の花は汚れが葉っぱに着かないよう、表面がデコボコしていて、いわゆる自然模倣(バイオミメティクス)なのですが……」


「で?」


「まぁ、丙馬さん怖い。つまりテーブルナプキンを運ぶフリをして、玉になった毒物を室内に持ち込み、おウィスキーが出来上がったタンブラーへ移すわけです」


「それなら、被害者のタンブラーだけ毒物が残っていた辻褄が合う……だが、合理的だろうか? 液体の毒物を撥水加工されたナプキンに乗せて運ぶなんて」


「粉のように固形物にしてしまうと、溶けず異物が混入されたと見てわかります。なので、瞬時に混ざる液体にするしかなかっのでしょう」


「しかし、マネージャーがウィスキーを作り終わった後に、タイミングよく旅館へイタ電をかけさせることができるだろうか?」


「丙馬さん。昭和のオジサンですか? マネージャーがお酒を作る様子を遠目で見て、スマートフォンで外部にメッセージを送れば、タイミングよくイタズラ電話を旅館へかけられます」


「だ・れ・が・オジサンだ? まだオバサンですらない……マネージャーは客間から遠ざたので、気にする必要はないわけか。だが、夫妻の死角になっていたとはいえ、二人の目を盗んでタンブラーに、毒物を混入できるだろうか?」


「それなら簡単です。たった”一言”、言えばいいのです」


「一言?」


「――――――――今年も奇麗な桜ですね――――――――」


 丙馬は思わず顔の半面を押さえ、目からうろこが落ちそうになるのを止めた。


 そうか、何も深く考えることはなかったのか。


「なるほど……客間は見事な一本桜が見どころだった。桜の木に夫妻の注意を向けさせればいいのか」


「夫妻が一本桜に気を取られてるスキに、ナプキンからタンブラーへ移すのです」


 捜査に有力となりえる推測だ。

 しかし、丙馬にはある懸念があった。


「しかし、予備のテーブルナプキンから、毒物は検出できなかった。証拠がないんじゃ立件できない」


「今の時代。殺人を計画しようと思い立てば、インターネットで情報を閲覧できます」


「容疑者のネットの検索履歴を調べればいいのか? それなら、通信業者に捜査協力を依頼して、情報を提供してもらえばいい。本庁のサイバー犯罪対策課にも協力を要請して、ネットパトロールから容疑者の閲覧情報につながるモノを調べてもらう」


 丙馬はこめかみに指を当て、今の話を精査する。 


 悪くない見立てだ。

 それの線で調べてみるのも悪くない。


 話が区切りの良いところで、丙馬には別の疑問がフツフツと湧いてきた。

 

「解った。その話を捜査本部へ、進言してみる。ところで先生? さっき犯人は、おケツ……」


 彼女は拳で口を塞ぎ咳払いをして、言い直す。


「犯人は墓穴を掘ったと言ったが、どこが落ち度だったんだ?」


「それは”イタズラ電話”です」


「イタ電? それが犯人の落ち度?」


「青酸カリを小瓶から移して、テーブルナプキンに乗せて客間へ持ち込むところまでは、予想できました。ですが三人の目がある中で、どうやって混入させたのかは解りませんでした」


 桃色のスーツを着込んだ、ジェンダーが読み取りづらい男は、一拍置いてから付け足す。


「マネージャー宛の電話が犯人による誘導なら、青酸カリをナプキンに乗せ持ち込んだ後、夫婦の目を盗む方法までつながったのです」


「つまり、先生は現場の状況を聞いた時に、テーブルナプキンを使った混入方法に、気付いていたのか?」


「えぇ。ですが決め手がなかったので、思い付く限りの方法を列挙いたしましたの」


 かなり前から気付いたというのか? とんだ猫かぶりだ。

 臨床心理士、あなどれん。


「先生。本当は気付いて事件を楽しむ為に、わざとトンチンカンな推理を言ってたんじゃないか?」


 探偵役を終えたサイコロジスト乙丑いっちゅう氏は、眼鏡越しに片目を閉じてウィンクした後、人差し指を自分の唇に当て、静かに返す。


「それは、秘密です」


 ……………………やはりキモチ悪い。


 その三日後。   


 捜査一課は念密な検証の元、青酸カリの混入された経緯を特定。

 仲居の酒井を任意で聴取。

 揃えた鑑定結果を突き付けて自白へ追い込み、緊急逮捕へとつながった。


 芋づる式で、マネージャー宛に旅館へイタズラ電話をした、協力者も連行される。

 金で請け負った地元の不良高校生だが、本人は「ドッキリの為にするサプライズ」という風に吹き込まれたそうだ。

 それがまさか、殺害計画に組み込まれていたとは、思いもよらなかったであろう。

 

 仲居が殺人に至った動機は、主人である神蛇かんじゃとの不倫。

 神蛇から”誘惑”し、そのままズルズルと男女の関係に。


 だが、女将である妻の春姫が、情事に気づかれることを恐れた主人は、仲居との関係を一方的に切り、彼女を捨てた。


 その後、主人は夫婦仲を取り戻す場として、今回の花見を設けたのだ。

 従業員を労うという名目は、あくまでも、夫婦関係を修復しやすい場を作る口実。


 当然、それは捨てられた仲居にとって、鼻持ちならない。

 この夫婦仲を取り持つ、花見を忘れられない、悲劇に変えてやろうと考えたそうだ。

 女の怨念のようなものは恐ろしい。


 まさか、夫婦の仲を取り持つはずだった花見が、殺人事件の場になるとは、誰しも夢にも思わなかったことだろう。

 女将である妻には、忘れられない傷として深く残った。


 取り調べを受ける仲居は、計画の成功で気持ちが高ぶっていたのか、庁舎に響くほど笑ったそうだ。


 しかし、その笑いは引きつり、計画を終えて疲れ切った彼女の目に、生気はない。

 見開かれた瞳は濁り、どことも知れぬ明日を眺めた彼女の心に、今、何が思い描かれているのだろうか。


 ちなみに青酸カリの入手ルートは、仲居が殺害を思い立った時、ネットで毒物の種類を調べていた際、闇サイトで販売していた物を購入したそうだ。


 ネットの普及で見えずらい犯罪が増えているとはいえ、通販で毒物が買えるとは、世の中どうなっているんだか…………。


 翌週、カウンセリングを受ける日になり丙馬は、一応事件解決に貢献したカウンセラー乙丑いっちゅうへ、事の顛末を話した。


「ありふれた事件……なんて言うと、不謹慎だな」


 取り調べを受けた犯人の様子を話終えると、乙丑いっちゅうは主張の強い桃色のスーツと裏腹に、黙りこくってしまう。


 握った拳が岩のように硬直し、わなわなと震えだす。 

 乙丑は吐き捨てるように言う。


「笑止! 笑える罪など、この世にありません」


 毎回、この締めくくりでズッコケそうになる。


「先生の気持ちも解る。殺人事件に、気持ちのいい終わり方なんてない……しかし、神蛇かんじゃに酒井が毒を盛るとは、まるで日本神話に出てくる蛇に酒を持って、根首をかく話のようだな? これも、本人の素行が招いた結果なのか……」


「そうですね…………さぁ! お事件も解決したので、それでは気持ちを切り替えて。丙馬さん? 今日のカウンセリングを始めましょう」






                 ~終~

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ