「春麗のミステリーツアー」 若松ユウ 【恋愛】
僕は、春樹。その人は、うららと名乗った。
出会ったのは、桃の花や雛人形を飾るには遅く、菖蒲が咲き誇り鯉のぼりを揚げるには早い、桜の季節だった。
「学生諸君! 東京に数多ある学び舎の中から、伝統ある本校を選んだことは、まことに栄えあることであり……」
四月一日。
世間では、エイプリルフールと称して、毒にも薬にもならないウソが流布していた日のこと。
「なぁなぁ、ハルくん。あの学長さん、カツラやろか?」
「うららさん。もう大学生なんですから、入学式のあいだくらい、静かにしてください」
進学を機に上京した僕は、プロの作家になるんだという期待と希望を胸に、この芸術大学に入学した。
そしたら、講堂を探している彼女につかまり、なぜか懐かれてしまったのである。
「テニスサークル『庭球倶楽部』本日、試写会しま~す。花見もあるよ!」
講堂を出るや否や、けたたましい呼びかけと一緒に、黄砂や花粉レベルに迷惑で大量のビラが手渡され、うららさんともども、あちらこちらの新歓ブースに連行された。
サークルにもクラブにも入る気が無い僕は、終始辟易していたのだが、うららさんは違ったようだ。
「ハルくん、ハルくん。このサークル、今度の十連休に『春麗のミステリーツアー』っちゅうのをやるんやて。あたしらにピッタリやと思わん?」
「文学同好会ですか。どのへんが、うららさんにピッタリなんですか?」
「ニブチンやね。名前が一文字ずつ入ってるやないの。わからへん?」
「名前?」
疑問に疑問で返すと、うららさんはパスケースを取り出し、定期券と一緒に入れてあった学生証を提示した。
「な?」
「……なるほど」
事実は小説より奇なり。麗しいと書いてうららと読むなんて、初対面で気付くはずがない。
ましてや、この付き合いが卒業式まで続くなんて、夢にも思わなかった。
(了)