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春麗のミステリーツアー【アンソロジー企画】  作者: 春麗のミステリーツアー参加者一同
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「般若観音寺の犯罪 9 」 Kan 【ミステリー】

 羽黒祐介は、般若観音寺会館の部屋に戻ると、すぐに事件の真相を語り始めた。

「それでは真相をお話ししましょう。まず、犯人は中川和尚ではありません。和尚自身が犯人なら、あのような不利な状況下で通報しないで、何も言わずにその場から逃げるはずでしょう。また、出刃包丁の指紋も拭き取ることはできたはずです。しかし彼はそうしなかった。それに中川和尚には香川時子を橋から突き落とす腕力はないと思います。

 しかし同時に、和尚はなにか秘密を持っていると考えられます。そもそも、和尚はなぜあんな深夜に観音堂に向かったのでしょうか。明日の開帳の下見のようなことを言っていますが、深夜の十二時近くにそんなことをするのは明らかに不自然です。また警報機をオフにしておいたのは他ならぬ和尚です。パスワードを知っている人間は、和尚と角田さんだけだそうです。警報機がオフにされたのは六時頃のようですが、角田さんはその頃、僕たちとカレーライスを食べていたので、できません。ということは警報機をオフにしたのは和尚になります。

 和尚が警報機をオフにした目的はなんだったのでしょうか。ここで僕は前日の和尚の言葉を思い出しました。和尚は、開帳の前に仏像を他の場所にこっそり移そうと言いだしました。なによりも和尚は、明日のどさくさに紛れて、観音像が持ち去られるのを恐れていたのです。そして、和尚はその提案を胡麻博士にして、見事に却下されていました。しかしそれでも、おそらく、和尚は心配でいられず、深夜に警報機を切って、厨子を開けて、仏像をこっそりと外に運び出そうとしたのでしょうね。ところが、ここでハプニングが起こったのです。厨子の中には、おそらくはじめから、仏像なんて入っていなかったのです!」

「なんだって、そんなことがありえるのかね」

 と胡麻博士は立ち上がった。


「ええ。あの厨子の中には観音像なんて入っていませんでした。というより、入っているはずがないんです。昨日の和尚の説明によれば、観音像が秘仏にされたのは、享保年間ということでした。享保年間というのは、1716年から1736年のことです。そして、あの観音堂が建立されたのは文政年間ということでした。文政年間というのは、1818年から、1831年のことです。そして、あの仏像が入れられていたという厨子は、観音堂ができたときに作られて、それから一度も外に運び出されていないということです。ということは仏像が秘仏になった段階で、観音堂はまだ建っていなかったし、厨子もなかったのです。ということは、あの観音堂の厨子には観音像なんて入っていないことになります。では、秘仏はどこにあるのか? 文政時代の絵巻物に記された絵には、本堂の横に「観音堂」という文字が書かれていました。つまり、その頃は、本堂に観音が祀られているとされていたわけです。そして、そもそもの本尊は川から流れてきた観音像だったということからも、観音像が本来安置されているにふさわしい場所は、本堂なんです。さて、和尚は厨子の中に仏像がなかったことで大変なショックを受けました。おそらく伝承が間違っていた、仏像はそもそも実在していなかったのだ、と思ったことでしょう」

「そんな……」

「このことは後でまた説明します。そんな時です、観音堂に何者かが入ってきたのは。それは誰だったのか、この足跡の図を見れば、簡単に答えが分かります。それはBの足跡の人物です。それは角田さんです」


 挿絵(By みてみん)


「この足跡から推測するに、この時、観音堂には和尚と角田さんのふたりしかいませんでした。和尚が犯人でないのなら、どうやって、犯人は角田さんを刺したのでしょうか。お堂の外から刺した? そんなことは不可能です。この答えも単純です。角田さんは観音堂にたどり着く、もっと前に刺されていたんです。こう言えば、お分かりでしょうか。殺人が行われたのは、観音堂ではなく、文殊堂だったんです。角田さんは即死ではありませんでした。まだどこかに歩いてゆく余力がありました。刺された角田さんは助けを求めて、和尚がいる観音堂にやってきたのです。血は床や壁にとばなかったのでしょうか? 彼は何枚も服を厚着していて、さらに角田さんに差し込まれた出刃包丁そのものが血の蓋をしている状態でしたので、血は服の外には流れ落ちていなかったのです。しかし、それでも現場に多少は血がとんだはずです。おそらくそうした痕跡は、床に広げられたレジャーシートに残っていて犯人が回収したのでしよう」

「レジャーシート?」

「ええ。前日には、たしかに和尚の手によってレジャーシートが文殊堂の中に放り込まれました。しかし、そのレジャーシートは犯行後に忽然と姿を消している。これは犯行の際、血が飛んだから犯人の手によって運び出されたのだと考えられます。あるいは文殊堂で犯行が行われたことを証明するなんらかの痕跡が残ったと判断されて、犯人が持ち去ったのでしょう。しかし、そもそも、なぜレジャーシートは床に広げられていたのでしょうか? 前日、和尚が、雨が降ってきたので、とりあえず、文殊堂に入れておいたあのレジャーシートは、あの夜、足跡を残さないために、おそらく窃盗犯たち《・・》によって床に広げられました。考えてみてください。殺された角田さんがピッキングの工具を持っていたこと。彼は仏像の窃盗犯だったんです。その上で殺人は行われ、レジャーシートは角田さんではない主犯が証拠隠滅のために持ち去ったのです。

 ここで、大切なポイントは、角田さんが秘仏窃盗の共犯者だったということです。角田さんのポケットからピッキングの工具が出てきたのはそのためです。あの時間に角田さんがあの観音堂のあたりをうろついていたのは、仏像を盗むためでした。そして、文殊堂で、共犯者である真犯人に息の根を止められてしまったのです。なぜ、犯人たちが文殊堂に入ったのかというと、真犯人はそれを観音堂と勘違いしたからで、角田さんはこの寺の人間なので、観音堂ではないことを知っていましたが、一旦隠れる程度のつもりだったのでしょう。しかし、真犯人の狙いは、仏像を盗むのと同時に共犯者である角田さんを殺害することでした。そして、香川時子殺害の濡れ衣を着せることにありました。

 さて、和尚は、出刃包丁が刺さっている状態の角田さんが入ってきたのを見て、助けようと思ったのでしょう。そして、和尚が、角田氏に刺さっていた出刃包丁を抜いたんです。ところがそのせいで角田さんは出血し、死んでしまったのです。このことを和尚が誰にも喋らないのは、出刃包丁を抜いたこと、つまりとどめを刺したことを喋って、それが何らかの罪になるのではと恐れているためでしょう。そして、和尚はこの時、仏像ははじめからなかったのではなく、何者かに盗まれたのだと思わせようと思ったのです。それは寺の面子のためです。寺の伝承や、体面を気にして、秘仏そのものがなかったよりも、その方がよいと考えたのでしょう」

 祐介は煎茶をすすった。隣でやたら頷いている胡麻博士の顔を見た。

「もっと語りたまえ」


「はい。それでは、文殊堂で殺人が行われたとして、犯人は誰なのでしょうか。また足跡の図を見ましょう。単純明快です。文殊堂に出入りしたのは、足跡AとBの人物です。Bは角田さんであることが分かっています。すると、犯人はこの足跡Aの人物です」


 挿絵(By みてみん)


「ということは、香川時子か! やはり彼女が犯人で、自殺をしたのか!」

 と根来は興奮したように叫んだ。

「いえ、答えはノーです。香川時子は犯人ではありません。欄干には彼女の指紋はありませんでした。自殺ではありません。また、持ち去ったはずのレジャーシートがどこにもないことや、コートを脱ぎ捨てていることも不自然です。コートに香川時子の血が付着していたことも疑問です。彼女が自殺をしたのなら、飛び降り自殺に決まっています。でなければ、自分の頭を鈍器で叩けるでしょうか。彼女が川に落ちた時に頭を打って死んだのなら、橋の上のコートに血が付着しているのは説明がつきません。それにまた、なぜ靴を脱いだのか、という点も奇妙で説明がつきません。しかし、彼女が犯人ではないとすると、現場に足跡の数が明らかに足りません。犯人自身の足跡はどこにも残されていないことになります。そこで考えるんです。香川時子の足跡と思っているものが犯人の足跡で、香川時子は本当は弁天橋まで来ていないのではないだろうか。つまり、彼女は本当にあの弁天橋から落とされたのでしょうか。あのコートが橋の上に落ちていたのが彼女が橋から転落した証拠です。しかし、いくらなんでも、あのような場所にコートを残して、犯人がまるで気づかずに現場を去るとは思えません。ということは、あのコートはわざと置かれたもの。つまり、あの弁天橋から落ちたものと思わせるための偽証です。つまり、香川時子の死体は現実には、もっと川の上流に落とされていたんです。具体的に言えば、それは弥勒堂のあたりです。あの川沿いで、僕は複数の足跡を見つけました。そこには、香川時子の靴跡もありました。それ以外のものもあったので、後で靴跡を照合すると物的証拠になるでしょう。さて、弁天橋には欄干が付いているので、死体を川に落とすには一旦持ち上げなければならず、女性の力では難しいことになります。しかし、弥勒堂付近の岩場には、欄干が付いていないので、女性でも死体を川に突き落とすことができるのです」


 挿絵(By みてみん)


「なるほど、すると本当の殺害現場は弥勒堂のあたりだったのか。しかし、それでも現場には足跡が足らないぞ。弁天橋から本堂側へ戻る足跡がもう一人分なければいけないはずだ」

「ええ。それが本堂側のこのアスファルトの道から弁天橋へと向かう足跡Aなんです。犯人は香川時子の靴を盗んで履いて、後ろ向きに歩いて、行きの足跡に見せかけて、本堂に戻ったんです。香川時子の死体が靴を履いておらず、山門前の橋の下に靴が落ちていたのは、犯人が履いたからです」

「それだと、今度は行きの足跡が足らないぞ」

 と根来。


 挿絵(By みてみん)


「これも単純なトリックです。真犯人は、行きは角田さんにおぶってもらったんです。角田さんは身長180センチを超える、屈強な男ですからね。犯人は共犯者である角田さんにこう説得したのでしょう。「自分の行きの足跡をつけないことで、雨が降り止む前から橋にいた人物が犯人だと見せかけよう。雨が降り終わった後にも会館にいた自分にはアリバイができるはずだから」と。こう言って、彼におぶってもらったわけです」

「しかし、それだと真犯人にだけアリバイができて、窃盗の共犯である角田にはアリバイができないことになるが、角田はそんな話をのむかな……」

 と根来は納得がいかない。


「実は角田さんのアリバイは、別に用意されていました。思い出してください。すでに死んでいたはずの角田さんの大声を、十二時すぎに金山寺先生が聞いてましたね。これはおそらく最前、録音したものを再生したものです。本来ならば、角田さんのアリバイ偽造用ということであらかじめ準備されていたものなのでしょう。角田さんの大声が「俺の名前は角田だと言ってるだろ」という違和感のある内容だったのは、金山寺さんにちゃんと証言してもらうために、自分が角田であることを強調していたわけです。いずれにしましても、このトリックであるとしたら、犯人は香川時子の靴を履いたことになり、足のサイズは、香川時子さんのものより小さくなければなりません。香川時子さんの足のサイズは24.0です。そして、それよりも足のサイズが小さいのはたったひとり。足のサイズが23.5の黒川弥生さんです。また角田さんに自分をおぶらせたことから体重は比較的軽く、少なくとも巨漢である尼崎真也先生ではありません。すると、犯人は黒川弥生さんだということになります」

「なるほどな……」

 と根来は唸って横を見ると、胡麻博士の顔があった。胡麻博士も釣られて唸り声をあげ、祐介の顔を見た。祐介は顔を背けた。


「実は彼女が犯人だとすると頷ける点があります。黒川弥生さんは、事件前は髪を下ろしていたのに、事件後には髪を結ってまとめていました。そして頭を抱えて、頭痛がすると言っていたそうですね。しかし実は、それはあることを隠していたんです。文殊堂のレジャーシートが姿を消したことと結びつけて考えると、こう推測できます。黒川弥生さんは角田さんの反撃を受けて、髪を引き抜かれたんです。そして、その髪の毛が証拠になることを恐れて、そこに広げていたレジャーシートごと持ち去ったのです。そして、黒川弥生さんが髪を結ったのは、抜かれた頭皮の部分を隠していたんです。

 黒川弥生が犯人である証拠はまだあります。彼女は事情聴取の際、事件の現場に獅子像があったことを思わせると発言しています。しかし、獅子に乗っているのは文殊菩薩ですから、彼女が言っている殺害現場とは、文殊堂のことになります。本当の殺害現場が文殊堂であることは犯人しか知りませんから、彼女こそ犯人ということになります」

「そうだったのか。それは知らなかったな……」

 根来は納得したように手を打つ。


「さらに黒川弥生さんが犯人だという証拠は、スニーカーの靴紐の結び方です。補陀落川に流された香川時子のスニーカーは、左右で紐の結び方が違いました。片方はリボン結びなのですが、もう片方の靴は非常に変わった結び方になっていました。僕の記憶では、香川時子さんは生前、左右共に正しいリボン結びをしていました。そこで僕は、犯人が靴を履いた時に、紐がほどけて結び直したのだろう、その時に自分の結び方をしてしまったのだろう、と思いました。さて、黒川弥生さんの靴を見てみることです。それがあの靴と同じ結び方になっていると思います」

「すぐに調べてみよう……」


「さて、今度は犯人の視点で流れを見ていきましょう。まず黒川弥生は、角田明善と共犯で観音像を盗む計画を立てていました。そして、おそらく、香川時子に呼ばれて、あの弥勒堂にゆきました。おそらく、仏像を盗もうとしている計画がばれて、咎められたのでしょう。黒川弥生は香川時子を突発的に撲殺しました。おそらく、付近の石などを使ったのでしょう。しかし殺害後、黒川弥生は焦ります。このままでは仏像が手に入らないばかりか、自分が殺人犯として逮捕されてしまいます。しかし、ここで彼女はあることを閃きました。それは、仏像を盗み、共犯者としてすでに邪魔になってきた角田明善を殺し、その容疑を香川時子にかぶせて、彼女の死を自殺に見せかけるというトリックでした。あの日、雨が降ったのは偶然ですが、あの道がぬかるんでいることを想定し、黒川弥生は、足跡をトリックに利用することを考えます。しかし、和尚の足跡があることは想定していませんでした。この時の黒川弥生の計画では、香川時子の靴を履き、行きは角田におぶってもらい、観音堂でその角田を刺し殺し、弁天橋の上に香川時子のコートを残し、後ろ向きに歩いて本堂まで戻って、山門前の橋から靴を川に捨てる。こうすることによって、角田を殺害した香川時子が川に飛び降り自殺したように見せかけようしたのです。

 彼女は香川時子の死体からコートと靴を剥ぎ取って、死体を川に突き落としました。そして、窃盗の共犯者である角田明善に説明をして、足跡のトリックに賛成させます。この時、香川時子を殺したことは角田に喋りません。もちろん、角田は自分が殺されることは知りません。角田も、自分の大声を入れた録音をセッティングして、アリバイ工作も万全の状態にしていました。さて、黒川弥生は角田におぶられて、弁天橋にたどり着きました。和尚の足跡が残っていたのは予定外でしたが、黒川弥生さんはおそらく気づかなかったのでしょう。ここで降ろされて、角田さんが先に進み、文殊堂に入りました。ふたりの計画としては観音堂に入る予定でしたが、角田は観音堂に和尚がいることに気づいて、咄嗟に身を隠したのでしょう。しかし、黒川弥生さんはそれを見て、文殊堂を観音堂と勘違いしてしまいます。角田は堂内に足跡を残さないように、そこにあったレジャーシートを床に広げました。遅れて文殊堂に入ってきた黒川弥生さんは、角田さんを刺しました。ここで彼女は、角田さんの反撃に遭い、髪を引き抜かれます。彼女は角田さんが倒れると、髪の毛が落ちている可能性のあるレジャーシートを持ち去り、弁天橋に戻りました。そこに香川時子のコートを置いて、後ろ向きに歩いて、本堂へと通じるアスファルトの道へと向かったんです」

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