「般若観音寺の犯罪 6」 Kan 【ミステリー】
「根来さん。現場付近の足跡の図ができました。こちらをご覧ください」
とひとりの刑事が紙を出した。
「おお、これは分かりやすい」
と根来は言ったが、よく見てみると何がなんだか分からなかった。
「説明してくれ……」
「まず、現場には足跡が三種類、残っていました。それが、このABCです。Aは香川時子の靴跡、Bは角田明善の靴跡、Cは中川和尚の靴跡と一致しました。ちなみに香川時子の靴のサイズは24.0、角田明善の靴のサイズは28.0、中川和尚の靴のサイズは25.5です。矢印の方向は進行方向です」
「そうか。まて、この足跡の通りだとすると、香川時子を橋から落とせたのは、角田か和尚しかいないことになる。それに、香川時子と角田は、この文殊堂に向かったということになるじゃないか。この文殊堂には何があるんだ?」
「さあ、見てみますか?」
「ああ」
根来と粉河は、観音堂を出て、文殊堂に向かった。電気をつけると、文殊堂には、獅子に乗った文殊菩薩像の他にこれといって何もなかった。後で考えると何もないことが問題だったのだが、そんなことはまだ気づかなかった。
文殊像は、赤い獅子に乗って、剣を握っていた。根来は文殊菩薩というと「文殊の智慧」という言葉を知っているくらいである。
根来警部は、別室で事情聴取を受けている中川和尚に会いに行った。
中川和尚は真っ青な顔をしている。根来は鋭く睨みつけると、
「あなたが死体を発見した中川和尚だな。死体を発見した時のことを話してもらおう」
と言った。
「それはもう何度も話しました……」
「もう一度、話すんだ」
「分かりました。私は十二時頃、開帳する観音堂を見に行ったんです。本堂を出て、弁天橋を渡りました」
「その時、橋の上に何か落ちていなかったか?」
「いえ、何も。私は気づきませんでした。それで、観音堂に着いたら、厨子が開いていて、秘仏はすでにありませんでした」
「すでに盗まれていたと言うんだな」
「ええ。私が茫然としていると、背後で音がして、振り返ると角田が血だらけになって倒れていて、床には出刃包丁が落ちていたんです」
「犯人の姿は見えなかったのか?」
「気づきませんでした」
「自分の真後ろで殺人が行われたことに気づかなかったのか?」
「そうですね……」
*
次の事情聴取の相手は、黒川弥生だった。黒川弥生は、髪を結ってまとめている。
「香川時子がいなくなったのはいつですか?」
「それは、十時頃までは部屋にいたと思いますけど、私、早く眠くなってしまって、夜中に目を覚ました時にはどこにもいなかったんです」
「不審な様子はあったか?」
と根来が尋ねると、黒川弥生は首を横に振った。
「うっ……」
黒川弥生は頭を抑えた。
「どうしました?」
「いえ、頭痛が。風邪をひいてしまったのかもしれません」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です。香川先生に不審な様子は特にありませんでした」
「ところで今回、殺害現場となったお堂に入ったことはありますか?」
「いえ、一度も。とても獅子の像が魅力的だと聞いてはいますけど、今回はなにしろ観音像がお目当てだったので……」
「観音像がなくなったことはショックでしたか?」
「ええ。とても貴重なものですからね。でも、そもそも、現存しているかも疑わしく思っていたので、それほどでもありませんね」
という黒川弥生は意外に冷静である。
「黒川さんの靴のサイズは何ですか?」
「23.5です」
と言って、靴をぽんと前に突き出した。
*
その次の事情聴取の相手は、尼崎真也だった。尼崎は空腹のため寝付けず、夜中まで起きていて、廊下に出た。外で僧侶たちが騒いでいたので、話を聞いたという。
「驚きましたよ。まさか事件に巻き込まれるとは思っていませんでしたからね」
「あなたは前日、香川時子のカレーライスを食べたそうですな」
「そうですね。美味しかったです。でも、まさかカレーライスを作ってくださった方が、その夜、死んでしまうとは思わないじゃないですか」
「それは驚きますよね」
「カレーライスは中辛でしたね」
「ああ、カレーライスの話はもう大丈夫です。それで、あなたは深夜零時頃、誰かに会いましたか?」
「いやぁ。会ってはいないですね。つまり、アリバイはゼロです。もちろん、不審な人物にも会っていません」
「尼崎さんの靴のサイズは何ですか?」
「26.0ですね」
*
その次の事情聴取の相手は金山寺だった。金山寺も早く眠りについてしまって、警察が到着した後も部屋で眠っていたという。
「でも、そういえば、夜中に隣の部屋から大きな声がしたね。それも怒鳴る声です。その声がたしかに角田のものでしたね」
「それは何時頃ですか?」
「確か、その時刻は深夜零時半でしたね。時計を見たから覚えています」
「零時半? その時には彼はもう死んでいたはずですが……」
「え、でも、確かに……」
根来は金山寺を疑わしい目で見た。しかし、犯人ならこんなヘンテコなことは言わないだろう、という気もした。
「なんと怒鳴っていたのですか?」
「俺の名前は角田だと言っているだろ、と……」
「こんな時間に誰に名前を名乗っていたのだろう。しかも、死人が……」
「怖いことを言わないでくださいよ」
と金山寺は苦笑いをした。
「金山寺さんの靴のサイズは?」
「27.5です」




