「春麗のミステリーツアーⅢ≪解答篇≫」 若松ユウ 【ミステリー×ヒューマンドラマ】
「お前が犯人だ!」
「ちょっと、うららさん。仮にも先輩なんですから」
昨夜、宴会のあと女性陣が雑魚寝していた大部屋に入った瞬間、人差し指でビシッと指し示しながら宣言したうららさんに、追いついた僕がやんわりと注意した。
すると、先輩は顔を伏せて肩を上下させながらクツクツと笑い、そして、近くに置いてあった先輩のデイバッグを引き寄せ、中から大きめの三毛猫、のぬいぐるみを取り出し、顔を上げて僕らの顔を見ながら言う。
「正解だよ、江戸川くん。ウフッ。いやに早かったわね。どっちの推理だったの?」
「小野寺先輩が犯人だと導き出したのは、うららさんです」
「あたしは、ハルくんが途中まで完成させたパズルに、最後の一ピースを入れただけやって。あたし一人やったら、まだ鯉のぼりの謎で止まってるトコや」
「あらあら、仲の良いこと。リア充すぎて、妬けちゃうわ」
そう言いながら、先輩はデイバッグのポケットから茶封筒を二つ取り出し、僕たちに差し出した。
ついでに、このタイミングで先輩についてトリビアを追加しておこう。
小野寺先輩は東北人で、なかなか整った容姿をしていることもあり、異性・同性問わず声を掛けられる機会は多いらしいのだが、いかんせんスプラッタ映画好きで猟奇小説書きなので、相手の方がついていけなくて、すぐに別れてしまうのだという。
僕はご期待にそえませんが、いつか趣味の合う相手に恵まれることを、お祈り申し上げます。合掌。
「一等賞の二人に、部長と副部長から記念品よ。大したモノじゃないけど、受け取って」
「わぁ、おおきに」
「ありがとうございます」
二人で恭しく受け取ると、うららさんは速攻、封筒を指で開け、逆さにして中身を取り出した。うららさんには、中身が何かを楽しみにして家に持って帰るという心理が、一ミリもはたらかないらしい。
僕は、自分の分の封筒をシャツのポケットに入れながら、うららさんの手元に注目した。
封筒の中からは、名刺大のカードが二枚出てきた。一枚は、人参を咥えた青いチョッキ姿のウサギが描かれた図書カードで、もう一枚は……。
「そうそう。その二つは抱き合わせだから、個別の返却不可としますって、副部長が言ってたわ」
「うへぇ~。まぁ、魔除けには、なるやろか……」
「捨てると厄介よ、きっと。化けて出てきて、祟られちゃうかも」
「部長さんは、まだ生きてますよ、先輩」
さんざんな言われ方をしている元凶は、部長が高校生の時にでも撮ったと思われるバストショットが全面に使われたブロマイドである。奇跡の一枚とでも言おうか、ネルシャツを愛用している今の部長より、私学のエンブレムが入ったブレザーを着た昔の部長の方が、いくらかスマートに見える。もっとも、どちらも男前ともハンサムとも言えないことには違いないけれど。
*
あのあと、迷宮に入り込んでしまった挑戦者に向け、二度ほど部長からヒントが出され、なんとか残りの一回生も、制限時間内に犯人が先輩だと突き止めることが出来た。
ちなみに、二等賞以下はブロマイドだけである。いったい、部長は何枚作ったのだろうか。
「今日はソフトドリンクだけにしてくださいね、うららさん」
「えぇ~、一杯くらいエェやないの。自分が飲まれへんから、意地悪してるんとちゃう?」
隣に座っているうららさんは、ビールの中瓶に伸ばしかけた手を止め、僕の方へ詰め寄る。
今夜は昨夜と違い、浅草へ移動し、居酒屋のお座敷を貸し切っている。このあとは、店の前で解散する予定になっている。
「違いますよ。二度も宴会中に着替える羽目になるのは、ゴメンこうむりたいだけです」
「だ、大丈夫やって。……たぶん」
昨夜は、あの一軒家でどんちゃん騒ぎをしたのだけれど、案の定というか何というか、アルコールが入ったうららさんは、すっかり気分がハイになり、僕の紙コップにまで酎ハイを入れようとした上に、何故か開ける前に振っていたらしく、プルタブを開けた途端に猛烈な勢いで噴き出し、僕とうららさんは、瞬く間に胸から下が水浸しになったのである。
プロの作家になるという夢にいだいてる人間としては、豊富な人生経験があった方が良いんだろうけど、面倒なことを起こされて停学になっては、元も子もない。昨夜は個人宅だったから、あのような事態になっても許容され、その後も迅速に対処できたのだ。
「ともかく。無事に四年で卒業したかったら、我慢してください」
「んもぅ、ハルくんのイケズ~」
口では文句を言いつつも、うららさんは烏龍茶が入ったピッチャーに手を伸ばしている。
入学式の日よりも、花見のときよりも、ほんの少しだけ、うららさんという人物の取り扱い方が分かってきた。
春のうららの、隅田川。
窓の下に見える隅田川では、まるで宇宙船のようなデザインの水上バスが、夜の黒々とした水面にきらめきを添えながら、ゆっくりと東京湾へと向かっている。
時代は変わっても、この町の人々の営みは、それほど変わっていないのかもしれない。
(了)




