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春麗のミステリーツアー【アンソロジー企画】  作者: 春麗のミステリーツアー参加者一同
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「~Children of the tear(前編)~」 IDEECHI51 【ヒューマンドラマ】

 彼女は孤独だった。親は毎日喧嘩をしていた。父から受けた暴力で残った痣は体のあちこちにあった。巻き添えをくらうだけで、はた迷惑だった。




 やがて親は離婚した。それから母と暮らしをともにしたが、決して仲が良い訳ではなかった。もともと学校に通う事のなかった彼女は本人の知らない間に高校中退となった。彼女は居場所を求めて寂しいネオン街を漂った。


挿絵(By みてみん)


 生まれは島根の松江だった。18になった彼女は親元を離れて、広島へ旅出た。彼女の薄い人脈をたよっての旅立ちだった。



「あっそ。帰ってこなくていいよ」



 母の言葉は彼女が想う以上に彼女を突き動かした。広島の歓楽街に来た彼女は体のいたるところに蛇の刺青を入れた。自分の過去を隠すように。新しい自分に生まれ変われると信じられるように。



 大金を手にしたいと思った彼女は毎晩違う男と朝まで過ごす仕事に足をつけた。そして妻子ある裕福な男との愛に溺れた。



「ごめんよ。妻にバレそうになった。御仕舞いにしよう」



 別れは呆気のないものだった。20歳の歳の差恋愛は彼にとっては只の遊びであった。一気に空虚な世界が彼女の心を覆った。



 いくらパチンコで当たっても、いくらホストの男に自分の愚痴を聞いて貰っても、毎晩飲む酒の味は苦かった。それでもその酒に酔うしか居場所がなかった。吸っている煙草の数も自分じゃ数え切れないぐらいに増えていった。



 やがて彼女の生活は壊れた。小奇麗なマンションの一室から清潔感のない三畳半のアパート一室へ引っ越した。冬はベランダ付近に薄氷が張るほどだった。



 何もかもが灰色の世界へと変わった。明るい彼女の口調もいつの間にか口数少なくなった。それでも居場所を求めて彼女は明るく騒がしいネオン街へその身を委ねようとしていた――



「おすすめの映画ある?」

「映画って?」

「映画を知らないのか?」

「うん……ウチ金ないし」

「そっか、じゃあ俺ン家来いよ。適当に面白いのをみようぜ」



 歓楽街の地下で行われている合コンだった。金髪で短髪の男に誘われた。一緒だった女友達も別の男に連れられてどこかへ行ってしまった。自分たちのような女を阿婆擦れと言うのだろうか。海の向こうではビッチというのだろうか。



 それでも私は私だ。そう村上邦子は心で唱えるしかなかった。



 映画は洋画のパニックものだった。



 人が怪物に襲われてどんどん死んでいく……。



 画面に映るそれに対して彼女は快感を覚えた。それと同時に人の不幸を自分がこんなにも喜んでしまうなんて……それが仕方のないことにすら思えてきた。



 映画とか何年ぶりだろう。何かお礼をしなきゃ。



 彼女は片づけをはじめた金髪男の体にそっと絡みついた。



 男はそれをほどいて押しのけた。続けて首を横にふった。



「ごめんな。俺は今そういうのに興味がない。夜も遅いから俺のベッドで休むといいよ。俺は……ツレのお家で休むから。ゆっくりお休み」



 思ってもない言葉が返ってきた。



 男はそそくさと支度を済ませると、家をでていった。




 彼女にとっては初めての出来事だった。自分の女が廃れたとでもいうのだろうか? 急に自分がカッコ悪く思えてきた。それと同時に妙な安心感までも湧いた。




「何か観ようかな……」



 彼女は朝まで映画を観た。それまであった退屈さが晴れたようだった。




 目を覚ますと、例の彼がカップラーメンを食べてそこにいた。



「お前、もう昼の3時だぞ? 何時まで寝るの?」



 ベッドもとにある時計をみると、3時10分を針がさしていた。



「ごめんなさい! もう出ていくから!」

「おう、また映画みにこいや!」



 振り返ると男は笑顔を振りまいていた。まるで少年のようだった。


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