表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春麗のミステリーツアー【アンソロジー企画】  作者: 春麗のミステリーツアー参加者一同
31/64

「美醜ダイニング」 IDEECHI51 【ホラー】

 桜咲く春。花見日和の4月。来月は鯉のぼりが空を舞う。春麗たる季節。



 私、林秀美は私の経営する「美秀ダイニング」で腕を振るう。



 鮮血の滴る牛肉はフライパン上で美しく焼かれて味付けされる。



 今日も今日とて時間になれば客がやってくるのだろう。



 まな板のうえで踊る食材を愛でながら私は鼻唄を口ずさむ。



 これが天職だ。そう思えているのはお客様のお蔭様である。



 そして私の跡を継ぐ息子が活躍してくれているからでもある。



 東京で修業した息子悠斗は立派な料理人となって我が家に帰ってきた。



「親父の店を護りたいから」



 その言葉で私は私の人生を全うできたとより思うことができた。



 妻が亡くなったのは悠斗が5歳のときだった。私は息子とそれ以前もそれからすらも会話を交わすことは少なかった。それゆえに私は驚いて喜ぶばかりだった。



 悠斗は東京で相当な腕を磨いたらしい。



 私の店「美秀ダイニング」はテレビで取り上げられるまでになった。お客様はさらに増えていった。今となって暇な営業日は1日たりともない。



 やがて私は自分の腕の衰えを感じはじめた。



 もうここが潮時だろう。悠斗も結婚を間近に控えている。



 私は正式に悠斗へ後継のバトンを渡す覚悟を決めた。その時だった。



『息子の悠斗さんが交通事故に遭いました』



 突然の電話だった。私が病院に駆けつけた時、悠斗は息をひきとった。



 私は嗚咽を漏らした。



 私は妻も息子も交通事故で亡くしてしまった。悠斗はあおり運転の被害に合い、口論となった際に走行車に轢かれてしまったとのことだった。




 私はもう既に料理人としての寿命を感じていた。しかし生きてゆく為にはもう少し頑張らなくてはならないようだ。



 私は私一人で店を切り盛りした。しかし客は日に日に減っていった。




 私はある日、思いだして1枚の絵画を物置からとりだした。妻の美蓮は絵画を描くのが趣味であった。生前最後に描いた1枚、それを壁に飾ることにした。



 花筏を白目を剥いた人と動物の死骸が流れゆく絵画だ。気味が悪い絵だが私はその美しさに魅せられるように、1日の終わりにそれを眺めつづけた。



 ますます客の数は減っていった。遂に赤字をだすようにもなった。



 そんな時、私の店の近くに私の店と同じような洋食店が建った。



 店主は開店を記念するタイミングで結婚したという。何の皮肉か、その花嫁は悠斗のフィアンセだった女だ。



 話題の洋食店店主が私の店を訪ねてきた。そして名刺を渡してきた。



「秀美さん、貴方がこの舞台を降りるには早い。私の店で共に切磋琢磨できないだろうか? 妻も貴方のことを心配している。今日召し上がってみたが、これは私じゃ真似できない逸品です。貴方が望むなら、この店の店名に変えてもいい」



 はぁ? コイツは何を言っている?



「受けては貰えませんか……わかりました。ただ御言葉ですが助言させて下さい。そこに掛けてある絵画、外したらどうです? せっかくの美味が雰囲気で台無しですよ? では私はこれで失礼します。ああ、これがお代です。釣りは結構です」



 男は去っていった。私は貰った名刺と紙幣を破り捨ててゴミ箱に捨てた。



「ウ、ウガアアアアアアアアアアアア!」



 私は大声で吠えた。そして涙を流した。



 顔をあげるとそこに美蓮の描いた絵画があった。



 美しい……なんて美しい絵なのだろう……私はそのまま項垂れた……




 美しい桜の蕾が実りはじめた3月、私は遂に私の店を畳んだ。




「いらっしゃい! お! 秀美さん! お待ちしていましたよ!」

「待っていましたよ!! ゆっくりしていってくださいね!!」



 私は席に座ることなく、店主とその妻をたて続けに忍ばせていた包丁で刺した。



 その場に居合わせた若い女性3人組の客は悲鳴をあげ、逃げていった。



 勝手に逃げるがいい。追うことはしない。もうここは私の店だ。



 桜咲く春。花見日和の4月。来月は鯉のぼりが空を舞う。春麗たる季節。



 私、林秀美は私の経営する「美醜ダイニング」で腕を振るう。



 鮮血の滴る人肉はフライパン上で美しく焼かれて味付けされる。



 今日も今日とて時間になれば客がやってくるのだろう。



 まな板のうえで踊る食材を愛でながら私は鼻唄を口ずさむ。



 これが天職だ。そう思えていたのはお客様のお蔭様であった。



 そして私の跡を継ぐ息子が活躍してくれているからでもあった。



 東京で修業した息子悠斗は立派な料理人となって我が家に帰ってきた。



「親父の店を護りたいから」



 その言葉で私は私の人生を全うできたとより思うことができたのだ。



 しかし全てが虚像。全てが血まみれた現実で終焉を迎えたのだ。



 私は牢屋のなかで闇深き虚構を仰ぎみた――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ