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春麗のミステリーツアー【アンソロジー企画】  作者: 春麗のミステリーツアー参加者一同
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「人ヲ殺ス死体 ―― Murder of the Dead ―― 6.忖度 Q.読者に挑戦」 夢学無岳 【本格推理】


6.忖度




「奴とは戦友だった」


 ボビー・ブラウニングは悲痛な面持ちで、ダイニングチェアに座っていた。黒いネクタイをして礼服を着ていたので、フィリップスは、その表情がよく似合っていると思った。ボビーはジョージ夫妻の死の知らせに驚き、信じられないと詰め寄ったが、彼らの説明を聞くと、質問にはっきりと答えていった。


「陸軍で同じ部隊だった。退役後は会っていなかったが、あの日、3月31日は、ニューヨークへ行く用事があったから、ついでに、久しぶりに奴に会おうと思ってマサチューセッツへ行った」


 ボビーはイラク戦争ではジョージと同じ部隊で、仲がよかったらしい。ジョージが撃たれた時は、ボビーが彼を担いで逃げ、命を助けたという。早乙女が時間について聞いた。


「13:00には、奴の家の前に駐車をした。それからしばらく奴と飲みながら世間話をした。15:00頃に、奴のかみさんが帰って来たから、彼女とも話をした」

「どんな話です?」

「普通の挨拶程度の話と、イラクでの思い出話だ」

「彼らに何か変わった所はありませんでしたか」

「分からん。だが、彼女は電話をしなきゃいけないと言って、そわそわしていたし、俺は明日の朝から仕事があったから、15:30前には退散することにした」


 早乙女が、何か証明できるものはあるかと尋ねると、彼は、車で帰る途中で、ドライブインとガススタンドに寄ったと言った。領収書と防犯カメラの映像から19時にはニューヨーク、20時半にはフィラデルフィアにいる事が確認された。22時頃に自宅に到着し、彼の妻が、朝まで一緒にいたと証言した。翌、事件当日は、9時から19時までは会社にいた事が、同僚の証言から確かめられた。残業があったらしい。


「誰か見ませんでしたか」早乙女が尋ねると、彼は腕を組んで上を向いた。


「そうだな。車を降りて、玄関に歩いて行く途中、奴の家から女が出てくるのを見た。彼女は目が合うと、挨拶もしないで、右隣の家に入って行った」

「右というのは?」

「家に向って右だから、東側だ」


 写真を見せると、その女はアンジェラだと確認できた。その時、黒いワンピースを着たボビーの妻が「あなた、そろそろ」とリビングに入って来た。彼は、待っているように言った。


「すまない。これから葬式なんだ」

「失礼ですが、どなたのです?」

「姪っ子だ」


 早乙女が「まだ若かったのでは」と辛そうに言うと、彼は「ああ、死ぬには早すぎた」と眉間にしわをよせた。

 長年、心臓の病で苦しんでいたらしい。




「弁護士を呼べって言ってるだろ」


 取調室で、デービッド・ディアスは喚き散らしていた。痩せていて顔色が悪かった。彼は、三件の空き巣容疑で逮捕された。盗難品が彼の家から発見され、また、隣町の質屋は、彼が換金に来たと証言していた。ジャクソン家の庭からは、彼の足跡が発見されていた。


「ジョージ夫妻を殺したのは、デービッド。君だな」


 フィリップスは椅子に座り、机ごしに彼と対面していた。


「だから違うって。俺は知らねえよ」

「爆発事件のあった日、17時45分には、君はバーで飲んでいた」

「そうだよ。そう言ってるだろ」

「平日の15時過ぎから酒とは、いいご身分だな。じゃあ、前日、夜23時から翌朝11時の間は、どこにいた」


 彼は横を向いて、弁護士を呼ぶように、再び要求した。


「ポリグラフにかけても良いんだがな」とフィリップスが言うと、早乙女が「任意だから断わってもいいけど、そうすると、裁判で不利になるわよ」と、彼の後ろから言った。デービッドは横を向いたままだった。


 フィリップスが早乙女に小さな声で言った。


「窃盗と不法侵入だと、どのくらいだ?」

「保護観察中の再犯だしね。でも、まあ、数年から10年? そんなに長くはないんじゃない」

「強盗、殺人、放火だと、どうだ?」

「マサチューセッツでは、死刑が廃止されているから、どうかしらね。生きているうちは……」


 彼らが二人で話していると、デービッドは次第に不安な顔つきになり、ちらちらと彼らの顔を見はじめた。フィリップスは無視して早乙女と話し続けた。


「ところで、最近、CIAが新しい自白装置を開発したって、知ってるか」

「いいえ」

「それがな、薬物注射をする必要も、電気ショックを与える必要もないんだ」


 早乙女は「ふうん」と腕を組んで聞いていた。デービッドは、そわそわとフィリップスを見ていた。


「皮膚表面に、微細な刺激を与えるだけでいい。それで誰でもゲロする。どんなに屈強な兵士でもだ。ただし、副作用があって、高い確率で、呼吸困難を起こす。だが、薬物を使わないから、たとえ死んでも、死因が判明せず、心不全として処理される」

「何て言う装置なの?」

「ネコジャラシ―Xエックスって名だ」


 デービッドは、恐怖で目を見開いた。


「もう面倒だから、こいつを連続爆破テロリストとして連行していこうぜ」

「待って、フィリップス。ちゃんと彼の話を聞いてからでいいんじゃない?」

「だが、こいつは絶対、口を割らない。きっとプロだ。筋金入りのテロリストなんだろう。CIAを呼ぼう。国家の安全のためだ……」


 デービッドは「ちょ、ちょっと待て!」と慌てて話はじめた。


 彼がジャクソン家の庭に行ったのは、夜0時前後だった。その時は小雨が降っていた。道路から見ると、家は暗かったが、庭から裏に回ると部屋の電気がついていた。テレビの音も聞こえてきたので、その家は諦めたという。それから別の、いくつかの家を物色し、その日は、隣の区画のヒューズ宅に侵入したと言った。


「その日は、それだけだよ。金目の物を取って早めに帰った。で、家で一杯飲んで、3時くらいまで寝て、それからバーに行ったよ」


「なるほどな」と、フィリップスは、ニヤニヤしてレポートを捲った。デービットの隣人やバーの店員たちの証言が書かれてある。


 デービッドは、不安そうにフィリップスを見ていた。


「爆発のあった家で、何か気づいたことある?」早乙女が聞いた。


「特にない……。いや、まてよ。特に、どうって事ないけど、明かりがついていたのは、北西の一室だけだった。だけど、テレビの音は、たぶん別の、暗い部屋から聞こえてきた気がする……」




「デービッドの証言は信用できるかしら?」助手席の早乙女が言うと、フィリップスは「犯罪者を信用できるやつの気が知れないな」と、ハンドルを握っていた右手を上に向けた。


 車は、マサチューセッツの海岸沿いを走っていた。


「裏手の林からやって来た、行きずりの犯罪者って線はないわよね」

「林には、足跡がまったく残されていなかったからな。犯人は表から堂々とやって来たんだろ」

「お年寄りの多い住宅地。意外と、人の目が多いのよね。知ってる? 今、あの町じゃ、死人が、妻に復讐をしたって噂で持ちきりよ」


 早乙女は「ふう」と、ため息をついた。


「それも悪くない。さっぱり分からんが、まあ、よく、木を隠すのなら森の中、嘘を隠すのなら真実の中、って言うからな。こういう時は、一番あやしくない奴が犯人だって相場だ」


早乙女は、訝し気な目をして「誰よ」と言った。


「ボビー・ブラウニングだ。姪想いの、しっかりした奴で、しかも、事件当時、遥か遠くのボルティモアで仕事をしていた。アリバイがはっきりしている、犯行は不可能だ。だから、こいつが犯人だ」


 早乙女は、呆れたように「じゃあ、どうやって殺したのよ」と聞くと、彼は「知る訳ないだろ」と言った。


「刑事ドラマの見過ぎね」

「俺はボマー、爆弾が専門さ。プロフェッサーなら分かるかもしれないが」

「誰? それ」

「知らないのか。有名人だぞ。FBIのアドバイザーとして西海岸で活躍しているマジシャンだ。たしか、名前は……、ユーフォンだか、ユートンだか。度忘れした。早乙女と同じ、日本出身だったな。とにかく、いくつもの難事件を解決している、生きる伝説だ」


 早乙女は、窓の外に広がる海を見ながら、そのマジシャンのことを考えた。




「と言う訳です」


 早乙女は、テーブルの向こうの老人に言った。


「大変興味深いお話でございます」彼は立っていた。「ですが、早乙女様。これで、お話は終わりではございませんね」


 彼女は答えるのを、少し躊躇った。


「いえ、実は、しばらくして、容疑者の一人が、自分がやったと遺書を残して、自殺をしたのです。また、新たに大きな爆破事件も起こったので、FBIによる捜査は、そこで打ち切られました。でも、私には、その容疑者には完璧なアリバイがあるので、犯行は不可能だと思えるのです。なので、ぜひ、お尋ねしたいのです」


 早乙女は、恐縮そうに肩をまるめて言った。


「ここまでの話で、犯人はお分りでしょうか」


 老人は、楽しそうに早乙女の瞳を見つめた。


「これは参りました。わたくしが、貴方様を評価させていただくつもりが、逆に試されることになろうとは……。結構でございます。それでは、恐れ入りますが、そのために、いくつか確認させていただきたいと存じますが、宜しいでしょうか」


 早乙女は「はい」と頷いた。


「ひとつは、女性を拘束していたダクトテープからは、指紋は検出されませんでしたね」


 彼が言うと、早乙女は驚いたように、「ええ、そうです。指紋は何も出て来ませんでした」と答えた。


「ダクトテープは難燃性でございましたね。そのテープの粘着面に残されていたものは、何でございましょう」

「革製品の欠片が付着していました」


 老人は「なるほど」と顎に手をやった。


「それから、複数犯の可能性となる、容疑者間のつながりは、何かございましたか」

「いえ、それは、発見できませんでした」


 彼女が答えると、彼は「ありがとうございます。以上で、結構でございます」と言った。


 早乙女は驚いた。


「えっ! 他の質問はいいんですか。家の鍵の在処とか、家から紛失したものとか……」


 老人は「ええ。犯人と、その手段は分りました」と、表情を変えずに言った。



            ※



 Q.読者に挑戦



 1.ジョージを殺害した犯人は誰か


 2.ナンシーを殺害した犯人は誰か


 3.どのような方法を用いたのか


 4.なぜその方法を用いたのか








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