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春麗のミステリーツアー【アンソロジー企画】  作者: 春麗のミステリーツアー参加者一同
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「人ヲ殺ス死体 ―― Murder of the Dead ―― 5.捜査」 夢学無岳 【本格推理】


5.捜査




「ご主人は、爆発のあった時、すでに亡くなっていらっしゃったのですね」


 マジックショップの店内。老人の目は、どことなく輝いていた。


「ええ。そうです、12時間前には。誤差は前後6時間です。ナンシーの方は、爆発による即死でした。だけど、ジョージは、ナイフにより胸部と腹部、二カ所を刺されたのが死因です。彼女が持っていたナイフが刺創痕に一致し、凶器だと確かめられました……」


 早乙女が答えると、老人は、顎をつまむようにして撫でながら、窓の外の桜に目を向けた。彼女はコーヒーを一口飲むと、ケーキの刺繍されたハンカチで口を拭き、畳むとテーブルに置いた。




 フィリップスは、信じられないといった顔で、検視官に言った。


「じゃあ、死体が人間を縛り付けて、自爆したってのか?」

「それを考えるのは私の仕事ではないね」検視官は興味がないようだった。


 フィリップスは混乱気味だった。


「死亡推定時刻は……、前日の23時45分から、事件当日の11時45分の間だよな。誤差が6時間っていうのは、ちょっと幅がありすぎだろ。もっと絞ってくれよ」


 検視官は、黒焦げの死体を指し示しながら説明した。


「ステーキを焼く前、フォークで穴を開けるよね。彼の身体もそうだ。外はウェルダン、中はミディアムレア。直腸温測定による推定は不可能だよ。確かに言えることは、消化管内容物の状態から、死亡は食後、2、3時間。死斑の痕跡から見て、死亡後、長時間、座った状態だったこと。腹部深部の腐敗状況をメインに推定したが、監察医の間で意見が割れたから、この誤差になった。ナイフの刺創痕は深さ4インチ。こいつが致命傷だね。また、身体にある五十カ所以上の傷から、手榴弾のワイヤー片が発見されたが、これらは、すべて死後の傷だ。後頭部には挫創があるね。骨折はしていないし、ひどくはない。おそらく、倒れた時にでも……」


 彼の説明が終わると、早乙女とフィリップスは検死解剖所を出て、聞き込みに行くことにした。




「爆発のあった時だって? 何度も言ってるが、誰も見ちゃいねえ」


 夫婦の隣に住む老人、イーサンは、ロッキングチェアに座っていた。足が不自由で、杖がないと歩くのがままならないらしい。妻を亡くしているので、生活が大変だろうと、早乙女は思った。


 家を囲むようにして作られてある、一階のベランダ。その東側――ここがイーサンのお気に入りの場所らしい――から、事件のあった部屋が見える。窓枠には、黄色のテープが張られていた。家と家の境界は、白いペンキで塗られた木の柵だけであり、腰くらいの高さなので、見通しはいい。人が身を隠せるような場所は何もなかった。


「突然、爆音がして、窓ガラスが吹っ飛んで来やがった。驚いたのなんのって。だが、それだけだ。猫の子一匹見ちゃいねえ」


 早乙女が、前日から当日に見たことを、詳しく聞きたいと言うと、老人は、思い出そうと努力した。


「俺が見たのは……。爆発のあった日、男がひとり尋ねて来た。昼飯を食った後だ。死んだ旦那の仕事仲間だったと思うが、車を下りて、玄関に行った。それから俺の所に来て、『ジョージに何かあったか』と聞いた。俺は『知らねえ』と答えた。そしたら、すぐに帰って言った。前の日は、まったく知らない男が尋ねてきた。茶色のワゴンに乗ってきたが、昼ごろやって来て、しばらく居たな。ジョージのかみさんが帰宅して、しばらくすると帰っていった……」


「その詳しい時間帯は分ります?」早乙女が聞いた。


「仕事仲間の方は、たぶん12時半くらいじゃねえかな。外には時計を置いてないから詳しくは分からんが……。知らない男が来たのは、俺が昼飯を食って、しばらくしてからだから、たぶん12時半から1時くらいだ。帰ったのは……、小腹が空いてきた時だから、3時過ぎくらいか」


 老人は「そうだ」と思い出したように言った。


「夜中に目が覚めたんだが、なに? 時間は分らねえよ。リビングから窓の外を見ると、柵の向こうに、誰かいたような気がした。え? 誰だって言われても分るか。暗かったんだ」


 早乙女は「その日の夜は、月もなく、雨が降ってましたよね。なぜ人影に気づいたんです?」と聞いた。


 老人は「そういや……」と、爆発した部屋を見た。


「一晩中、明かりがついていたな」




「だから何も知らないって、言ってるでしょ」


 アンジェラ・ダウリングは数年前に夫を事故で亡くし、ひとり暮らしをしていた。子供はいない。20年前は、町では美人で通っていたらしいが、今では、その面影は眉間のしわや、法令線の奥に隠されていた。彼女は、花柄のソファーに座って、神経質そうに腕を組んでいた。


「その日は、仕事に出ていて、夕方に戻ったのよ。夕食の支度をしていたら、あの事件でしょ。ったく、休む暇がなかったわ。え? 前の日? ずっと、この家にいたわよ。あの家に行く訳ないでしょ。え? 何か見たかって? ええ、昼間、道路に知らない車が停まってたわ。これも、あなたたちのお仲間に話したけどね。時間? 1時くらいには停まってたけど、4時くらいに外を見た時には、もういなかった。どんな客? 体格のいい男よ。4、50代かしら。遠くから見ただけだから、よく分からなかったけどね」


 早乙女は、それ以降、誰か見たか尋ねた。


「見てないって言ってるでしょ。前の晩? 朝までずっと寝てたわ。だから次の日は仕事だったって。寝不足だと仕事にならないじゃない。ちょっとは頭、使いなさいよ。何も見てないからね」


 彼女は、市街地のショッピングモールでレジ打ちのパートをしており、事件当日は、9時から17時まで働いていたのが確認された。




「お、俺はやってねえぞ」


 ジョージの職場の同僚、チャールズ・ホークは、びくびくしていた。工場には修理中の車が数台。工具や部品が散乱しており、オイルの匂いが漂っていた。


「あの日は、本当に昼間に行っただけだって。その後、仕事に戻って、夜の7時まで働いていたんだ。本当は、もっと遅くまでやるつもりだったさ。納期のある事故車が数台入って来たのに、ジョージが休んだから、ひとりじゃ大変だったんだよ。だけど、あの事件だろ。警官は来るし、もう、それどころじゃなくなってよ。証明できる人? お、俺、やってねえって」


 怯えるチャールズに、早乙女は、これは形式的な質問だと説明した。


「仕事は、ずっと、ひとりだったよ。ボスは、旅行でマイアミに行ってるから、1週間、俺とジョージだけだったんだ。え? 前の日? 日曜は、さすがに休んださ。俺、そこまで働き者じゃない。へ? アリバイ? 家でテレビを見てた。フットボールの試合だ。昼間にピザを頼んだけど、どこも出かけてねえ。誰かいたかって? ちくしょう、ひとりだったよ……、くそっ、昼も、夜もひとりさ。来客もない……」


 チャールズは独身だった。両親を亡くして、家には、ペットの雑種犬を除いて、ひとりだけだった。ジョージとは古くからの付き合いで、仕事だけでなく、プライベートでも一緒に遊んでいたという。金銭のトラブルがあったという噂があったが、本人は否定した。




 フィリップスと早乙女は、ダイナーで食事をしていた。テーブルの上にはフライドポテトが山になっていた。


「結局、事件の前日、ジョージの方は1日中、家にいたようね。ナンシーは10時頃に彼女の友人宅へ行って、午後13時から14時過ぎまでショッピングモールで買い物。15時頃に帰宅」

「この辺までは、確実だな」


 フィリップスは、大きなハンバーガーにかぶりつき、早乙女はクラブハウスサンドを口に運んでいた。


「前日に茶色のワゴンで訪問した男が気になるわ。彼が帰った後、二人が外出したとか、誰かが訪問したっていう目撃情報がないのよね」

「そいつが何か知ってそうだな」

「それにナンシーの母親の証言」

「ナンシーが電話をした件だな。たしか、事件の前日の15時35分だから……」

「時間はいいけど、その内容よ」


 フィリップスは、コークをストローで音をたてて飲むと、「内容?」と聞いた。


「ナンシーは、『今度、ジョージと一緒に、そっちに遊びに行く』って言ったそうね」

「だから?」

「変じゃない? 仲、悪かったのよ」

「殺し合うくらいにな」


 早乙女がフィリップスを睨むと、彼は肩をすくめた。その時、彼の携帯電話が鳴った。出ると、彼は「ビンゴ」と言って、手帳にメモを取った。


「茶色のワゴンの男、分かったぞ」フィリップスが言った時、ちょうど早乙女にも電話がかかってきた。彼女は、彼を見て人差し指を立てた。電話を切ると言った。


「お待たせ。で、誰?」

「ボビー・ブラウニング。ボルティモアに住んでいる会社員だ」

「ボルティモア。遠いわね」

「300マイル近く離れているから、ナイトライダーでも4時間はかかるな」


 早乙女は「何、それ」と言った。フィリップスは、つまらなそうに「何でもない。そっちは何だ?」と聞くと、彼女はポテトにケチャップをたっぷりと付けて、ひとつ口に入れた。


「容疑者が逮捕されたわ。デービッド・デイビス。空き巣の常習犯。現在、保護観察中よ」

「オーケー。どっちから行く?」


 彼が聞くと、彼女は指を舐めながら、当然のように言った。


「逃げない方よ」




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