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春麗のミステリーツアー【アンソロジー企画】  作者: 春麗のミステリーツアー参加者一同
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「人ヲ殺ス死体 ―― Murder of the Dead ―― 4.疑問」 夢学無岳 【本格推理】


4.疑問




 爆発のあった家には、ジョージ・ジャクソンとナンシー夫妻が住んでいた。ジョージは軍人上がりで、武器マニアだった。裏の林へ行っては、よく銃を撃ち、酔っている時などは、庭でも頻繁に銃を撃っていたという。最近では、射撃の撮影をして、動画サイトへ投稿していた。彼が、厚い鉄板や、大きな氷のブロック、丸太などを、さまざまな銃で撃つ映像が確認された。


 近所から、騒音の苦情が多く、特に、左隣の、数年前に夫を亡くした一人暮らしの女性――アンジェラ・ダウリング――は、頻繁に、ジャクソン家にクレームを言いに押しかけ、また、しばしば警察に通報していた。


 夫婦仲はすこぶる悪く、ケンカが絶えなかったという。夜中も、皿やガラスの割れる音が近所に響き、妻の身体にあざが絶えることはなかった。だがナンシーも負けず劣らず、包丁を振り回していたことがあったと、住人は証言した。家のあちこちから、ルミノール反応が検出された。


 家では、夫婦の他に、隣人のアンジェラと、ジョージの職場の同僚、チャールズ・ホークの指紋が発見された。チャールズは自動車整備工場で働いており、事件当日、ジョージが無断欠勤をしたので、電話をかけたが、つながらず、昼休憩の時間に彼の家を訪れた。その時は、誰も応答せず、玄関には鍵がかけられていたので、仕方なく仕事に戻った、と彼は言った。


 ジョージは、数年前、遠縁の叔母から遺産を手に入れ、裕福に暮らしていた。仕事を休みがちになったのは、それからだった。大金を手に入れてから、ジョージの性格が悪くなったが、ナンシーは、金銭的な理由で、別れるに別れられなかったのだろう、と近所の人々は話していた。




「こいつは心中だな」


 フィリップスはDNA分析課からの報告を読むと、そう言った。ふたつの死体は、爆発のあった家の夫婦、ジョージとナンシーに確定した。彼はデスクの上に足を投げ出して座っていた。


「どうして?」早乙女は壁際で腕を組んでいた。

「使われたのは、残骸を見ても、コンポジション爆薬の配合から見ても、M26A1手榴弾で間違いない。きっと、これが爆発したのが死因だ。火災は、たまたま部屋に置いてあった、灯油タンクとモロトフ・カクテルに引火したからだ」


 早乙女が、「モロトフ・カクテル?」と聞くと、彼は「火炎瓶だ」と簡単に言った。


「手榴弾で引火するもの?」

「ああ、燃焼した成分を分析したところ、ガソリンに重クロム酸塩が含まれていた。ガラス瓶には硫酸の痕跡が残っていた。つまり、ガラス瓶が割れると、化学反応が起きて、ボンッ、て訳だ」

「で、何で心中なのよ?」

「M26は、安全ピンを抜き、レバーを外すと、4秒で爆発する。だが、あの家の右隣に住む老人は、ベランダでロッキングチェアに座っていたが、部屋の爆発する瞬間を見ていたにも関わらず、不審者を誰も見ていなかった。誰かが窓を割って、手榴弾を投げ込むことは不可能だ。すぐに駆けつけた消防士たちが、窓から消火し、あるいは玄関を破って侵入したが、家の中で誰も見ていない。警官たちも誰も発見していない。裏手のぬかるんだ林には、足跡がまったくなかった。そして、何より手榴弾のレバーからは、ジョージの指紋しか検出されていない」



挿絵(By みてみん)



 彼は立ち上がると、報告書を机に放り投げた。


「つまり、爆発時、あの部屋には、あの夫婦しかいなかった。夫が妻を椅子に括り付け、手榴弾を爆発させて、ふたりで死んだという訳だ」


 早乙女は腑に落ちない顔をして言った。


「状況はそうだけど、どうもしっくりしないわね」

「何が?」と彼は聞いた。

「なぜ彼女の手にナイフが握られていたの?」

「妻の暴力性をうったえるためだろ。指紋だって、彼女のしか発見できなかった」

「じゃあ、どうして、可燃性の液体を近くに置いたのよ?」


 フィリップスが「火葬の手間が省けるからじゃないか」と言うと、彼女はジロリと彼を睨んだ。だが、彼は何とも思わないようだった。


「いいか、男女間のケンカや、プレイに色々あるように、心中だって色々あるんだよ。とにかく、これは俺達の追う、連続爆破事件とは関係がない。これで終わりだ。後は、州警察にまかせよう」


「関係ないと決めつけるのは早すぎじゃないの」と早乙女が言うと、彼はむきになった。


「何を聞いていたんだ。手口がまったく異なるじゃないか。爆弾は、M26で間違いない。現場には、C4もTNTも起爆回路の基板すら発見されていない……」


 彼がそう言っている時だった。検視官から電話があり、検案書ができたと連絡があった。


「ようやくか。遅かったな」

「きっと大変だったのよ。とりあえず、行きましょ」


 早乙女は顎をしゃくり、オフィスを出ようとした。フィリップスは、「ったく」と言いながら、しぶしぶ彼女について行った。




「この男性、ジョージ・ジャクソンの死亡推定時刻は、爆発のあった12時間前だね」


 腐臭やフェノール臭が漂っていた。検視官は死体の前で説明すると、フィリップスと早乙女は黙って、お互い見つめ合った。



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