表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春麗のミステリーツアー【アンソロジー企画】  作者: 春麗のミステリーツアー参加者一同
22/64

「人ヲ殺ス死体 ―― Murder of the Dead ―― 2.勧誘」 夢学無岳 【本格推理】


2.勧誘




わたくしは引退した身でございますから」


 ダークスーツに身を包んだ老人は、困ったように言った。髪も口髭も豊かなロマンスグレー。その優雅な身のこなしは、貴族のようであり、その慎ましやかな話し方は、執事のようであった。


 駅から少し離れたビル街に、ひっそりと佇む、小さなマジックショップ。所狭しと、さまざまな手品道具が並べられていた。トランプ、ロープ、色鮮やかなハンカチーフ、シルクハット、ステッキ、さまざまな大きさのコイン、不思議な飾りのついた箱や、ゲージのかずかず。店の奥の書棚には、たくさんの書籍が並べられていた。それらの多くはフランス語か英語だった。


 大きなウィンドウから外を見ると、そこは桜並木だった。雲一つない晴天。歩道には、若者たちが楽しそうに歩いていた。


「そこを何とかお願いします。貴方と働けると思って、帰国してきたのです」


 グレースーツの女は、おしとやかに頭をさげた。


「そう、おっしゃられても……」


 カウンターの上には名刺が置かれていた。彼女が先日渡したものだった。


 警視庁 刑事部捜査第一課 特命捜査対策室 不可能犯罪係

 係長 警部

 早乙女さおとめ弥生やよい


 彼女は、何日も、この店に通い、顧問になってもらうべく、彼を勧誘していた。老人は、それを断わってきた。しかし、何度も追い返すのを申し訳なく思ったのか、ついに、ゆっくり話を聞こうと、カウンター横にあるスツールに腰を掛けるようにすすめた。


 彼女の顔に期待の色が現われる。老人は、やさしく言った。


「早乙女様。わたくしは、いじわるで、お断りしているのではございません。東京の警察で働きたくない訳でもございません。4万人を超える優秀な警察官がいらっしゃる中、私にお声をかけて下さいましたのは、大変光栄に存じます。ただ、早乙女様も、良くご承知のことと存じますが、犯罪に関わり合うことは、あまり心地良いものではございません。老い先長いとは言えない我が身。私は好きなことをして生きとう存じます。そこで、で、ございますが、早乙女様。貴方様が、一緒に働きたいと思える方かどうか、私は、知りとう存じます。もし宜しければ、今までにご担当された、思い出深い事件の話を、お聞かせ下さりませんか。ご依頼をお引き受けする、しないは、それをお聞きして判断したいと存じます」


 それを聞き、彼女は思案した。しばらく選びあぐねているようだったが、「それでは……」と、静かに語りはじめた。


「あれは12年前、2007年、マサチューセッツ州、イーストサンプトンで起きた殺人事件でした。コネティカット川沿いの、緑豊かな田舎の住宅地です。その日は、4月1日。午後17時45分。ある民家で爆発が起きました。事件当時、私はFBIのCID(刑事捜査課)に配属されていましたが、ちょうど、その時期は、連続爆破事件が起きていたので、犯罪科学研究所、爆発物課のフィリップスと一緒に、事件現場に駆けつけることになったのです。本来のパートナーは怪我で入院中だったので、以前CIDで捜査官をしていた彼と、臨時で組まされていました……」


 早乙女は話しながら、ふと、目の前、アンティークのサイドテーブルを見ると、いつの間にか、幾何学模様の上に、美しい磁器のカップが置かれていた。


 彼女は、コーヒーから湯気が立っているのを見て、驚いた。老人は一瞬も席を離れてはいない。彼は微笑み、「どうぞ宜しければ」と、それを勧めた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ