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春麗のミステリーツアー【アンソロジー企画】  作者: 春麗のミステリーツアー参加者一同
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「人ヲ殺ス死体 ―― Murder of the Dead ―― 1.爆発」 夢学無岳 【本格推理】

 

もくじ


 1.爆発

 2.勧誘

 3.事件

 4.疑問

 5.捜査

 6.忖度

 Q.読者ニ挑戦

 7.氷解

 8.復活




1.爆発




 発狂寸前だった。


 女は灰色のダクトテープで、椅子に固定されていた。胴体と両肘は、椅子の背もたれに、両脚は椅子の前脚、左手には何かを握らされ、椅子の後脚に括り付けられていた。右腕だけが動かせた。口にはテープが貼られ、声を出すことができない。助けを求め、声を張り上げようとしたが、出てくるのは鼻から抜ける呻き声だけだった。テープを剥がそうとする右手は、虚しく何度も空を切った。


 殺風景な物置代わりの狭い部屋。壁際の棚には、大量の段ボール箱が乱雑に積み重なっていた。カーテンは閉じられ、壁の向こうからは、テレビの音が聞こえていた。


 拘束されてから、永遠とも思える時間が経った。だが、そこまで長くはない。テレビの音で分かる。もうすぐ6時のニュース。オレンジ色に光るカーテンは、徐々に暗くなっていった。


 目の前の椅子に座る男を見た。椅子に座ってじっと動かず、虚空を見つめていた。目に生気は感じられない。右手には手榴弾。左手の人差し指には、抜かれたピンがぶら下がっていた。


 握ったまま離さないことを期待した。何度も祈った。


 しかし、男の右手は少しずつ開いていく。深緑色の手榴弾のレバーがキリキリと妙な音をたてた。


 女は死に物狂いで身体を動かした。男から逃げようと、激しく椅子を上下させた。テープは緩まない。だが、椅子は少し動く。


 部屋の扉には鍵がかけられていた。女は、このまま窓まで行こうと思った。椅子は音をたて、1センチ、2センチと動く。これならいける。そう思った時だった。バランスが崩れて、椅子は転倒した。


 身体を打ちつけ、呼吸が一瞬止まった。ふらつく頭。目を開けると、自分の足下に、男の椅子が見えた。膝の上に置かれた男の右腕が、徐々に落ちようとしていた。


(やめて! お願い! それを離さないで! お願い! 助けて!)


 女は叫ぶが、声にならない。


 男の右腕が、ぶらんと膝から落ちる。その拍子にレバーが飛び、手榴弾は男の手から離れ、板張りの床を転がった。ゴロゴロと音をたて、女の顔の前で止まった。


 女は狂ったように暴れた。思い出が、次々に脳裏に浮かぶ。誕生パーティ、湖畔でのキャンプ、ハイスクールライフ、カレッジの卒業式、結婚式……。楽しかったこと、悲しかったこと。女は40年を追体験した。


 ふと我に返る。目と鼻の先、床の上に手榴弾が見えた。爆発していない。


 もしや、かつがれたのか、と思った時だった。


 激しい爆音と黒煙。痛みを感じる間はなかった。一瞬にして、彼女の人生に幕が引かれた。




 爆発音が響きわたり、近所の人々が家から出てきて、ポーチや芝生の上に立った。夕焼け色に染まる田舎町。サイレンを鳴らすパトカーや消防車が、赤い光を点滅させ、続々と集まって来た。




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