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春麗のミステリーツアー【アンソロジー企画】  作者: 春麗のミステリーツアー参加者一同
19/64

「ふたりでお茶を 」 若松ユウ  【ヒューマンドラマ×会話劇 】

□場所:ジャズ喫茶

□音響:バド・パウエル「ティー・フォー・トゥー」

□演者:男一人、女一人、ナレーター一人

□舞台:円卓一台、丸イス二脚

□道具:灰皿、ハンカチ、二組のカップアンドソーサー


  *


 ここは、まるでエアポケットのように、慌ただしい都市にひっそりと佇む、一軒の小さなジャズ喫茶。今日も、ひと組のお客様が来店している。


――円卓を囲み丸イスに座って会話を交わす男女。円卓の上には二組のカップアンドソーサー、灰皿、四つ折りのハンカチ。


男「今年の春は、どこにも行けなかったな」

女「そうね。下の子の入学式もあったし、その前に上の子の卒業式もあったものね。それに、花粉がひどかった」

男「あぁ。河川敷に場所取りに行かせた新人は、次の日にマスクの下がナイアガラだった」


――男、利き手でピースサインを作り、指を曲げて人中の両端を上から下へなぞる。


女「もう、あなたったら」


――女、眉根を寄せ、四つ折りのハンカチの角を鼻に軽く当てて気色ばむ。


女「ここは我が家じゃないんだから、そういう真似はよしてちょうだい」

男「はいはい。マダムの仰せのままに」


――男、カップを手に取って一口飲む。女、ハンカチを円卓に置く。


男「桜は見に行けなかったけど、今年は雛人形は用意したじゃないか」

女「桃を用意してって言ったら、誰かさんは缶詰を買って来たっけ」

男「悪かったな、雛祭りだって気付かなくて。男所帯で育ったから、俺の家は鯉のぼりしかなかったんだ」

女「あら。でも、家庭内の男女比が女性優位になってから十五年になるし、東京に出てからも十年は経つじゃない。詭弁だわ」

男「へいへい。まったく、月日が経つのは早いものだな」


――男、胸ポケットから煙草を一本出して一服する。女、夢見がちに語りはじめる。


女「きれいな花が咲いてる小川のほとりで、カラフルなレジャーシートを敷いて、朝に焼いたクッキーとともに、小鳥のようなおしゃべりをする。ときおり川面に流れる花筏なんかを見ながら、優雅なひとときを」

男「都会の喧騒とは無縁の、ふたりが恋人でいられるオアシスで、だろう?」


――男、灰皿で煙草を揉み消し、女の話を遮って続ける。女、平生の表情に戻って話を続ける。


女「そうよ。あぁ。あの頃の私たちは、ホントに何も知らなかったわね」

男「そうだな。蛇のように狡猾な輩の誘惑に騙されかけて、薄氷を踏む思いをしたり」

女「猫のように悪戯盛りの子供たちの罪の無い嘘に、エイプリルフールと知らずに驚いたり、ね。歳を重ねると、いちいち疑り深くなって嫌ね」


――女、カップを手に取って一口飲み、中空を見上げて一時停止したのち、カップを置いて何かを思い出したかのように話す。


女「そうそう。オダさんに、もう電報は打ったの?」

男「ん? あぁ、結婚式の祝電か。ここ半年くらい受験勉強を見てやってたから、本能寺の変が浮かんだよ。ハハッ。帰りに郵便局に寄ろう」

女「まだなのね。じゃあ、交差点で二手に分かれましょう。私は、スーパーで先に買い物してますから」

男「了解」


――二人同時に席を立ち、並んで舞台袖へ歩き去る。


 やがて、この夫妻は日常へと戻っていくことだろう。空になったカップに、それぞれ何が注がれていたのか、はたまた、この物語のモデルになったジャズ喫茶がどこにあるのかは、読者様の豊かな想像力と好奇心に任せる。

  (了)

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