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春麗のミステリーツアー【アンソロジー企画】  作者: 春麗のミステリーツアー参加者一同
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「春麗のミステリーツアーⅡ」 若松ユウ 【恋愛×ミステリー】

 高校までと違い、大学は学生の自主性が重んじられている。と言えば、聞こえが良いかもしれない。教えられるだけでなく、自分で考え、それを他人に分かりやすく説明できるようになれというわけだ。

 だが実際は、いかに講義や演習をサボタージュし、いかに努力せずに試験をパス出来るかに執念を燃やしているだけである。まぁ、就職活動が始まってから、四年近い怠惰のツケが回って薄氷を踏む思いをする先輩は、毎年、一定数いるらしいけど。

 それでも、優しくて出席を取らない教授の講義には人気が集中するし、厳しくてコメントペーパーを筆跡鑑定する教授の講義は人気が無いままである。


 さて。

 エイプリルフールに行われた入学式から二週間が経過し、昼休みの食堂や中庭のベンチでは、この次の週末からの十連休を、どこで誰と過ごすのかという話で持ちきりになっている。


 どこで誰が何してようと気にならない僕は、そんな他愛もない噂話や世間話を聞き流しつつ、花粉飛散のピークも過ぎ、すっかり葉桜になってしまった桜樹に背中を預けて見上げ、鯉のぼりも優雅に泳ぎそうな心地よい風と木漏れ日を肌に感じながら、卒業式から今日までのことを、ぼんやりと思い返していた。


  *


「ご卒業おめでとうございます、春樹先輩」

「わぁ、ありがとう。これ、君たちが描いたの?」

「ハイ! 東京へ行っても頑張ってくださいね、部長さん」


 床の間に飾られていた雛人形が、姪っ子の反対を押し切って片付け終わった、三月九日のこと。

 町長から届いた電報が張り出されている職員室前の掲示板で、そこに書かれているステレオタイプなお祝いメッセージを何気なく読んでいたところへ、文芸部の後輩二人が、部長だった僕に二枚の小ぶりな色紙を渡しに来た。

 片方は水彩絵具で写実的に、もう片方はアルコールマーカーでアメコミ風に似顔絵が描いてあり、それぞれ「プロ作家になる夢が叶いますように」という明朝体と、「都会のアブナイ誘惑に負けるな!」というポップ体の文字が添えられていた。その色紙は、今でも下宿先の机の引き出しに、大事にしまってある。


「われわれ文学を志す部員一同、生まれた月日は違えど、死ぬ時は同年同月同日を願わん。乾杯!」

「イヤです。部長だけ、勝手にくたばってしまえ。乾杯!」


 入学式があった週の日曜日。文学同好会では、何万本もの桜が植えられた河川敷で、新入生歓迎会を兼ねた花見が行われた。

 歴史オタクでカマキリのような顔をした部長が桃園の誓いを真似た音頭を取り、部長と同じ学年の先輩のブーイングが返されたところから宴が始まり、レジャーシートの上では、下は僕と同じ十八歳から、上は還暦を過ぎた社会人まで、様々な談議に花を咲かせていた。


 そして、宴もたけなわ。本能寺の変と明智光秀がどうこう、寺田屋事件と坂本龍馬がしかじかと、部長が落語「花筏」に出てくる提灯屋のようにデップリ太った部員に、缶チューハイを持ってグダグダと管を巻き始めた頃合い。

 空のペットボトルを片付けつつ、烏龍茶もオレンジジュースも無くなったなと思っていた僕に、背後から指でつつく人物がいた。


「ハルく~ん、たすけて。吐きそうやわ」


 振り向いた瞬間、思わず鼻をつまみたくなるくらい、うららさんはヘベレケに酔っ払っていた。

 周囲を見回しても手の空いてそうな女子が居なかったこともあり、仕方なく肩を貸して歩かせ、お手洗いまで連れて行ったんだけど……


「ちょっと、うららさん。こっちは男子トイレですから」

「今だけ男ルール発動するから~」

「意味の分からないこと言わないでください。ほら、こっちに多目的トイレがありますよ」

 

 念のために補足しておくと、うららさんは現役生の僕と違って二浪しているので、この時すでに二十歳になっている。

 ただ、成人しているからといって、お酒のマナーを弁えているかといえば、話が別である。吐き気が収まってお手洗いを出たあと、近くに設置されていた水飲み場で、いきなりの蛇口を全開にして水を飲もうとしてくれたので、うららさんも僕も、すっかり濡れネズミになってしまった。


  *


「おまたせ、ハルくん。久しぶりやね」

「お久しぶりです、うららさん。頭痛と風邪は治りましたか?」


 回想を終了して樹から離れ、僕がコメカミを指で軽く突きながら言うと、うららさんは、僕の背中を平手でバシバシと叩きながら答えた。


「イヤやわ、ハルくん。あれから、どんだけ日ぃ経ってると思てるん?」

「八日です」

「あっ、いや、そういう意味とちゃうんやけど……。まぁ、えぇわ! はい、ハンカチ」


 いくら酔った相手の介抱とはいえ、スカートのポケットに手を入れるのが躊躇われたので、顔や手を拭くのに僕のハンカチを貸した。そのとき、うららさんは何故か頑なに洗って返すと言い張ったので、今日まで貸していたのである。

 そして、今回の目的は、それだけではない。


「なぁ、ハルくん。今度の十連休のことやねんけどな」

「『春麗のミステリーツアー』のことですか?」

「そう。もし、まだペアが決まってないんやったら、あたしとペアを組まへん?」

「えっ、うららさんとですか?」

「アカンか? あたし、サークルの新入生の中では、ハルくんが一番相性エェと思うねん。それとも、もう誰か他の人とペアになってしもてるん?」

「いいえ。うららさんさえ良ければ」

「ホンマか! ほんなら、決まりやね。ハーッ、スッキリした」


 なんてことだ。僕の方から声を掛けようと思ってたのに、先を越されてしまった。


「頼りにしてるで、部長さん!」

「僕は、部長じゃありませんよ」

「またまた~。高校時代、文芸部の部長さんやったんやろう? しかも、実家には姪御さんがおるとか。面倒見がエェのも、道理やわ」

「待ってください、うららさん。僕は、そんな身の上話をした覚えはありませんよ。どこで誰から知ったんですか?」

「ヒヒッ。それは、企業秘密や。まっ、ハンカチが教えてくれたっちゅうところかな。ほな、語学に遅れるさかい、これで失礼さしてもらうわ。さいなら!」


 このあと、うららさんに「あたしからは教えへんから、とっくり自分の頭で考えてみ?」と言われてしまったので、僕はツアー中に何度か推理を披露したのだけれど、どれ一つとして正解ではなく、やがて月日とともにウヤムヤになり、謎は謎のままで卒業式を迎えてしまった。


  (了)

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