「桜、潜む」 真咲タキ 【ヒューマンドラマ】
この作品はなぜ大地が父親を〇〇とよぶのか?彼らは何を作っているか?という日常ミステリーとして読んでいただけるだけでなく、ヒューマンドラマとしてもお楽しみいただけるかと思っています。
卒業式を終えた若者達が京都に観光に集まっていた。春の京都はいつもの静けさは何処かになりを潜め、観光客とそれに対応する商人達でガヤガヤと活気にあふれている。
そんな中、屋根を一人の男が歩いていた。その男は名を近衛大地と言う。今年の春、東京の大学へ進学することになっている、近衛家の長男である。
「なぁ親父さん。屋根の修理なんて今することかい?もうじき桜も咲く季節、これくらいの穴があった方が家の中から絶景が見られるんじゃないの?ここから花見でもしようぜ」
大地はダルそうな声で言った。
「何をバカな事を言ってるんだ。お前はダラけたいだけだろうが、ばかたれい。これだからゆとり世代は、、、それにタダでさえ今年は花粉の飛散量が多いんだから、穴を塞いでくれないと俺が困るわ」
何も好き好んでゆとり世代に大地は生まれた訳では無いにも関わらず、親父さん、つまり大地の父である近衛大五郎が、大地に怒鳴りつけた。
「好きで、ゆとりやってるわけじゃねぇよ。しかも、穴塞いで得するのは親父さんじゃねえか」
そう、大五郎は花粉症持ちである。
「何言ってんだ。穴塞がないと困るのは家族みんなだろうが、せっかくの商品が雨でやられちゃかなわねー」
「だいたい、もっと早くに大工さんに頼んで直して貰えば良かったんだ」
「あー、やかましい。仕方ねーだろ、忘れてたんだから。3月末からの花見客に商品売るためには今すぐ直す必要があったんだ。大工雇ってたら何日かかることやら」
今は桜がまだ咲いていないが、桜が咲いた途端、京都は人で溢れかえる。
あのフレーズとともに、タダでさえ人が多い春休みに嬉しい悲鳴があちこちから聞こえるようになる。
"さあ、京都に行こう"
有名すぎるフレーズだ。そのフレーズは毎年のように流れ、CMの背景に写る桜と寺社のコンビネーションは人の心を掴んで離さない。
大五郎はそれに合わせて、商品を売るための準備をしていたのだ。
「あぁ、わかってるよ親父さん。どうせ俺は4月には東京で入学式を迎える身だ。出てく前にちょっとくらい家のこと手伝ってやるよ」
「まったく、親に向かって言う口かい、これだからゆとり世代は、、」
大五郎は口癖のように言った。
そして大五郎はタバコをぷかりとふかすと、木でできた長屋に入っていった。
………………
屋根の修理がなんとか形になると、大地は屋根から長屋に入っていった。
入ってすぐに商品がずらりと並び、右手には通路が伸びている。そしてその通路を進むと大五郎の作業場がある。
大地は大五郎の作業場へ向かった。
木の皮が束になって積まれ、そしてそこでは大五郎が真剣な表情で、木の皮をグツグツと煮込んでいる。
大地はジッと大五郎の背中を見つめた。そこにいるのは職人、近衛染め物店3代目、近衛大五郎であった。
煮込んでいるのは桜の皮、"花が咲く前の木の皮"を大五郎は煮込んでいた。
そして大五郎はここぞというタイミングで煮込むのをやめ、皮を取り出すと布を数枚選び、大地に手渡した。
「好きに染めてみろ、お前の最後の作品だ。安心しろ、家は次男が継いでくれる」
大五郎は大地が後ろでジッと見ていることに気付いていた。
大地は布を受け取ると、絞りを入れて湯につけた。
布に桜の皮のエキスが染み込んでいく。
そして、大地が布を取り出し、仕上げの作業を終え、しばらく乾かすとそこには美しいハンカチがあった。
「大地。入学祝いだ、それを東京に持ってきな。そして言ってやれ、これは俺が作ったってな。まったく、大したもんじゃないか、、、いい出来だよ。まったく、ゆとり世代が」
大五郎の声には優しさがあった。父親の声だった。
………………
「なぁ、大地。お前なんでピンクのハンカチ使ってるんだ?」
井藤ひろなりが、大地に聞いた。
ひろなりは大学でできた大地の親友である。
「あぁ、これな。じつはこれ俺が作ったんだ。それにこれピンクじゃなくて桜色な。いいだろ?」
薄くピンク色のハンカチを見せて大地が言った。
「知ってるか?桜は花を咲かせる前からこの色を自分の幹に隠してるんだ。だから桜色を誰よりも先に見られるのは俺の尊敬する、親父さんみたいな職人だけなんだぜ!!!」
今回、ゆとり世代と非ゆとり世代の衝突、親子関係、職人の家をかかせいただきました。
また、遠い昔に得た桜色の出し方についての知恵を少しばかりお裾分けさせて頂きます。
余談ですが、なぜ大地は父親のことを"親父さん"と呼んでいたのでしょうか?実は職人の家に生まれたことに関係があります。
昔から弟子たちの話を聞き、また職人としての父を尊敬した結果、大地は父親のことを親父さんと呼ぶようになったのです。