贈り物
贈り物
永塚は、結局、仕事を休んだ。
中森と岩田は、違う組の現場に手伝いに行く、と言ってライトバンで出かけた。
銀行で金を下ろし、高沼の家に届けた後は、日がな一日、時間をつぶした。
高沼と昭は事務所で待っていた。事務員の新井は何も知らずにいた。水本は元請けとの打ち合わせで、事務所に来なかった。
昼前、飯場の前の砂利道を一人の男が歩いて来た。弟の方の小林だった。
飯場から少し離れた草地に、ポルシェが止まっていた。
小林は大きめの鞄と菓子折りの入った紙袋を持っていた。紙袋には大きく洋菓子店のロゴマークが描かれていた。
「社長、来たみたいだよ」
事務机に座り、外を見ていた昭が高沼に言った。
小林は事務所の引き戸を開けて頭を下げた。
高沼はソファーから立ち上がり、小林を招き入れた。
「小林と言います。これを」
それだけ言って菓子折りを差し出した。
事務員の新井は、コーヒーを入れに食堂に行った。小林が名乗ると高沼も名刺を渡した。向かい合ってソファに腰を下ろした。
「それで、ご用意頂けましたのでしょうか」
「あー坊」
高沼は昭に声をかけた。
昭は足元の紙袋からテーブルの上に二十五個の帯封を積んだ。
小林が微笑んだ。
「ちょっと足りなくなったが、この程度で手打ちではどうかな。落とし物が届けられたと思って」
高沼が小林を見ながら言った。
小林は頷きながら、積んだ帯封から一つを高沼に戻した。
「落とし物ですから当然ですね。これでちょうど二割。いかがでしょう」
高沼に笑みがでた。
「では、ご了解頂いたと言う事で」
男は鞄に残りの帯封を入れて立ち上がった。
「今回は大変ご迷惑をお掛けしました」
「それと、お子さんを預かっていますが、今日は遊園地に行っていますので、夕方お連れします。ご心配は無用です」
高沼は立ち上がり、手を差し出した。小林は一瞬、躊躇したが手を握った。
一礼をすると砂利道を振り返りもせず歩いて行った。ものの数分だった。テーブルの上には帯封が一つ残っていた。
新井がコーヒーを入れて持って来た。
「あら、もう帰られたんですか」
ちょうど、ポルシェの排気音が響いた。
永塚は広場に車が止まるたび、二階の窓から外を見たが、すべて対向車待ちの車だった。高沼がいる事は、車が止まっているので分かった。小林が歩いて来たことには気付かなかった。
昭は永塚の部屋にいき、終わった事と、一夫は夕方、帰って来る、と伝えた。
中森と岩田は、三時過ぎに帰って来た。
酒の入った高沼が事務所から出てきて、満面に笑みをたたえ、二人に「ご苦労さん」と言った。
中森の部屋には、昭が来て一部始終を話した。
「小林は、たぶん日本人じゃないよ」
昭は言うが、中森は岩田以外の誰とも会っていない。しかし、机の中には金が残っていた。
「あきさん」
土のう袋から、束を一つ、昭に渡した。
「えっ」
「最初に取り分で抜いたやつ。他人事で面白かったけど、大工さんの相手も疲れたし手間賃だね」
「大工さんは?」
「大工さんも一束近くは残しているよ」
「なら、いいか」
「小林さんて、会わなかったけど面白い人だね。もうこんなこと、ないだろうね」
昭が頷く。
「中ちゃん。やっぱり、あいつら日本人じゃないな」
昭は、まだ一人で頷いていた。
夕方、タクシーが来て一夫が降りた。
女が一人乗っていた。池袋のスナックのママだった。
食堂から、お孝さんといっちゃんが駆け寄った。永塚が癇癪を起こす前に一夫を避難させるつもりだ。
きょとんと立つ一夫の服は真新しい。女も降り、運転手がトランクを開けた。
トランクには、いっぱいに紙袋があった。名のある百貨店の紙袋だった。
「お子様たちにどうぞ」
女はそう言っただけで、紙袋を下ろすと帰ってしまった。お孝さんといっちゃんは呆気にとられ、止めることもできなかった。二階から下りてきた永塚はスナックのママとは気付かなかった。
紙袋は中森の部屋に運び込まれた。
女二人が袋から中身を取り出し、子供にあてては、声をあげた。子供用の衣服が男女、幼児ごと分けられていた。
中森と昭は隅に座って、それを眺めていた。女たちの声に高沼が窓から覗き込んだ。永塚も来たが、肩を落として食堂に行った。
「大工さん、どうもね」
いっちゃんは、礼を言うが、永塚には、わけが分からない。
高沼が食堂に来た。
「大工さん」とだけ言った。
静かにしていろと言うことだ。
夕方、現場からマイクロバスが戻って来た。ちょうど、酒屋の軽ワゴン車が来て、店主が食堂に顔を出した。高沼が酒を頼み、長机に一升瓶が並んだ。何も知らずに、人夫たちは瓶を空けた。高沼も石山たちを相手に飲んでいたが、しばらくして帰った。
部屋に来た永塚に中森が聞いた。
「一夫、どこに行ってたって」
「女の人と遊園地に行ったらしい。よく分からん」
「どこだろう。良かったじゃないですか。おみやげも持って来たし、一夫を怒っちゃ駄目だよ」