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土工の子  作者: 田村弥太郎
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手引き者


手引者


 日曜日の昼近く、永塚は浅草の場外馬券売場で知らぬ男に声をかけられた。

 当たり馬券を交換した時に、隣の窓口で払い戻しを受けていた男に声をかけられた。

「調子良さそうですね」

 身なりのこざっぱりした若い男だった。永塚と言えば、いつものように作業着姿である。

コーチ屋かと思ったが若すぎた。コーチ屋とは、レースを予想して馬券を買わせ、当たれば分け前を要求してくる輩だった。 予想が外れると、どこかに行ってしまうが、当たるとしつこく付き纏う。

「昼飯でもご一緒に」

 永塚は誘いに乗った。近くには、競馬の客相手の居酒屋が昼間から店を開けている。

店に入ると男は酒を頼んだ。永塚も釣られるように頼んだ。男はレースの話しかせずに、永塚の予想を聞いて新聞にメモしていた。金は男が支払った。

男が次に現れたのは最終レースが終わった時で、すれ違うように声をかけられた。

「あっ、ちょうどいい。飲みに行きましょう。出しますよ」

 男は小林の弟だった。背格好といい、顔立ちといい兄と良く似ていた。

「予想が参考になりましたよ」

 と言って、払い戻し窓口まで永塚を連れて行った。かなりの払い戻しを受け、笑いながら男が戻って来た。

「小林といいます。さあ、行きましょう。電車ですか、どちらの方へ」

永塚が川越と答えると

「では、池袋で」

二人は池袋駅で降り、南口から少し歩いて、小さなスナックに入った。外はまだ明るく店に客はいなかった。

ボックスに座ると、ママと若い女が隣に座った。

 小林は、しばらく競馬の話をしていた。隣に座った女が永塚に盛んに話し掛けた。永塚は飯場に入ってから、都心のスナックに来る事などなかった。飯場の住人と一緒に行く事もあるが、近くの場末のスナックでカウンターに座るだけだった。

 ママも女も顔立ちは日本人だが、話し方にはつたないところがあった。気をつければ、日本人とは違うのがわかる。

 永塚がトイレに行った時に、交わす言葉は日本語ではなかった。

 永塚は酔いが回ると、しだいに声も大きくなり、女にうながされるままマイクも手にした。

 客が来て、ママが席を外した。小林が女に顔を向けると女もカウンターに入った。

 小林は永塚に顔を向けた。

「永塚さん、金を戻して頂けませんか。もし使った分があるのでしたら、それはそれで結構ですが」

小林が唐突に小声で言った。

永塚の血の気が引いた。永塚は名を言っていなかった。思わず腰を浮かした。

「逃げようとしても無駄ですよ。場所は分かっています。お子さんがいますよね」

 小林は微笑みながら言った。永塚は腰を降ろした。

「競馬で…」と、しらを切る。

 男は笑い出した。

「あの大金を使うのは大変ですよ。永塚さん、あなたにそんな大きな買い方はできません。ちょっとですが、今日拝見していましたよ」

永塚は黙り込んだ。

「遠慮しないで飲んで下さい」

男は見透かしていた。

「今はどこに」

「おやじに」

「おやじとは、社長のことですか」

永塚は頷いた。

「永塚さんの手元には」

「三百と少し」

「分かりました。それでは、社長さんにお伝え下さい。ぜひ戻して頂きたいと。明後日、伺います」

 女が戻り、水割りを作った。

店を出ると小林は「ぜひ、お伝えください」と言って去って行った。

永塚は力無く電車に乗り、飯場に戻ると中森の部屋の戸を叩いた。

中森は高沼の家に向かった。


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