探し物
探し物
小林はいつもの電車、いつもの時間きっかりにやって来た。
「小林さん、すみません」
土下座する場面なのか、考えてもみたが、小林に対してはそぐわない気がした。
小林は起こった事に、淡々と対応する男だ。
「どうしたんですか」
岩田は寿司屋での事を話した。そして、全額には足りないが用意した金を出した。
しかし、小林は怒らなかった。いつものように飄々としていた。
「分かりました。これはお仕舞い下さい」
「でも、皆さんに悪いですから」
「大丈夫です。若い衆は先に取り分を取っていますから」
また、天井に目を向け思案して言った。
「もう少し、行き先を探して頂けますか」
「も、もちろんです」
岩田が言うと、小林は鞄から金を取り出した。
「これは、今月の分です。もし、見つかったら正直に言って下さい。それでは」
と言って小林は帰った。
岩田は昼前に寿司屋に行っていた。定休日の札が掲げられ、奥の住まいの方にも回ったのだが、玄関も締まっていた。
翌日、岩田は再び寿司屋に行った。
店は開いていた。
「一昨日、紙袋で忘れ物がありませんでしたか」
女将は岩田を覚えていたが、紙袋には気付かなかったと言った。岩田はちょっと考えて、他に客がいなかったか聞いた。
「親子連れの方がいらっしゃいましたけど」
岩田は礼を言って店を出ると、駅に行った。数台並んでいた客待ちタクシーの運転手に一昨日の夜、親子連れを乗せなかったか聞いた。すると五台目に聞いた運転手が乗せたと言った。そのタクシーに乗り込み、降車した場所まで行った。
雑木林に囲まれた飯場だった。
翌朝早く、今度は自分の車で、その飯場に行った。狭い道幅に車は止められず、数回行き来して様子を伺った。
作業服姿の人夫を乗せたマイクロバスがいなくなると数人の子供を見た。ランドセルを背負う子もいた。
(子供も住んでいるのか)
と妙に感心もしたが、とりあえず親子がここに住んでいるのがわかった。
ただ、どの親子が持ち去ったのかはわからない。寿司屋では親子の顔を見ていなかった。
岩田は数日、考えていた。
数日後、作業服を買ってきて洗いざらしにした。それを着て車で飯場に出かけた。
事務所に顔を出すと水本と年配の女性事務員が事務机に座っていた。
「こちらで使って貰えませんか」
応対したのは、水本だった。
以前も、山間で囲炉裏と熊肉を売りにした飲食店の社長がアルバイトに来たことがあった。今でも近くの農家から七十近い爺さんがバイクで通っていたし、簡単な片付け仕事には、爺さんが集めたおばさん部隊が動員された。よほど仕事がないか、風体があやしくなければ、たいてい、そのまま雇われた。地元で車が運転できれば、なおさらだった。
岩田はあっさりと雇われた。飯場への住み込みも特に問題なかった。
下水道工事のように街中の道路を掘り返す現場には、掘り出した土や建材を運ぶための二トン、四トンのトラックが必要だが、飯場に車の免許を持っている人夫は意外に少なかった。
松夫の弟二人は、若いが読み書きに弱いから、免許を取る気もなかった。それでも、広い現場なら嬉々として運転していた。
岩田はマンションをそのままにして住み込んだ。数日で寿司屋に来たのは、永塚だと見当がついた。
ある朝、マイクロバスに乗っていると、二階から下りて来る一夫を見た。手に紙袋を持っていた。加藤が持ってきた洋菓子屋の紙袋と同じだった。店のロゴマークが大きく描かれていた。少なくとも近隣にある店ではないし、偶然とも思えなかった。
岩田は永塚が紙袋を持ち去ったのだと確信した。
日曜日、子供たちは外で遊んでいた。
中森は池の縁石に座り、ひなたぼっこをしている。向かいの畑では、石山が野良仕事をしているのが見えた。
食堂の二階から岩田が下りて来た。そこは間仕切りがない大部屋で、出稼ぎ者が雑魚寝するのだが、今は岩田が一人住んでいた。
岩田は子供たちに歩み寄り、一夫に何か話しかけた。一夫は自分の部屋に行くと、紙袋を持って下りて来た。岩田はその紙袋を手にしてみたが、笑いながらすぐに一夫に返した。
中森は空を見上げるふりをしながら、それを遠目に見ていた。
永塚の自転車はなかったから、また場外馬券売場にでも出掛けたのだろう。今は種銭に困らない。
岩田は店を閉じていた。月末の月曜日だけ現場を休み、店を開け男たちと小林を待った。
「小林さん、金の行き先が見つかりました」
「そうですか。金は見つかりましたか」
「すみません。持ち逃げした奴は分かったんですが、金自体は未だ…」
岩田は飯場の事を小林に話した。
「分かりました。後はこちらで引き取りましょう。ご苦労様でした」
岩田に取り分を渡すと「それでは」と言って帰って行った。
岩田は夕方、飯場に戻った。
最近、宿舎の安穏とした雰囲気に、溶け込む感じがしていた。飯場と言えば荒っぽいイメージがあったが静かなものだった。
周りは雑木に囲まれ、街の喧騒は届かない。
土相手の仕事だったが、岩田は小型のダンプに乗っていることが多く、汚れる事は少なかった。
地中の工事を見るのは、面白かった。幾度か、住宅の建設現場を見た事があったが、規模が違った。現場は区内にあっても入り口から、だいぶ入り込み、各々の作業場には車で移動するほど広い敷地だった。人がしゃがんで中に入れるほどの下水道管や、カルバートと呼ばれる、よく洋画に出てくる犯人が逃亡するトンネルのような下水溝の工事をしていた。大きな団地になるらしい。
岩田は小林の仕事をするようになって、かなりの貯えも出来たが、いつまでも続かないと思っていた。慣れてしまえば、当分、ここで働くのも悪くなかった。