第7話 マイド、オオキニ
「すこし、時間がほしい」
と、ラルフさんは浮かない表情のままだった。
私は何も話さずに静かにしていることにした。元凶は、私が急に目覚め、ラルフさんを管理者として認識してしまったことにあるからだ。意図せずとも。
機械があまり得意ではないラルフさんからすれば、面倒な案件を押し付けられてしまった、というところであろう。そんな加害者でもある私から、提案などを口にするのはおこがましい。
「ま、どっちでもいいけどさ。
10年ぶりの再会だし、ディナーでも一緒にどうだい」
にこやかにシルバさんは誘った。
「いや、嬉しい申し出だが同席できない。
明朝から中心都市へ向かわなければいけない」
シルバさんは、呆れ顔を浮かべて気が抜けたようにソファーに腰をかけた。
「……相変わらず、終わらないね」
二人の間になにかしら特別な空気が漂っていた。
彼は浮かない表情をさらに暗くさせて、頭をうなずかせる。
「この命が尽きるまで、俺は諦めないだろう」
濃い黒色の革手袋をつけた左手をぐっと握りしめる。硬い石のような拳が小刻みに震えていた。眉間にはシワが寄り、何かに憤怒しているかのようで私は目が離せなくなる。
ラルフさんは拳に込めた力を緩めると、今まで被っていなかった、すりきれたフードを深く被る。するとシルバさんは立ち上がり、両手をひらひらと振った。
まるでこの後の行動が分かっているかのように。
「ゆっくりしていけば良いのに。
金も無いくせに。 こういう時は、貴族様にタカれよ」
「……金ならある」
「そ。 猫ちゃん、この格好のまま外歩かせたら超目立つけど
新しい服を買ってあげられる金あるんだ、すごいねえ」
冒険者様は羽振りがいいねぇ、とわざとらしく言ってみせた。
ラルフさんはハッと気がついた。私の服装を上から下まで確認し、懐から袋を取り出して、なにかを計算している。
今の私の姿は、シルバさんから着せてもらった純白のワンピースと白い靴。
どうしたのだろう、と首をかしげると、シルバさんが教えてくれた。
「猫ちゃんは心配しなくて大丈夫だよ。 問題なのはアイツの方。
それじゃ、馬車にのって買い物にでも行きましょうか
な、ラ・ル・フ・く・ん」
ニヤニヤといたずらっ子のような顔をするシルバさんに、ラルフさんは「いい、なんとかする」と大声をあげて頭を振っている。
その後、私とラルフさんはリードでつながれたようにおとなしく馬車に乗る。
シルバさんのお屋敷もそうだが、馬車も相当豪華絢爛な装飾品をこれでもかと惜しみなく使われっている。縁はだいたい金が使用され、きらびやかに輝いている。
馬車に初めて乗った感想は、思ったほど乗り心地がよかったことだ。馬車道というのは砂利でできているものと想像していたが、しっかりとしたコンクリートのような地面だ。車輪も細い木材ではなく、金属の周りをゴムのような素材でつつみ、衝撃を緩和させている。
この馬車に乗った驚きと、豪華な装飾から得た感動を表出できればいいのだが、いかんせん機械の私はぶっきらぼうに口を一の字に結んでいる。まあ、機械なのだからこれが普通なのだろう。
ふと、馬車の大きさと重さ、前に進む力が釣り合っていないように感じるのだが、馬車は問題なく前進していた。軽く計算しても馬車が前進できる力を、馬たちは持っていない。
「何故、馬車は前進できるのですか」
「馬車は全身するものだろう、何を言っている?」
私の正面に座り、腕を組んでいるラルフさんが聞き返した。
「馬車の重量と大きさ、馬が引く力が釣り合っていません」
「……ああ、そういうことか。
それなら答えは、『精霊の加護』による恩恵だろうな」
なんとも耳を疑う単語である。
冗談を言っているような表情はなく、真面目に説明をしてくれている。その様子には嘘があるようには見えず、私は内心驚きながらも耳を傾ける。
「物体の近くにはね、必然と精霊が集うから
その精霊たちが、勝手に馬車へ力をくれるんだよ」
便利だよね、計算が狂っちゃうけどさ。精霊を見られるのは相当高い魔力を持っているか、精霊に好かれていないと見えないけど、絶対に近くにいるんだよ。そうシルバさんは説明してくれた。
精霊が近くにいるなんて、信じがたいことだ。けれど馬車はしっかりと前進しているのだから、事実なのだろう。
「普段、当たり前だからこうやって聴いてくれると新鮮だね」
「……そうか?」
(驚くところなんだけどなあ……
省魔電力モードでここまで動くか、普通)
シルバさんは馬車を見渡している私をじっと見つめた。私は集中力を散漫にして周囲をみていたせいで、その視線に気がつくことができなかった。
「肩にとまってる」
ラルフさんはそういって私の肩を指差す。
しかしその指先には私の肩以外、なにもなかった。
「……何も、いません」
「見えていないだけだろう」
ラルフさんは私の肩を指差しておしえてくれたが、やはり何も居やしなかった。その会話に、シルバは目を一瞬見開いた。どう私がみても、なにもいないのだが、ラルフさんからすればいるらしい。
「精霊以外にも、何かいるのでしょうか」
「お前バイオノイドなのに知らないのか……
この世界には数え切れない命があるが、特に影響が強いものといえば
竜・幻獣・妖精、その他……人間、虫、動物だ」
国が発表したものだが、実際に検証できるのはいないだろう、とラルフさんは付け加えた。
問題はそこではなく、同等に人間と虫と動物というところだった。
「人と虫と動物は同等なのですか」
「ああ」
ラルフさんは頷くだけだった。そんな説明じゃ伝わらないよ、と声をかけたシルバさんは、もともと精霊から上位は神の世界にいたとされるんだよ、と付け足してくれた。その付け足しのほうが、更に私の頭を悩ませる結果になっていることをシルバさんは気がついていない。
「何百年も前の話だけどね、空から生命の大樹が落ちてきた時からだよ」
精霊ときて、今度は神の世界ときた。更には生命の大樹とは。
精霊から上位との壁は、神の世界からきたからもともと地上にいた者たちは同じ立場、という意味があるらしい。竜や幻獣なんて物語の世界でしか聴いたことがない私はまだ信じられないでいた。本当にそんな存在がいるのであれば、一度見てみたいと思う。
驚かされることばかりで、目がくらんだ。
私は馬車の窓から外を眺めようとおもったが、スクリーンがつけられていて外を眺めることができなかった。薄い生地のスクリーンからは影が見えていた、もしかしたら気が付かない間に夕日が沈んだのかもしれない。
外の様子を想像していると、ガタンという衝撃を身体に感じて、身構える。
少し落ち着いた頃、二人は何事もなかったように開かれた馬車の扉を出て、足場を降りていった。わたしも続いて馬車を降りると、ここが路地裏であることに気がつく。
どうやら暗いと思っていたのは馬車がすっぽりと影に隠れていたからのようだ。路地から空を見上げて見れば、まだ日は高い。
「猫ちゃん、おいでー」
空を見ていたら、先を進んでいるシルバさんが手招きをして呼んでくれた。トトト、と急ぎ足で、私は二人のあとを追った。
*****
路地裏はまるで迷路のように入り組んでいた。二人がいなければ初めて通る道なので、迷ってしまっていただろう。
目的地はとある廃れたお店であった。店名をかかげているはずの看板が、何故が半分ほど無い。入り口にあるはずの扉もどこへ消えたのか、常にオープンな状態になっていた。
「マイド、ドモッ
ヨッテラッシャイ、ミテラッシャイ」
「この子の服、目立たない感じにつくってくれないかな」
シルバさんがカウンターに肘をつきながら、後ろに立つ私へ親指をむける。その親指が向いている方向を辿って、片言のバイオノイドと思わしき機械が私を見る。
ピーーーという高周波が聞こえたので、身体をスキャンされたようだ。
「アイヨッ、マイド、ドモッ
銀貨50ゼニー、ニナリマスッ、オオキニ、オオキニ」
「あー、でも目立たないなりに可愛くしてあげてね
そうだなあ、男として……ニーソは外せない」
「カ、カカシコミマシタッ
ナント、『フード付キマント』モ、ツケテ、ダイトッカ!
モッテケドロボー」
かしこまりました、だけが残念なことになっている。シルバさんは慣れた様子で「ありがとー」と笑顔をみせている。
ラルフさんは何をしてるのかと思えば、店内を物色していた。所狭しと商品が天井高くかさねられ、いつか倒れるだろうとこの光景をみた全員が思うに違いない。何か薬品をいれるためだろうか、様々な小瓶を見比べている。
じっと見つめていたせいか、ラルフさんが私の視線に気がついた。
「何か必要なものはあるか」
必要なもの、ときいてすぐには思い浮かばなかった。それどころか、私は今まで何を必要としていたのかもわからない。必要なとき、必要なタイミングで手渡されていたし、欲しいと思ったものは最初の頃あったけれど、全て却下され続けると、何も思わなくなるものである。
ここにきて必要なものと聞かれると、黙り込むしかできなかった。
「……」
「……銀貨5ゼニーくらいなら、なんでもいい」
と、言われても私にはここにあるものの価値がわからなかった。親切なことに、値札なんてものは一切ない。ここまで感覚での買い物をさせる店は初めてである。
半ば少し呆れながら周囲を見渡すと、書籍のコーナーが目に着いた。私はその前にたって、その本たちを見上げた。
「届かなければ取ってやる」
そう言われて、ラルフさんの背丈をみると私よりもずっとずっと高かった。心強いことばを聞けて、私は書籍を選ぼうとするが、私の意識に書籍の内容が全部表示されてしまう。
それはもう起承転結、なにがどうなってこうなった、とか、犯人は誰だ、とか。物語の根幹であるすべてが分かってしまうので、楽しみようがなかった。なんだこの機能はと恨めしくおもった。
「すべて、内容が分かってしまいました」
「すべてか?」
「は……いえ、1つ例外があるようです」
ラルフさんから聞き返されて、再度本棚を見渡すと一冊だけ解析されない書籍があった。
「あの本が、ほしいです」
届かない高い位置にあったのでラルフさんにとってもらい、その本に恐る恐る目を通す。やはり解析はされなかった。裏表紙をみてもいつ製本されたものか不明だった。
古すぎて解析されないのか、この世界でいう精霊のちからによるものなのか、は不明だが、1つ楽しみができた。
「……15、ゼニー」
口から血を吐きそうな顔をしていたので、やっぱり不要ですと伝えても本を棚にはもどしてくれなかった。しっかり銀貨15ゼニーで支払い、私は欲しいものを初めて手に入れることができた。
後ろからシルバさんの笑い声と、ラルフさんの低い声が聞こえた。「お前なんかに……」という恨めしい声はきっとラルフさんの声だろう。しかし、私は二人のもとに到着する前に、このお店のバイオノイドに捕まってしまい、服を脱がせられてしまう。
神業だ、ものの10秒もしないうちに全てを脱がすなんて。
「ゴ注文ノオシナデース、マイド、オオキニ!」
脱がせるのも早ければ、着させるのも早かった。着用が終わったとなればそのバイオノイドはさっさと離れ、店番にもどってしまった。
おっかなびっくりしながら、私は二人のもとへ駆け寄る。
「お、猫ちゃん似合うねぇ」
そう言われて初めて自分の姿を確認した。すっぽりと金髪の頭と身体が覆うことができる、やや大きめの黒いマント。ベージュのワンピースには派手ではないよう黒や赤などの刺繍が縫いこまれており、派手さはないが手のかけられた上品さを感じさせた。なにより胸元から襟にかけてYシャツが再現されており、一色だけではないのが可愛らしかった。足はシルバさんが希望した靴下となっており、露出度は少ないものの結構な軽装である。
この身体の構造上、靴は履くことができない。どのような機能があるかは不明だが、足が人の足らしくなく、まるで足にヒールがくっついてしまったような形態になっている。それでも人間に似せるために一見すれば機械であることは気がつかないつくりであった。
「……」
社交辞令に会釈をし、待たせたことをお詫びする。シルバさんは「全然待ってないよ」と優しい声をかけくれたが、ラルフさんはしばらく私を見下げたまま、黙っていた。
できればそんなに見つめないで欲しい。人に凝視される経験はお母様でしかない。あの鋭い瞳に睨まれて、立ちすくんでしまった記憶はずっと消えないだろう。だから人に見られることが得意ではない。ラルフさんはそれでもじっと見てきた。私は顔を伏せていたけれど、そっと顔をあげてみればラルフさんの優しい瞳が見えてほっとした。なぜほっとしたかは分からないが、私は安心したのだ。
シルバさんからの脇腹を一撃くらうと彼はハッとして、馬車に駆け込んでいった。
「マイド、ドモッ、オオキニ」
店先からさきほどのバイオノイドが見送りにきてくれていた。
私はその機械に手を振って、馬車に乗り込む。
そのとき、シルバさんが後ろからじっと見つめていたことは気が付かなかった。
馬車の座席に腰を下ろすと、全員席についたことを確認した操縦士が馬へ掛け声と鞭をたたく。馬はブルルと鼻をならして、馬車はゆっくりと引き始めた。次なる場所へと馬車は向かう。
「はい、ラルフ様、シルバさん」
意識の中ではラルフさんのことを『さん』付けで呼んでいるが、口にすると『様』になる。これは管理者に敬意を表すためのプログラムなのだろう。様付けで呼ぶ経験がなかったせいか、人に様をつけるのはなんだか気恥ずかしさを感じる。
「ありがとうございます」
ラルフさんは一瞬、息を呑んだようだったがすぐに言葉を発した。
シルバさんはここでも驚いた表情を浮かべ、またすぐいつもの笑顔になる。
「いや、いい
次は依頼酒場だが、シルバとはここで別れる」
「寂しくなるねえ」
「私は、ラルフ様についていってもよろしいでしょうか」
「……仕方ないだろう、俺はお前の管理者らしいし」