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インプローヴ・バイオノイド  作者:
第二章 亡国のプリンス
6/7

第6話 私の管理者



 



 ずっと、暗い世界を漂っていた。



 私は10歳の誕生日に事故で死んだ。気がついた時には自らを【存在しないもの】と言う少年に、「君は機械みたいな人生だったから、機械で誕生させるね」という軽いノリで、機械として誕生するべくこの世界に飛ばされた。そんな私をこの世界で製造した人はとても優秀な人だったようで、手に入る中での最高の部品を惜しみもなく私に使ってくれたらしい。


 体は完成していたが、私はなぜか起動を許されなかった。カプセルの中に保管され、まだ目を覚ます時間ではないから寝ているように、と言われているみたいに眠っていた。私を製造した人は「5年かかった」といっていたので、眠りながらも月日が風が吹くように経過していたらしい。

 もし事故に合うことなく生きていたならば15歳になっていただろう。そんなたらればの物語を考えながら、長い時間を眠っていた。


 いつまで眠っていればいいのだろう。目が覚めることがあるのだろうか。

 暗い世界にも慣れたけれど、流石にこれが10年20年続くならば私はきっと精神に異常をきたすだろう。


 あの白い世界にいた彼は自分で考えるんだよ、と応援していたようにも思えたが、こうも5年放置されると恨みさえ覚えてくる。

 考えろといわれたが、今だって様々なことを考えたりして頭はつねに回転中だ。本当に私は機械なのだろうかとか、ハートは見つけられるのだろうか、とか。 



 ふと、急に目覚めは訪れた。


『ラルフ・ナイン!』

『その名前で呼ぶなっ』



『や、やめろ』

『ええ? ただの機械だよ、そんな趣味もないよ』


 男性の声が聞こえて、ピクリと指先が反応した。

 

 眠りながらも聞こえてくる会話がなんとなく楽しそうだったので聞き入っていたが、ふと、起きてみたくなったのだ。起こさないようにする何らかの影響もその時は感じることはなかった。


 ゆっくり瞼を開いてみたら、突然男性の顔が写った。


 それと同時に身体の内部から機械音が伝わる。視界には男性の顔と、様々な記号や数字の羅列。モニターが無数にあるように、私の視界はたくさんあった。

 私が意図せぬうちにシステムプログラムによって目の前の人物を鑑定・測定・検査していく。私はモニターの前にたつ傍観者のようにその画面を呆然と眺めているだけだ。何かをしている気持ちはまるでないのに、勝手に情報が手に入る。


『管理者 人間 ラルフ・ナイン

 推定年齢 25歳

 身長182cm 体重76kg

 左上腕硬化

 装備品:すりきれたマント クロウの伝統衣装(布) くたびれた靴

 武器:剣

 属性:闇

 呪:石化』


≪管理者を識別、承認しました≫

≪システムプログラム解除エラー:固体名none≫

≪これより省力モードで起動します≫


 どうしてしまったのだろう、脳内に機械音声が流れる。

 聴いたこともない内容に困惑を隠せないが、このバイオノイドはその感情を表出することはないようだ。無表情のまま、何も感じていない様子である。しかし、この内面といえば緊張や混乱、困惑が交叉している。

 視野には人と風景のほかに、あらゆる文字や数字が映し出されていた。管理者、とされている男性の情報が一気に流れ込み、身長や体重なんてものを知ってしまったことに恥ずかしささえ覚える。

 この目は情報解析のためにあるのではないだろうか。


(私、本当に機械になったんだ……)

 人工の皮膚直下に、硬い金属が擦れる音が聞こえた。

 きっと人間だったら眉間に皺をよせて、焦ってあたりを歩き回っているはずだ。けれど、椅子に座ったままシンと静まり返る身体。



「起動、した……」



 漠然とした疑問が、確信という実感に変わってきた。存在しないという少年から「君には機械がお似合い」ともとれる発言をうけた。

 今までの記憶を巡ってみても、私は機械として生を受けてしまった。


 本来なら機械が持ち得るはずのない【前世の記憶】と、機械になっても存在している【私】という意思。身体は完全なバイオノイドであるにもかかわらず、確信はないけれど人間としての私が残っている。


 しかし機械として何らかの制御を受けていることに気がついた。それはバイオノイドであるということ、目の前で困惑している男性が私の管理者(アドミニストレータ)であること、私はその彼に私の名前を決めてもらわなければいけない、ということ。これらを、自分の意思で覆すことができない。


 何故できないのか、といわれてもそれは分からない。何故機械はプログラムに従うのかを説明するように、それはとても難しい。言えることは、それは「当たり前のことである」としか。


「コん、にちハ……ラルフ・ナイン様」


 彼はじっと私の言葉に耳を傾けてくれているようである。


「……私の管理者(アドミニストレータ)、この個体の名前を決めてください」


 ラルフさん、と呼ぶ声に驚いた表情を浮かべられた。

 その赤い宝石のような瞳は、ただ赤いだけではなく深海の黒を纏っていて、いつまでも見ていたくなるほど綺麗だった。瞳だけではなく、この世界の黒という黒を集めたような髪は艶めいていて、月の光を反射する湖畔をイメージさせた。シルクの糸のような髪がゆらりと揺れている。

 彼に見とれていたら、はっと我を取り戻したのか距離を置かれてしまった。


「な、なんで勝手に起動したんだ」

 

 ラルフさんの隣に呆然と立ち尽くすシルバさんは別の世界にいってしまっているようであった。

 話しかけても返事を貰えそうにないと判断したのか、頭をかかえて私をじっと見る。はぁ、とため息をついたと思えばその場にしゃがみこんでしまった。


「管理者?」

 もう一度、私は急かすように声をかけた。

 ……つもりだったが、機械の口を通してみるとそれはとても無感情な声色だった。


「おいシルバ、起きろ」

 シルバさんの『弁慶の泣き所』を肘で強打した。

「痛あっ!! ご、ごめん、驚きのあまり違う世界にいってた」

「大丈夫かよ……

 というかなんで名前名前しつこいんだ」

 ヒソヒソと内緒話をしているようであったが、私の耳にははっきりと聞こえていた。どうやら聴覚も機械らしくいじられているようだ。

 シルバさんをじっと見つめると、またもや勝手に情報解析がはじまった。


『人間 シルバディッシュ・エイト

 推定年齢 26歳

 身長174cm 体重68kg

 装備品:エイト軍のマント エイト軍の正装 軍のウモ革ブーツ

 武器:剣

 属性:土』


 シルバティッシュ……さっきラルフさんは彼のことをシルバと呼んでいた。きっとシルバは彼の愛称なのだろう。身長や体重はあまりみると失礼になるので、そっと視線を流した。装備品のエイト軍のマントや正装を着ているということは軍人なのだろう。あまり汚れていないし、身体にフィットしているものだからきっと少尉や中尉といったところか。

 それにしても属性:土という項目が気になる。ラルフさんは闇だった。関係があるのだろうか。


 私が考えをめぐらせている最中も、ラルフさんとシルバさんは話を続けていた。


「そりゃあ、管理者(アドミニストレータ)と個体名を決めるためさ」

 そんな事も知らないのかと言わんばかりに得意げである。

「……機械が苦手なんだ」

 そうだった、お前が所有する機械は一日も保たずにぶっ壊れるんだった。聞いた俺が馬鹿だったよ、と言うとラルフさんは否定していたが表情をみるに事実であるようだ。


「10年ぶりに再開する、俺の大切な機械音痴の色男に教えてあげるよ」

 なんだ、やけに厭味ったらしいな。とラルフは思っていそうな表情だ。


「バイオノイドのすべてに、個体名があることは知ってるよな?

 俺たちだって名前があるように、機械にも名前がある。

 でも、ここでのポイントは名前ではなく、機械の名前を呼ぶ【声の主】」

「俺の声ということか?」

「そう。 管理者(アドミニストレータ)の声を認識して、オペレーションシステムは稼働する。

 要は、管理者が名前を呼ばないかぎり機械は機能できないってこと」

「……見てるかぎり機能してるように見えるが」

「そりゃ、これくらいなら動くさ」

 

 シルバさんの説明は続いた。

 見る・聞く・話す・歩くというバイオノイドにとって比較的容易にできる機能はオペレーションシステムが稼働せずとも、最低限は動くようだ。


 これらの機能が果たせなければ、移動が必要な場面などに困る。また、管理者(アドミニストレータ)を認識するための聞く機能がなければ、そもそも機能を果たせなくなる。まず権限を与えるものを決定してから認識ができるように、その対象に名前を決めてもらえるようプログラミングされているわけだ。


「なるほどな」

「まだまだ説明足りないけどな、まあ基礎のキ程度。

 それで、名前をつけてあげないの?」


 シルバさんは私の髪をすくい上げて、くんくんと香りを嗅いでいる。海からこの屋敷へ運び込まれたときに、さんざん身体を洗浄されたので潮の香りはしないはずだった。

 彼はなぜか朗らかに微笑んでいる。


「……何故、俺なんだ」


 確かに、と髪にふれる手を離すと、シルバさんは両手を合わせた。


「そんなこと知らないよ

 目が開いたときに偶然目の前にいたから、管理者になったとかじゃない

 案外こういうことって、偶然が関係するものだよ」

「そんな簡単に決めていいのか……?」

 たしかにバッチリ視線は合った。


 何故、ラルフさんなのかは私もよくわからない。

 私がそうであるといいな、と思ったからか、プログラムによるものなのかは不明である。


 感じることはシルバさんは管理者(アドミニストレータ)として認識されていないということ。そして彼の発言をしっかり聞こうという意識も働かないどころか、耳に届くだけになっている。そう考えると、プログラムによってラルフさんが管理者(アドミニストレータ)として求められているのかもしれない。

 

 ラルフさんの人差し指が頰に触れた瞬間、瞼が開いた。これには意味があるのだろうか。 


「すべての物には名前があるでしょう、そして名前があるということは

 何者であるかを定義されていることにもなるんじゃない

 いま、猫ちゃんは何者でもないから機能を発揮できてない、って感じかな」

「なら、お前はどんな名前がいい」


 私はふたりにじっと見つめられ、名前を聞かれるという想像もしていなかったイレギュラーな質問に困惑していた。


「なまえ……」


 そんな希望、ある訳がない。

 あなたが名前を決めてくれないと困ってしまう。しかし、なぜか……以前に名前で呼ばれたことがあるような気がした。ある、というよりはあった時の記憶。そうだ、死ぬ前に私は自分の名前をもっていたのではないだろうか。それはなんだったか……、思い出せない。


 その場面も、何を話していたかも分かるのに、名前だけが虫食いにあったかのようにわからなくなっている。お嬢様と呼ばれていたことは覚えているのに、名前が思い出せない。

 結局、名前を思い出すことができず、最初からないものとしてするしかなかった。


「ありません」


 私の瞳はしっかりとラルフさんを見上げて返事をした。言い切るような口調だった。

 本当の私は言い切るようなこともできず、下を向いているというのに。


「うーん……」


 そして、話は最初に巻き戻る。

 シルバさんは首をかしげてから、私の頰を両手で挟み込んだ。むにむにむに、と音がでそうなくらいに容赦なく挟み込んだ。何事かと彼を見上げてみるが本人は至って真面目な表情であった。

 

 両目の奥までじっくりと観察され、耳の裏、そして鼻の奥まで見られるかという勢いがあったが、それはライトさんによって止められた。


「ほんっと、完成度高いよねぇ。猫ちゃん」

「やめろ、シルバ」

 私の肩に置かれていたシルバさんの手を払うラルフさん。

 その表情は不機嫌なときに浮かべるもので、快く思っていないことを感じさせた。

「ああ、ごめんごめん」

 ラルフさんの不機嫌を察したのか、私の肩からぱっと手を離した。両手を顔の横にあげてヒラヒラと動かせて見せている。そのあとシルバさんは私から距離をとったけれど、しばらくはブツブツと念仏を唱えているように考え事をし、頭をかしげたり、悩み事を抱えているようであった。


 シルバさんは考え続けていたが、現段階で答えがだせないと結果的に諦めた。


「あー、もー、面倒くさい! 適当に名前をつけたら?

 廃棄されたにせよ、初期化してるにせよ、

 このバイオノイドの状態はすごく良いよ、保証する」


 シルバさんの提案に、ラルフさんの表情が曇った。


「訳ありでも、これはいいチャンスだと思うけどな

 今のお前じゃ、天と地がひっくり返ったって買えないんだからね」

「……高いという事は分かる」

  

 このレベルのバイオノイドなら、いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅう、ひゃく、せん……と指を追って何か数えはじめた。私の値段でも決めているのだろうか、と思いもしかしたら売られる可能性を否定できないことに気がつく。

 ラルフさんはお金のために私を売るような人ではないですよね、なんて聞くに聞けない。機械ですが前世の記憶があって、人生やりなおしていますなんて事も言えるわけがない。

 それこそきっと、私なんて売られるどころか見捨てられる。


「……すこし、時間がほしい」

 ラルフさんの表情はどこか浮かない。言葉も途切れてしまい、それ以上の会話はなかった。


 私にとって名前はどうでも良かった、

 ただの個体識別名称でしかないし。この際、犬や猫につける名前でもいいし、『だんごむし』とか、『鉛筆』とかでもいい。名前が決定し、名前を管理者から呼ばれることでこの身体の機能を発揮できることは構造上理解している。

 あまり名前で使用されない名称を使われたとしても、そんなことでラルフさんを幻滅するわけもなかった。仕える主人であることに変わりない。


 きっとラルフさんは勝手に管理者にされて困っているのだろう。急に決まってしまったことだ、驚かないはずがない。そして得体のしれないバイオノイドが、名前をつけてくれとせがんでくる。困るのもうなずける。

 機械にあまり詳しくないようだったし、機械が好きではないのかもしれない。そう考えると、ますます私は捨てられてしまう気がしてならなかった。


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