第4話 この腕を離すことはできない
地下に発見した開発室には、彼女とその開発者がいた。
とある理由から、ギーべとプリエラの二人は「彼女」を探している。彼女とはこの透明な円柱状のカプセルで眠っているバイオノイドのことである。現在彼女は、保管をするために必要な養水が抜かれたことで、倒れるように横たわっていた。
「おい、プリエラみてみろよ。
さすがバイオノイドだけあって、顔立ち整ってるな」
「どうせなに見ても可愛いんだろ」
「お前、僻mグヘッ」
「黙れ」
ギーべの鍛え上げられた脇腹にプリエラの渾身の一撃がヒットした。痛みにのたうち回るギーべ。そんな彼をよそに、プリエラはふと足元で横たわる彼女を見下げた。そして何を思ったの何かを探すかのように周囲を見渡し始めた。そしてしばらく見渡しているとお目当てのものが見つかったのか、モニター室に向かう。彼女が探していたのは、モニター室に複数ある白衣だった。白衣を手にした彼女は、一部傷ついた円柱ガラスに向かって足蹴りを繰り返す。
「何やってんだ、お前」
突然自分に理解できない行動をしはじめたプリエラに、ギーべは質問する。
「見てわかんねぇのかハゲ」
「ハ、ハゲてないもん! スキンヘッドなだけだもん!」
大柄な体型に似合わず、ギーべはわなわなと震えていた。なおもガラスを蹴り続けるプリエラに、言われるがままギーべも筒を蹴り始めた。次第に筒はひび割れを大きくさせて、人ひとり入れる程度の大きさを作った。
プリエラはその穴をくぐる。
そして眠る彼女の体の上に、白衣をそっとかぶせた。
「なんで白衣なんてかぶせんだ?」
「……はあ?」
まるでこっちが聞きたい、というようにため息をこぼした。やれやれと頭をふってから、布越しに頭をかくしかプリエラはできなかった。目の前にいる男がなんとも頼りなく、恥ずかしく思えてきた。そうなってしまえば、やることは一つ。ギーべの頭を一発、思い切り殴った。
「ハゲ」
「痛いっ ハゲハゲ言うんじゃねぇよぉ!」
これで眠りについている彼女の体は露出がなくなった。プリエラは特に気にした表情もなく、今度は筒の中から周囲を見渡している。ギーべも気を取り戻し、真剣な表情を浮かべ、周囲を見渡した。
「さっきまで此処は養水で満ちてたんだよな」
「ああ、どうやら排水されちまったみたいだが……
プリエラ、もしかして同じこと考えてっか?」
「ああ、多分」
プリエラは服に隠しておいた機関銃を取り出して、モニター室の操作テーブルに向かって連射を始めた。気を失ったままのレヴォーグ・オッペンは、テーブルの下で気を失い横になっているため、それが壁となって弾は直撃しない。二人からしてみればそんなことは気にも止めていない様子である。
ギーべも同様にやっと俺の出番がきたかと言わんばかりの表情をうかべて、服の下から取り出した機関銃を同じく連射する。操作ボタンは次から次に破壊され、部品が粉々に飛び散ってレヴォーグの体に降り掛かっていた。
凄まじい音が一室に響く。たとえ重厚な扉で密閉されていたとしても、この音は周囲にも伝わっているだろう。すると、プリエラとギーべの視界が赤く点滅を始めた。周囲はまたもや異常な警戒音が鳴り響く。どうやら侵入者である二人が発見されたらしい。これだけ騒いだ結果でもあるだろう。
「お、やっとこさ侵入者発見ってか、来るぞ来るぞ」
「サン・リーヴの警戒システムってこんなに弱いのな……」
赤い点滅にも焦ることなく、連射し続けている二人。しかし、弾は確実に消費している。カチ、カチという音が隣からしたプリエラはちらりと横目で隣をみると、弾切れを起こしたギーべの機関銃が見えた。
「あ、切れちまった」
「チっ……絶対にどこかにある!
このカプセルごと排水口にドボンするボタンがな!!」
太もも部分のポケットから取り出した拳銃で、操作テーブルを破壊していく。それでも彼らの周りには何も起きはしなかった。そしてプリエラの機関銃も弾切れになる。プリエラは拳銃を取り出し、ギーべと同様に弾を打ち込んでいく。
大きな音をたてて、重厚な扉が開かれた。二人は目を見張って、体を構えた。モニター室一杯に戦闘服と盾を装備した兵士が整列する。プリエラはチっとまた舌打ちをした。
『構え!』
「まてまてまて、俺達は殺さないほうが良いぞー」
構え、と発せられた声は電子音だった。流石、機械産業でのし上がったサン・リーヴ帝国だ。兵士までバイオノイドかよ……と生唾を飲み込む。突きつけられた銃口にギーべは両手をあげた。
プリエラはというと、拳銃を構えたまま兵士たちを睨みつけている。圧倒的に不利であると判断したのか、ギーべはプリエラに声をかけた。
「拳銃から手を話せよ、なっ」
「ぜっったい、嫌だね」
「こんの負けず嫌いが〜〜〜」
ギーべは頭をかかえてその場にしゃがみこんだ。兵士たちは何も言わず、銃を構えたままである。プリエラは兵士たちの視線の先を追う。するとほとんどの兵士が見つめているのは、このバイオノイドだった。
プリエラは彼女の脇に腕をまわして、無理やり顔を兵士のほうへ向けた。何故か動揺をする兵士。そしてその兵士たちの足元にいるレヴォーグは、兵士の介抱によって目を覚ます。
「くっ、……兵士ども、あの機械ごとでいい。
あいつらを撃ち殺せ!」
周囲にざわめきが生じた。あの機械というものはバイオノイドのことである、とその場の全員が理解していた。バイオノイド一体を破壊することは造作ないほどである。しかし、兵士たちにとってこの部屋は特別な場所であり、秘密の研究が行われていると噂の部屋だった。
本当に壊していいものだのだろうか、この場にはその判断ができるものがいなかった。
「私の名のもとに発泡許可を下す、撃て!」
その声とともに、プリエラとギーべは彼女と一緒に、体を地面へとつけた。一斉に銃声がなり始めると、一つの弾が円柱の筒を支える柱をちぎってしまう。その柱は天井から円柱をぶらさげているものであった。円柱はゆらゆらとぐらつき、ほぼ同じサイズである排水口へ向かって、円柱のカプセルは吸収されるように落ちていった。
「追いかけろ、絶対に逃がすなよ」
呆然とする兵士をまえに、鶴の一声によって兵士たちは駆け出した。
***
排水口の構造のままに落下を続けるカプセル。その中には、スキンヘッドのギーべ、口の悪いプリエラ、起動していないバイオノイドがいる。カプセルは高速道路を走行する車ほどではないが、それに準じた速さで落下、もとい下っている。
「うしっ!! 逃げ切ったぜ」
「衝撃へ備えろ!」
上機嫌に指をならすギーべを怒鳴るプリエラは必死だった。
空洞をスライディングするようにカプセルが滑っていく。プリエラは眠る彼女を胸の中で強く抱きしめていた。ギーべはプリエラと背中を合わせ、お互いに支えあった。
空洞を暫く滑っていたら、急にふわりとした浮遊感を覚えた。そして次に、全身につたわる衝撃がカプセルをも破壊する。カプセルは今の衝撃から真っ二つに割れると、ボロボロと水にとけるように沈んでいく。
衝撃は水に着水した際に発生したものだった。プリエラとギーべは一瞬なにが起きたのか理解できなかったが、水中に放り出された身体を認識し用水路に到着したことを理解した。
大の大人二人揃ったとしても逆らえない水流だった。なんとか円柱状になっている壁に手を触れることができたが、流れから逃れることはできない。濡れている手が、余計に壁に捕まりにくくした。二人はどこにも捕まることができずに、ただ水流に流されてゆく。
「この排水はどこに繋がってるか分かるか!?」
「知るわけないだろ、多分海じゃないの!」
「勘弁してくれよ……まあ、下水じゃないだけマシか」
ごくりと生唾なのか、排水なのかわからないものを飲み込んで、プリエラたちは覚悟する。
このまま何事もなく海へ排出されれば、そこに待っているのは海水に魚類だ。海水は飲めば飲むほど脱水に陥ることは分かっている。そんなものは最初っから飲まなければいいだけの話だ。問題は、魚。アクアリウムで可愛らしい魚なら儲けものだが、海には可愛くない魚が多い。
「ギーべ、私の腰に紐があるから、それで私達を結べ」
なるほど、プリエラは全員の身体を繋げることで表面積を大きくし、巨大魚に錯覚させる。こうした場合サメは襲ってこなくなるという。
「……わ、わかった!」
機械を捕獲しているせいで両手がふさがっているプリエラの変わりに、俺はプリエラの腰もとから細長い紐を引き出した。よく見えなかったが、なんとか全員の体を合わせることができるくらいの長さであることは間違いない。プリエラとバイオノイドの体に手を回し、自分もその紐で結ぶ。
「おい! 何処触ってんだよ!」
「誤解だ! さ、触ってないぞ」
「あとで覚えておけよ、このハゲ」
そういったところで、流れの早い水中のなかで、紐を結ぶことは容易ではなかった。紐はなぜか滑りやすい素材で、ギーべの太く、短い不器用な指ではなかなか結ぶことが難しかった。
「また触ったな、この変態っ」
「おい、動くなって……」
流れは一層強くなり、ギーべに対し暴言を吐くプリエラの背後に、二股にわかれる水路が現れた。
彼女はギーべに気を取られ、同じくギーべも気がつくことないまま、水路を二股にわけている岩場にプリエラは背部を強打する。
岩と物体が衝突する際に生じる音はギーべを真っ青にさせた。
「ぐああっ」
「プリエラ!」
苦悶の表情を浮かべるプリエラ。
その表情は次第に消える、代わりに表情までも無くなってしまった。瞼は閉じられ腕に抱きとめるバイオノイドのような表情を浮かべ、プリエラは気を失ってしまった。
腰を紐で固定しているというのに、その身体は水中に沈んでいこうとする。彼女が今まで必死に両腕で捕まえていたバイオノイドの体は、すり抜けるように沈んでいった。
ギーべはどうすることもできず、ただプリエラを必死に起こそうとする。
「くっそぉ! 起きろ、プリエラ!」
何度肩を揺すっても起きることはなく、水面に顔を半分沈めてしまっている。
(あの機械を捕まえねーと、
でも……そうすれば今度はプリエラが沈んじまう)
ギーべは彼女を抱えているだけで精一杯だった。
一瞬だけ、バイオノイドを追いかけようとした。しかし、どうしてもプリエラを見捨てることができなかった。
顔を上に向けるようにして水面を流されているバイオノイドと次第に距離が離れていく。この先はお互いに違う水路に進んでいるだろう。
徐々に小さく小さく見えていく機械。ギーべはプリエラをしっかりと握りしめ、その光景を見守っていた。そしてついに、バイオノイドは見えなくなり、二人は次の水路へと流されていく。
もう少しです、もう少しなんです。