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インプローヴ・バイオノイド  作者:
第一章 バイオノイド
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第2話 心なき機械


「……そろそろ起きて」


 耳元でやさしい声が囁いて、わたしを起こしてくれた。どれくらい眠っていたのだろうか。ゆっくりと閉じていた瞼を開き、周囲を見渡してみると何もない空間が見えた。

 何もないというと語弊があるが、遠くまで眺めても何もない空間が広がっているだけで、視界になにか映ることはない。ここはどうやら、永遠と続いているような広い広い空間だ。見える色は純白で、清潔で安心感を感じられる場所だった。

 声の主はどこにいるのだろうと思ったとき、目の前に光の粒が写る。これまでに見たことのない米粒くらいのものが、どこから集まってきたのかどんどん数をましていく。そして粒たちは集合をはじめ、物体としての大きさを増やしていく。


「驚かないで、何もしないから大丈夫」


 またしてもやさしい声が聞こえた。今度は耳元ではなく目の前の物体からである。

 ゆっくりと物体は変形をはじめ、見慣れた形に変わっていく。次第にその物体はただの塊から人型の塊へと形を整えていった。


「え……と」


 なんと声をかければいいかわからなかった。初めて見る、超常現象のような光景に夢でもみているのではないかと頰をつねってみたけれど、痛いだけ。これは夢ではないと思ったが、それならばこの現象はなんなのだろう。粒が集まって、人型に変形するなんてことが実際に起きるのか。


「気にしないで、という方が難しいか……

 ここではあまり考えすぎず、そうなんだ、程度でいいからね。

 まずは挨拶。はじめまして」


 喋ってる、と心に思いながらも出された手に反応して握手をしていた。

 先程まで顔なんてないのっぺらぼうだったのに、今ではもう目や指、髪の毛まではっきり見える。私よりもすこし年上のような印象を受けるが、それはこの落ち着いた雰囲気のせいかもしれない。

 女の子にしてはやや低い声と、太い骨格なので、男の子なのだろう。彼はとてもやさしそうに微笑み、私を安心させようとしているようだ。


「君のことはあまり知らない、だから知らない者同士、詮索するのはナシ。

 ただ、僕は存在しない者……この場所も、存在しないとこ」


 (からかわれているのだろうか……)

 と思うほど、目の前に立つ少年は存在しないという言葉を連呼した。存在するかしないかの基準とはなんだろうと考えさせられる言葉に、わたしは困惑を隠せなかった。

 私からしてみれば、彼は間違いなく目の前に存在しているし、私はここにいる。態度や口調からも悪意があるようには感じない。

 

 しかし、たしかに違和感はあった。見渡すほど広大な空間は純白で、現実味がないこと。彼が粒の集合体であることなど、現実ではおこりえないことが此処では起きている。

 色々と思考をめぐらしていると、ふと視線が合う。彼が柔らかく微笑むと、ミルクティー色のやわらかい髪がふわりと動いた。背景の白い空間も合さって、どこか天使のように思えた。


「そんなに深く考えないでいいんだよ。

 ここは通り道だと思って。 気楽に気楽に。

 ゲームでいうなら……チュートリアルかな?」

「わたしは……ゲームを、したことがないので」

「ええっ嘘、君、ゲームしたことないの……!?

 人生8割損してるよ」


 柔らかな雰囲気から年相応の活発さが顔をのぞかせている。大人びた彼とはまた違う口調に内心驚いた。


「あ、でも

 ()()()()()()()()()()()()()()


 目の前の彼が、とても残念そうにつぶやいた。しかし、残念そうにつぶやいている割には、その言葉に悲しみを感じない。もうすでに起きていることを復唱しているだけのように簡単に言いのけた。


「……どう、いうことでですか」


 急に口が乾いたように言葉につまる。


「覚えていないかな。

 君は、不慮の事故で10歳の誕生日に死んでしまったんだ」


 ほら……覚えていない? 後ろからトラックが追いかけてきてさ。


『どうかしたの』

『今まで後ろを走っていた車が、急に前にでてきて……

 なんだが不安定な走りをしているんです』


 ーーーそうだ。

 あの後、執拗に追いかけてきたトラックから逃げようと車は速度をあげた。そして交差点に差し掛かった時、進行していた車と衝突したのだ。わたしたちの車が赤信号を無視し侵入、信号を守った車との事故だった。

 私は自分の死んだ原因を思い出し、言葉を飲み込んだ。


「『高級車に子供が乗っていたから腹がたった』……

 身勝手な理由だよね」


「……みんなは、無事ですか」

「うん、無事だったよ。

 君は後部座席に座っていたからこそ、直撃を受けた」


 それからも大きな葬儀が行われたことや、沢山の参列者だったということなど彼は話してくれた。わたしはその話を黙ったまま聞き入れ、話が終わるまでなにも口にしなかった。最後に聴いたのは、両親が涙も浮かべずに、位牌を見つめていたこと。

 

「ここは、天国?」

「うんん、存在しない場所」


 犠牲者は私一人だけだったことが唯一の幸いだと思った。死んだはずなのにもかかわらず、気持ちはどこか清々しい。もう私しかみない母に会うことも、私をみない父に会うこともない。死ぬとはこういうことなのか、とすとんと胸に落ちてきた。

 もう肉体は無い、と自分の手のひらを顔の前に開く。手が、いつかの水族館で観たクリオネのように透けていて、純白の部屋が透過して見えた。あるはずの血管もないようで、心臓の拍動も感じなかった。初めて感じる静寂は、どこか神秘的だ。


「わたしはこれから、どうすればいいの」

「……それは君が考えることだよ」


 わたしは目を見開いて、視線を彼に向けた。


「君は、機械だね」

「それはどういう……」

「機械は、言われたとおりに行動する優秀な奴だ。

 けれど逆を言えば、命令されなければ何もしない」


 彼はいままでの優しい口調が嘘だったかのように、厳しい口調で言った。

 脳裏に焼き付いたお母様の顔が浮かぶ。『微笑みなさい』『勉強なさい』『言うとおりにしなさい』……『こんなことも当たり前にできないの? こんな事、できて当然でしょう』『こんな点数で満足なんてしないで』『何故満点を取れないの!』頭の中で母の声がする。何度も何度も繰り返し、再生し続ける。


「まさに君って、それだよね」


 眉を潜めて、わたしを可哀想なものをみる目で見つめてくる。

 彼は明らかにその視界のものを侮辱している。

 わたしは命令されたことをするだけの機械だったのだろうか。お母様の自慢になりたくてどんなに辛くとも我慢してきたのに、結局は操り人形だったのか。だから今、これからどうすればいいのかも自分で考えることができないのか。


「わたしは……っ」


 人間だ、と口にしたかった。しかし、人間だったと言えるだろうか、起床の時間、寝る時間、何を食べるか、何を勉強するか、何を着るか、誰と話すのか、すべてを言われるがままにしてきた私は、人間と言えるのだろうか。頑張ってきた、大企業の娘は秀才であると周囲に思わせるために。頑張ってきた、あなたの娘は勤勉で忠実に言いつけをまもる子だと思ってもらうために。


「それを、機械っていうんだよ」

「っうああ」


 しゃがみこむ私のもとに彼はゆっくりと近づいてきて、耳元で囁いた。


「人生は、人に言われたから何かをするんじゃないんだよ

 自分で判断して、その判断に責任をもつことが結果的に人生になる。君は、

 僕の身勝手のせいでもう一度人生をやり直さなきゃいけない」 


 ごめんね、と付け足しながら彼はわたしから離れた。


「きっと大丈夫」


 今更なにを言う。あなたが言う機械は、今までわたしが歩んできた10年間のことだ。しっかりと根底にまで根付いてしまっている、そうそう自分で判断するなんてできるものじゃない。

 言われてやっと気がついた。私はお母様の命令なしではなにもできない、と。試験の勉強だって命令されたから必死にやっていたんだ、心の中では試験勉強をしたくないのにやらされているのはお母様のせいだと、お母様に責任を押し付けて。点数が悪ければ、嫌々やらされたせいで身が入らなかったと言い訳して。

 結局は甘ったれの子供だったのだ。


「くっ……」


 悔しい、だったら私はどうすればよかった。お母様に反抗して、真っ暗な納屋に閉じ込められていればよかったのだろうか。すべてわたしが悪かったのか。

 彼は無い空を仰ぐように、つぶやいた。


「僕は機械が心をもったら、どんなに素晴らしいだろうって思う」

「さっきから何を言ってるんですか……」


「あはは、確かにそうだね。

 君は機械だからこそ、ハートを見つけないといけないよ」


 少年はそういうと、指をパチンと鳴らした。

 それが合図だったのだろうか、周囲は純白から更にまばゆく光りだす。まるで太陽光を直視しているようでわたしは目を細めた。徐々に光がつよくなり、わたしを押し出すかのような強風が吹き出す。体を後ろへ後ろへと押され、少年と距離が離れていく。


「機械として、命を与えるね」


 わたしの耳に聞こえるように、大きな声をだしている。人のことを機械だ機械だと言ってバカにするし、そのくせ嫌味っぽくはないところが嫌味だ。

 彼は私に、機械としてもう一度人生をやりなおしてこい、といっているのだろうか。機械としての一生なんて、それこそ誰かに命令されるがままに同じことを繰り返すだけに終わるに決まっているではないか。彼の意図が読めないまま、風邪がどんどん強くなっていく。


「…頼んだからね

 しっかり、じっくり考えるんだよ」


 手をのばして掴もうとしても、強風によって体は吹き飛ばされていく。目を開けているのがやっとというくらいの強風はわたしの身体をすくい上げて、空へと運んでいった。

 遠くにみえる少年は、徐々に光の塊へと戻り、また何もない空間に散っていった。『頼んだからね』と言われても、わたしは自分がこれからどうなるのかさえ分かっていない。そんな者に頼んでくれても困るというのが正直なところである。

 

 彼が別れ際に見せた表情が、なかなか離れない。

 自然と薄れゆく意識を、一体いつ手放したのか。

 ……わたしが目覚めるのは、まだまだ当分先になる。








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