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インプローヴ・バイオノイド  作者:
第一章 バイオノイド
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第1話 誕生日の悲劇


 今日は、わたしの10歳になる誕生日だ。東京を代表する巨大ビル、といわれるホテルの一室は異様な雰囲気に満ちている。一室には、与党政治家・弁護士・医者・有名なCEO・その他、色々(お母様から顔写真と経歴を叩き込まれた)な方々が集まってくれた。


 目的はわたしではなく、娘の誕生日にまちがいなく出席する父である。

 娘の誕生日パーティとは名ばかりで、世界有数のシェアを誇る通信会社の社長である父と接触できる数少ない機会として利用されていた。10歳の小娘を祝うことよりも富や名声を優先する大人たちの巣窟を垣間見ているようでわたしは滑稽さを感じていた。そんなわたしの上の空を察知して、白のドレスを身にまとったお母様が声をかけた。


「……如何(どう)かしましたか。

 主役がつまらなさそうな顔をしてはいけませんよ、微笑みなさい」


 鷹の目を連想させるお母様の瞳が光った。

 つまらないのは事実であるが、それを表情にだしてしまうのは喜ばしいことでなかったと反省。


 この一室の中央部では、立食方式がとられている。今日の主役として、わたしは部屋の窓際にある純白のテーブルクロスがかけられたテーブルについていた。

 お母様はわたしの隣に腰をおろしていたが、もう少しすれば挨拶まわりのためにここから離れる。その時が待ち遠しく、久しぶりに心踊った。早くどこかにいってくれればいいと思ったのだ。


『微笑みなさい』


 お母様の声はいつも針のように鋭い。

 その目線も、態度も。起床する時間から就寝の時間まで分刻みでスケジュールを決め、口にするものもすべて無添加でないと許されず、学校で話す友人でさえ事細かく調べられる。時間通りにスケジュールがすすまなければ罰を受け、ジャンクフードを口にしようものなら胃が空になるまで吐かせられる。常に後ろにはお母様がいる、そんな私に友人とよべる存在はなかった。


 わたしはニコリ、と表情筋をうごかして微笑みを浮かべる。

「ごめんなさい」

「いいのよ、具合でも悪いのかしら」

「……はい。明日から期末試験なので不安なのかもしれません」

「あら、それは大変ね」


 お母様は口元を指先で隠し、驚いた表情を浮かべた。


「それなら今日は帰って、お勉強をしなさい。

 きっとお勉強が足りないから、不安になってしまうのよ」


 頭の後ろで解れなくまとめられた髪を耳の後ろから撫でながら言った。切れ長の猫睛(びょうせい)石がわたしを射抜くように横目でみつめる。娘からみても美しいその顔は、確信しか抱いておらず全身から自信がにじみ出ている。

 それでも今日は、このお母様の発言に助けられた。名ばかりの誕生日パーティよりも、家でゆっくりと過ごしていたほうが有意義であると感じられたからだ。


「言い忘れていたわ

 21時までにお勉強を終わらせて、23時までにピアノとバレエの練習を終了させなさい

 24時になったらすべて片付けて、寝ておかなくてはだめよ」


 わたしはお母様に会釈をし、遠くでワインを片手に赤い顔をしているお父様に軽くお辞儀をし、ホテルのエレベーターで1階まで降る。


「……出来の悪い子だわ」





■□




 ビルの1階ロビーでは運転手がお辞儀をしながら出迎えてくれた。微笑みながら運転手に声をかけ、ビルを一歩でるとカーディガン越しにヒンヤリとした空気が触れた。それと同時に、わたしは本来の表情へもどる。


「お足元に気を付けてください」

「ありがとう」

 

 用意されていた車の背もたれに体を沈める。この黒のGS−Fはお父様の愛用車だ。堅苦しい外車よりも国産車が素晴らしい、と。娘の誕生日くらいならばこれくらいで嫌味はないから、と。社長というものは、そういうものらしかった。

 夜の国道を走るとオレンジ色の光が通り抜ける。ふと、フロントミラーと眼があった。そこには少女が写っていたけれど、愛嬌は感じられなかった。反対に、冷たさやとっつきにくさを感じられた。口角は下がり、口はへの字をしている。生命力を感じさせない曇った瞳が私を見つめていた。

 目線をフロントミラーから逸して、再度夜景を見つめた。


「はあ」


 運転席でハンドルを握る彼にも聞こえないように、小さく小さくため息を吐いた。毎年、誕生日は気が滅入る。今や世界を相手にする企業にまで成長した父の会社は、日進月歩の勢いで成長をみせている。お母様が異常に結果をもとめるのは、将来の社長となる私を思ってのことだ。この世は、できてあたり前の世界であると教えてくれている。息苦しく、生き苦しい日々も乗り越えていけるからあるのだろう。

 でもなぜだか、時々思うことがあった。もし鳥のように空高く飛べたら。魚のように海を泳げたら。


「お嬢様、お誕生日おめでとうございます」

「……ええ、どうもありがとう」


 私の思考をさえぎって、運転手はお母様のような鋭くはない言葉を言う。どこか、安らかになったような気持ちになってざわざわした。なんとも居心地が悪くなり、わたしは肩掛けバッグからスマートフォンを取り出し、パスワードを入力する。

 このスマートフォンは特殊な仕様になっていて、1日1時間しか使用できない。制限時間をすぎれば強制的にログアウトさせられる。システム構築に携わったお母様はどこか誇らしげであった。だから、改造してログアウトさせられたように見せかけることは止めにした。

 その貴重ともいえる1時間を、わたしは何に使うわけでもなく、ただ画面をいじっているだけに時間を消費た。居心地の悪いこの気持ちをどうやって表現すればいいかわからなかったから。ただ、指先がうごいていることで気が紛れると思ったのだ。


「ん……変だな」


 いつもほとんど言葉を発することのない運転手が声をだした。


「どうかしたの」

「今まで後ろを走っていた車が、急に前にでてきて……

 なんだか不安定な走りをしているんです」


 そういってわたしは前に出た走行車をみた。

 中型のトラックというのだろうか、たしかに前をふらふらとふらつくように走行している。追い越し車線にでても、そのトラックが前について離れない。何か意図があって前にピタリとついていることは分かる。お父様の愛車はスポーツタイプだ。このブランドトップクラスの車種であり、この国屈指の加速力がある。何十年と腕を磨いてきた運転手にかかれば、トラック1台追い越すことは造作もないだろう。

 思ったように、一瞬にしてトラックを追い抜くことはできた。安心したわたしは運転手とともにお互いを労い、クッションにもたれかかった。

 車は安全とはいえ、時速60kmで走行する鉄である。同じ速度で鉄同士が衝突した場合、お互い無傷とはならない。どちらかが負傷するか、もしくはどちらとも負傷することになる。


「ご気分はいかがですか」

「もとからそんなに悪くないから、気にしないで」


 気分がわるいと嘘をついたのは、あくまでもあの場を逃れるためだ。いや、もしかしたらわたしは、お母様から逃……。


 突如、背部にこれまで感じたことのない衝撃を受けた。

 わたしの思考はそこで停止して、先程の衝撃の現況はなにかを知るために振り返る。

 そこには先程追い越したはずのトラックがピタリとついてきていた。


「くっ……なんなんだ、あのトラックは」


 あくまで運転手は冷静であった。運転手はフロントミラーを確認しながら、後方から迫ってくるトラックを躱した。そのトラックは、確実にわたしの乗っているこの車を狙ってきていた。一度目の衝撃は後ろから軽く追突したことによる衝撃に違い。そして一度では終わらせまいと速度を上げて接触してきている。

 トラックは高速道路を走行しているのかと感じさせるほど加速していた。こちらの車も、逃げるために加速し、時速は100kmを超えた。まるでカーチェイスの映画でも見ているかのごとく、赤信号を無視し、車のクラクションが耳にうるさく響く。

 わたしは周囲の状況に対応できていなかった。ただ驚きを抱いたまま、車にせまってくるトラックに恐怖していた。今まで感じたことのない死への恐怖。

 このままだとどうなる? 逃げ切ることはできるのか? なぜトラックはこんなにも追いかけてくる? わたしは死ぬのだろうか? 殺される? トラックに、なぜ。一度に思考がぐるぐると巻き、様々に交差する。運転手はわたしを気にかけることもできないほど焦り、車を操作していた。


「……あ」


 交差点に入った時、運転手はつぶやいた。

 まるで何かを思い出したかのように、何かに気がついたかのように。

 その言葉と同時に、交差点に同じく侵入した一般乗用車が黒の車に突っ込んだ。

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