第2章ー1 カサンドラ・ハポン
第2章の始まりです。
しばらく、ウツ展開になります。
アラナ・ハポンが、ピエール・ドゼーと婚約し、関係を持ってから半月余り後のある日、アラナの母、カサンドラは、頭を抱え込んでいた。
アラナにしてみれば、既に関係を結んでしまった以上、母も認めざるを得まい、と考えての行動だった。
あの日、夕方までお互いの関係を深め合った後、アラナは、母カサンドラに、既に彼とは婚約し、肉体関係まである以上、速やかに自分達の結婚を認めて欲しい、と手紙を送っていた。
その手紙が、カサンドラの手許に届いたことから、カサンドラは頭を抱え込んだのである。
「どうしよう。本当にどうしよう。逆効果になるなんて。おそらくだけど、姉弟が肉体関係を持つなんて」
カサンドラの頭の中では、そういう想いが駆け巡っていた。
「正直に全て明かせばよかったのだろうか。でも、正直に明かしたとして、アラナが信じるとは思えない」
カサンドラの頭の中では、そういう想いも駆け巡っていた。
カサンドラ・ハポンとして、自分の名は知られており、実際、それこそパスポート等、公的な証明書に記載されている自分の名前は、全てカサンドラ・ハポンになっている。
だが、細かいことを言えば、これは全くの偽名だった。
スペイン内戦の混乱の後、様々な手を尽くして、カサンドラ・ハポンの名を自分は手に入れたのだ。
ほぼ忘れ去っている自分の本当の名は、ファナ・グスマンだった。
それが何故、カサンドラ・ハポンという名を名乗っているのか?
それは、スペイン内戦が原因だった。
今となっては、私自身、忘れ去ろうと努め続けた結果、陽炎のような曖昧な記憶になっている。
「カサンドラ、お父さんの下へ一緒に逝きましょう」
そう言って、私は地中海へと娘と共に身を投じたのだった。
ある意味、スペイン内戦が起こるまでは、私は平凡な人生を送っていた。
両親の愛に包まれ、少し歳の離れた兄と兄妹喧嘩をしつつ、長じて知り合った治安警備隊の若手キャリアと、自分は結婚して、結婚して早々に妊娠出産し、カサンドラと生まれた娘を名付けた。
順風満帆と自分自身の人生を信じていた。
だが、スペイン内戦の勃発が、私の人生を変えた。
「止めて、お願いだから」
私の哀願を、彼らは歯牙にもかけなかった。
「ふん。ファシストの豚が何を言う」
共産党員の彼らは、私を嘲笑しながら、輪姦した。
何人の相手をさせられたのか、私が我に返った時には、彼らは姿を消しており、自分はぼろ屑のような衣装を着て、精液塗れの無残な姿になっていて、娘のカサンドラは暴行の果てに、虫の息だった。
何とかならないか、と娘に手当てを施そうとしたが、すぐに手当てを施すほど、娘の苦痛を延ばすだけ、救命の手段は無い、と気づいてしまった。
夫は、祖国を心から愛していた。
そして、右派(後の国民派)を支持しており、そのためにフランコ総統らが起こしたクーデターに味方したのだった。
だが、スペイン内戦当初、バレンシアでは左派(後の共和派)が優勢で、夫は部下と共に進退窮まる状況に追い込まれた。
そして、投降すれば、命は保証するという嘘を信じたために、部下の命を護ろうと投降したが、拷問の末に部下と共に夫は虐殺され、私は反逆者の家族として、娘と共に拷問されたのだった。
私は、その時、自分の人生に絶望しきっており、娘を連れて地中海に投身自殺を図った。
でも、娘は死んだが、私は死ねなかった。
私が地中海の波打ち際に打ち上げられた時、衝撃が余りにも大きすぎたためだろう、自分の名は、カサンドラです、ということしか言えなかったらしい。
実際、自分が地中海に投身自殺を図った後、私が完全に我に返った時、既にカサンドラという名の娼婦として、秘密娼館「饗宴」で、私は働いていた。
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