エピローグ
義母カテリーナの独り言を聞き終えた私は、母カサンドラに、真相を念のために確認することを決めた。
母カサンドラが、父と義母に挨拶して、ホテルに行くといって、教会から出て行こうとするのを、私はホテルまで見送りたい、と夫ピエールに言い、母の傍に自然と寄り添い、教会からホテルまで歩いて向かうことにした。
ホテルまでは歩いて10分程だ、少し話をする時間がある。
教会を出た後、それとなく周囲に私は目を配ったが、ピエールとその家族は教会内にいるようだし、私達母子に目を配っているような人もいない。
私は、思い切って母に真相を尋ねることに決めた。
「お母さん、ピエールの養父アランは、私の義父では無く、私の実父なのね」
単刀直入な私の問いに、母は震えた。
「だから、お母さんは、私とピエールとの結婚に当初、反対した。私達が異母姉弟と考えたから。でも、私の父アランから、事の真相を聞いて、私達の結婚に賛成した。そうね」
私は追い討ちを掛けた。
「すごい妄想ね。アランから事の真相として聞いたの」
母は、少し声を震わせながら言った。
「義母のカテリーナさんが教えてくれた。私が、夫の実子だと。死ぬ前に、心残りをしたくないと言って」
「そう」
母は肩を落としながら言った。
私には、母が小さく見えた。
「その通りよ。あなたは、アランの実の娘。でも、アランは名乗るつもりはないと言った。父親として、娘の傍にいられなかった自分に、その資格は無いと言ってね」
母は口ごもりながら言った。
「仕方ないじゃない。あの時代よ、スペイン内戦から第二次世界大戦へ続く時代に、祖国フランスを選んだ父を私は責められない。むしろ、軍人としては、誇りに思うわ」
私は、思わず言っていた。
予備役に編入されたとはいえ、私は軍人だ。
祖国スペインが危機にさらされたら、家庭を捨て、祖国に奉仕する覚悟がある。
父は、同じことをしただけだ。
後一つ、母にはいう事がある。
「お母さん。カテリーナさんは、もう余命が少ない身、カテリーナさんは言っていたわ。夫は、今でもカサンドラさんのことを愛しているって。私が亡くなったら、二人で幸せになってって」
私は、母に訴えた。
「一人でゆっくり考えさせて。今すぐ決められる話じゃないから。それから、ここまででいいわ」
相次いで、衝撃を受けたためだろう、母は、そう呟くように言い、私と別れ、ホテルに入って行った。
私はそれを見届けて、夫と実父の待つ教会へと向かった。
ホテルの個室に入ると、私は相次ぐ衝撃に打ちのめされた体を、ベッドの上に投げ出した。
娘は、真相を知ってしまい、それを受け入れてしまった。
そして、アランは、今でも、私の事を想っているという。
英雄と言っていい、アランに愛されるのにふさわしい私ではないのに。
潮時かな、そんな思いが、ふと私の頭を掠めた。
娼館「饗宴」を始めとする全ての事業を、売却してしまおうか。
今は、全ての事業が黒字だ、今、売り出せば、高く買う人が、間違いなく現れるだろう。
そして、そのお金があれば、多分、死ぬまで私は安楽に暮らせるだろう。
これから後、悠々自適の人生も悪くないかもしれない。
まだ、40代半ばと私は若い身なのに、そんな考えが浮かんでしまう。
何だか事業を続けるのに必要な自分の気力が萎えてしまった気がする。
私は、娘も結婚し、後は自分の好きなように生きていい身だ。
アランが私と結婚してくれればいいし、結婚してくれなくても別にいいではないか、バレンシアを去って、過去を全て捨て、アランの近くに、私は住むことにしようか。
そんなことを考えていると、私は眠くなってきた。
ゆっくり考えればいいか、私はそう考え、睡魔に身を任せることにした。
これで完結します。
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