第4章ー3
夫ピエールの実母カトリーヌに、結婚式が終わって、早々に二人きりで話したい、と言われたのに、私は心底、驚く羽目になった。
ピエールも驚いており、母に問いただした。
「今、話さないといけない事なの」
「今、話しておきたいの。もしものことがあったら、困るから」
カトリーヌは、病気の治療のため(とはいえ、延命治療段階だと、ピエールから私は聞かされていた。)に入院中の身にも関わらず、息子の結婚式参列のために、半ば無理に外出許可を取って、この結婚式に出席している身だった。
それを想うと、私もピエールも何も言えなくなる。
私は、義母のカトリーヌと一室に2人きりで籠った。
「ごめんなさい。話しておかないと、安心して天国に逝けない気がして」
一室で2人きりになってすぐに、義母は、透明極まりない笑みを浮かべながら、私に言った。
「何を話したいのでしょうか」
私は、率直に疑問を呈した。
「これから話すことは、全て私の独り言。あなたからの質問は、一切、聞かないから、そのつもりでいて」
義母の話すことに、私が肯くと、義母は語り出した。
「私は子宮ガンで、長くて余命3か月の告知を医師から受けたわ。だから、尚更、思うの。心残りは遺したくないって」
義母の言葉に、私は黙って肯いた。
そのことは、ピエールから聞かされていた。
まさか、そこまで母が悪いとは思っていなかった、とピエール自身も驚いていた。
「夫、アランと私は再婚した身。でも、私は、アランの下にすがりついて結婚したようなものだった。最初の夫、ピエールを亡くした私には、すがりつく相手が必要だったの。それがアランだった」
義母は、独り言を言った。
私は、黙って肯いた。
実際、ピエールからの又聞きだが、義母はどうにも頼りない存在だ。
言葉は悪いが、すがりつく男が必要な女性なのだ。
「アランと再婚して、しばらく経った後、アランの心の中に、私以外の女性がいることに気づいた。でも、アランの周囲に、それらしい女性は全く見えない。却って私は気になって仕方なかったわ」
その言葉を聞いて、私は緊張を覚えた。
義父アランには、浮気相手がいたのか。
「そして、第二次世界大戦が始まって、夫は出征して行った。そうなると、尚更、私の気になって仕方なくなってしまった。義母のジャンヌに尋ねたわ。夫の相手は、誰なのか、知らないか、と。最初は知らない、と義母は言っていたけど、私が執拗に尋ねると、話してくれたわ。スペイン内戦の際に、義勇兵として赴いた現地でスペイン人の彼女が、息子にはできたようだ。でも、この御時勢だから、息子は彼女と別れて帰国してきた。相手の彼女は、妊娠していたようだ、とね」
義母の独り言は続いていた。
私は疑問を覚えた。
何故に、私に、そんな事を言うのだろう。
「夫のアランは、彼女と自分の子が少しでも安楽に暮らせるようにと、手持ちのお金のほとんどを、彼女に渡してから帰国したらしいわ。ちなみに、相手の女性、彼女の名はカサンドラ」
義母は歌うように言った。
私は、自分の操る「雷電」の30ミリ機関砲4挺の一斉射撃を浴びたような想いがした。
カサンドラ、それは、私の実母の名。
そして、スペイン内戦終結直後、母は「饗宴」を買収できるだけの大金を持っていた。
そのお金を、母はどうやって手に入れたのか。
家族を全て失い、娼婦にまで身を落とした母が、娼婦になる前から持っていたお金、と言うのは考えにくい話だ。
だから、娼婦になった後、母は誰かからそのお金を手に入れた事になる。
しかし、娼婦にそうお金を出してくれる人がいるだろうか。
そして、私の産まれた時期から考えると、義父のアランの子、というのは。
私は、ショックで身を震わせた。
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