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第3章ー4

「西サハラ?」

 私は、アラナに鸚鵡返しに思わず言ってしまった。

「そう。西サハラ共和国。スペイン系とアラブ=ベルベル系の住民との間の内戦を鎮めに私は行くの」

 娘のアラナは、朗らかに言った。


「止めた方がいいわ。あそこの内戦を鎮めようなんて絶対に無理よ。それに」

 私は思わず言葉を呑みこんだ。

 続けて、私は、言いそうになっていたからだ。

「あの西サハラの住民は、スペイン共和派ばかり。私を輪姦し、夫と娘を惨殺した奴らなのよ。アラナ、あなたの異父姉を、奴らは暴行して殺したのよ」

 だが、それを私が言うと、今の名、カサンドラ・ハポンなのが偽名なのを明かさねばならないし、私が懸命に隠蔽した過去が、全て明るみに出ることになりかねない。


「どうして、そんなことを言うの。スペイン人同士、助け合うのが当然でしょう。それに、私は知っているわ。共和派も国民派も、お互いにテロを起こし、殺しあったじゃない。お互いに赦し合うべきでしょう」

 アラナは、私が口ごもったのを機に言い返した。

 確かに、アラナの言うのは正論だ。

 私自身、国民派の方が残虐だったかも、と思ってしまう。

 だが、だからと言って、共和派を心の底から私は赦すことは決してできない。


「分かったわ。でも、無事にここへ生きて還ってね」

「勿論よ」

 私の言葉に、アラナは無邪気に言った。

 この娘は、本当に共和派がどれだけ残虐なことをしたのか知らない。

 お互い様だ、お前ら国民派の方が残虐だ、と言われるかもしれない。

 だが、被害を受けた私の心は、未だに癒えないままなのだ。


 私が、自分の想いを語り終えて、我に返ると、彼、アランは煙草も吸わず、私をじっと黙って見つめていた。

「済まなかった。君の過去に触れるべきでは無かった」

 彼は絞り出すように言うと、社長室から出て行こうとした。

「待って」

 私は、彼を引きとめた。

「私を、また、捨てるの」


 どうして、私はそう言ってしまったのだろう。


 彼は、私に背中を向けたまま、言った。

「済まない。妻の具合が悪いんだ。早く帰ってやらないと」

「妻が」

 さっきの話で、私には分かり切っていたことだった。

 彼には妻がいる。


 彼は、私に表情を見せないまま言った。

「妻は、僕に心配を掛けまい、と黙っているが、死相が浮かんでいる。おそらく1年も、妻は生きていないだろう。生きている間に、ピエールを結婚させ、それを妻に見せてやりたいんだ」

「そうなの」

 私は、所詮、日陰の身。


 でも、一つだけ、私には彼に確かめておかないといけないことがある。

「アラナを、自分の実の娘と、あなたは認める気はあるの」

 私は彼に問いかけた。


 彼は背中を向けたまま、躊躇いながら言った。

「アラナに僕が実父だ、と名乗る気は僕にはない。父らしいことをしていない僕は、アラナに実父だと名乗る資格は無い」

「分かったわ」

 彼はそう言うだろうと、何故か私には分かっていた気がする。


 いよいよ、社長室を出ようとする前、彼は、私に対して顔を見せずに半ば呟いた。

「一つ頼みがある。アラナに予備役編入願いを出し、帰国するように、君から言ってくれ。結婚しても戦場に行くようなことを、アラナには、しないでほしいんだ。古いし、親馬鹿と言われそうだが、娘に、これ以上は、戦場の地獄を見せたくない」

「私も同じ想いよ」

「それでは、頼む」

 彼は、懐に入れていたサングラスを出し、あらためて掛け直して、社長室から、建物から出て行った。

 私は、彼の後を追って社長室から出て、彼が視界から消え去るまで、建物の出口で、ずっと見送った。


 私は、彼が去った後、秘書に言って、社長室に一人で籠った。

 彼が、そういうのは、半ば分かっていた筈。

 それなのに、私は、涙が溢れるのが止まらなかった。

 第3章の終わりです。

 次から、第4章、最終章になり、娘アラナ視点に、基本的になります。


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