第3章ー1 アランの来訪
第3章の始まりです。
アラン・ダヴーが、カサンドラの下を来訪します。
「社長、娘のアラナさんの件で、至急、相談したいことがある、と言われる方が、お見えです」
秘書の若い男が、私の所に報告に来た。
「名前は?」
来訪客の名前を、まず、言え。
もう少し頭が切れる男に替えるべきだろうか。
アラナのことで、頭が痛い私は、秘書に内心で八つ当たりした。
「アラン・ダヴーと言えば分ると」
「すぐに社長室に通しなさい」
私は、慌てて秘書に指示した。
20年以上ぶりに逢うアラン・ダヴーの容貌は、年相応になってはいたが、体格は、そんなに変わっていないように見えた。
護衛としても雇っている秘書と、1対1で格闘したら、いい勝負が出来そうなくらいだ。
彼が高名な軍人であることをあらためて思い起こした。
秘書を社長室から追い出し、2人きりになって、私は彼と向き合って座った。
「久しぶりだな。また、逢えることがあるとは思っていなかった」
「私もよ」
アランの言葉に、私は無愛想な対応をした。
「ピエールが結婚したいと言っている相手の背景を調べさせたら、君の娘と言うことが分かった。あの時の子は、娘だったのだな。それにしても、君が未だにこの世界にいるとは思わなかった」
「あの内戦で、かつての私は死んだ。新たな人生を踏み出すのに、この世界が最適だっただけ」
私は、冷たい対応のままだった。
第二次世界大戦の後、帰国してきたスペイン青師団の兵、複数から私は聞いたのだ。
フランス軍からスペイン青師団に連絡士官として派遣されていたアラン・ダヴー大尉は、妻と息子がいて、とても家族を大事に思っていたと。
彼は、スペイン内戦の時に「白い国際旅団」の一員として来ていて、叙勲もされた人物だと。
それを聞いた私は思った。
どう考えても、私と関係を持った人と、同一人物だ。
フランスに帰国した彼は、すぐに私を忘れて、別の女性と結婚して、息子までできたのだと。
あの時は納得ずくでアランと別れたといえば、別れたのだ。
だが、それを聞いた私の心の奥底で、不快感がくすぶってしまった。
娘までできた私の事を、すぐに忘れ去るなんて。
理性では、理不尽極まりない感情だと自分でも思う。
だが、アラナが自分に似ない体型を持つにつれ、その不快感は消えるどころか、大きくなる一方だった。
アランのことを内心で偲べるように、と娘にアラナという名を付けたのが、逆効果になってしまった。
彼は、私に内心に気づいていないのか、話を続けた。
「あの時、君のお腹の中にいた子は、僕の子だろう。僕はそう考えている。君の本音を聞かせてくれ」
「私も、ほぼ確実にあなたの子だ、と考えているわ」
「では、君と僕の間の娘だという事で、言わせてくれ。アラナの希望通り、ピエールと結婚させよう。別に悪い話ではないと僕は思う」
「あなた、正気。実の姉弟を結婚させる気」
アランの言葉に、私は金切声をあげた。
アランは、平静なまま言った。
「ピエールは、僕の息子だ。だが、あれは本当を言うと、今の妻の連れ子だ。僕と血のつながりは無い」
「でも、アラナは手紙に書いているわ。ピエールは、サムライの血を承けていると。あなたの子ではないというの」
「ピエールは、スペイン内戦時の僕の上官の遺児だ」
私が疑問を呈すのに、アランは答えた。
「気を鎮めたい。煙草を吸っていいかね」
アランは、そう言って、懐から煙草を取り出した。
私は、20年前以上の頃のように、私が現役の娼婦だった時のように、すかさずマッチをだし、彼の煙草に火を付けた。
「私も吸わせてもらうわ」
自分も、気を鎮めるために煙草を吸うことにした。
カサンドラになって覚えた悪癖だ。
ファナ・グスマンだった頃は、私は煙草を吸わなかった。
だが、娼婦として働く内に、私は変わってしまったのだ。
ご感想をお待ちしています。