第2章ー4
今にして、私は思うことがある。
あの時、私の亡き夫の旧友にして、私の今の最大の庇護者といえる、彼と私が、あの時に会えたのは、本当に良かったのだろうか?
もし、彼と会っていなかったら、私には別の人生が開けていたかもしれない。
だが、彼と会えたことから、今の私の人生があるのだ。
私は彼と話し合い、当時の「饗宴」の主を陥れることにした。
何とかして国外逃亡を果たそうとしていた当時の「饗宴」の主は、、私がチラつかせた外貨、英ポンド紙幣に、すぐに食いついてきた。
「どこから、それを手に入れた。いや、自分に渡してくれないか」
「お渡しするのは構いませんが、それなりの見返りが無いと」
私は、「饗宴」の主を、半ば挑発した。
スペイン内戦が終わった直後、国外に亡命しようとする共和派支持者にとって、外貨、特に英ポンド紙幣は何としても必要なモノになっていた。
かつて流通していたスペイン共和派が発行していた紙幣は、スペイン内戦終結に伴い、半ば紙屑と化している有様だった。
そういった状況で、国外に亡命し、国外で安楽に暮らそうとする人間にとって、事前準備として外貨を確保しておくのは必須とも言える有様になっていた。
かといって、内戦終結直後、混乱した国内状況下で、外貨を手に入れるのは、困難極まりない話だった。
私の挑発に、「饗宴」の主は食いついた。
「饗宴」の土地建物以下、全ての権利関係を、私は、本来の価格の2割以下で買い叩くことに成功した。
「饗宴」の主にとって、屈辱的な話だったろう。
だが、私をこの地獄に落とし込んだこの男への復讐は、私にとっては、まだまだ終わってはいなかった。
「ところで、いつ(外国へ行く)船に乗り組むつもりですか?」
「ああ、それは」
私の誘導尋問に、「饗宴」の主は食いついた。
それによって得た情報を、私は、亡き夫の旧友、彼に流した。
「饗宴」の主は、最終的には、国外逃亡に失敗して、西サハラのリン鉱山開発に、囚人として強制労働させられ、衰弱死する運命が訪れた。
「饗宴」の主は、持てる限りの財産を持って、船に乗り組んだが、彼の強制捜査によって、国外に亡命する前に、旅券法違反により逮捕収監されてしまい、裁判の末、上記のような苛酷な運命にさらされた。
一方、私は、それによって、「饗宴」の主に支払ったお金の一部を、報奨金という形で回収することにさえ、成功することができた。
こうして、私は、そんなに懐を痛めることなく、「饗宴」を自分の物にできた。
更に、私は、別人になることにも成功した。
「新しい名はどうする?」
彼の問いかけに、私なりの希望を彼に出してはいた。
娘の名でもあり、偽名として使っていたカサンドラを名とし、新たな姓を手に入れたい、と希望した。
彼は、スペイン内戦により、住民台帳等が失われ、新たな住民台帳を作成する地方自治体に目を付けた。
「アンダルシア地方の自治体で、新たな住民台帳を作らないといけない所があるそうだ。そこで君が生まれたが、すぐに親の仕事の都合でバレンシアに出ており、地元に知人はいない。だが、私が身元を保証するという形で、新しい姓名を君が手に入れる、というのはどうだろうか?」
彼の提案に、私は一も二もなく賛成した。
そこの自治体の住民の姓で、私が魅かれたのが、アラン・ダヴーとも由縁のある、日本人の遥かな子孫とされるハポン姓だった。
それで、私は、彼に働きかけ、ハポン姓を、新たな自分の姓とすることにした。
こうして、スペイン内戦終結後、様々な策謀を巡らせた末に、私は、新たな自分の姓名、カサンドラ・ハポンを手に入れることができた。
更に、秘密娼館「饗宴」の新たな主に、自分がなることにも成功したのだった。
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