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玻璃一族シリーズ

なぜ探偵は謎を解くのか

作者: 川里隼生

 ウィンドブレーカーを着て登校した元太げんたは、教室で女子二人が一人の男に詰め寄っているのを目撃した。

「絶対あんたでしょ!」

「だから知らないって」

 何やら問い詰められているのはクラスベストの頭脳とクラスワーストの存在感を誇る悠真ゆうまだ。


「おいおい、どうした?」

 元太が未樹みきに問う。幼馴染なので声をかけやすい。

五条ごじょうくんが豊佳ほうかちゃんのマフラー盗んだの!」

「俺はやってない」

 どうやら豊佳の私物がなくなって騒いでいるようだ。ちなみに五条とは悠真の苗字である。


「マフラーがなくなったのはいつだ?」

 今度は豊佳に尋ねた。

「なくなったって気づいたのは今朝」

「じゃあ最後に見たのは?」

「先週の金曜日が最後だと思う」

「となると、なくなったのは金曜から今日までの四日間だな。それでどうして悠真が犯人なんだ?」


「五条くんは土曜に豊佳ちゃんの家で勉強会したの。そこには私もいたけど、一回だけ五条くんが豊佳ちゃんの部屋に一人でいた時間があったから、そこで盗んだんでしょ」

 こう未樹が答えた。すかさず悠真が反論する。

「そもそもマフラーがあったって知らないし」


「そうだ、その帰り道であんたに会ったよ」

「そう言えば散歩の途中で会ったな」

 土曜日の午後、元太は公園で未樹と会っていた。未樹は教科書などが入った鞄を持っていたが、暫くそれをベンチに置いて二人で遊んでいた。


 そこでチャイムが鳴った。未樹たちが低学年なら即座に教師に相談していただろうが、もう彼らは六年生、誰も言わなくなった。やはり子供の問題は子供が解決するべきであり、大人は介入しないのが望ましい。これについては元太も同意見である。今日最初の授業は国語だ。


 四十五分間黙々とプリントに向き合う時間が終わった。次の理科までは五分間休みがある。元太はこっそり豊佳に近づいた。元太は豊佳を苗字で呼ぶ。

「なあ真岡まおか、土曜の勉強会で国語はやったか?」

「え? 国語ならやったけど」

「そりゃ良かった。ここの二問目がわかんねえんだ。ちょっと教えてくれ」


 豊佳の教え方はとても丁寧でわかりやすい。

「なるほど。助かったぜ。土曜にも二人にこうやって教えてたのか?」

「うん。金曜日の学校が終わってから未樹に誘われたの」

 席に戻りかけた元太の足が止まった。

「そうなのか?」


 二時間目の理科も復習用のプリントを解く時間だった。最近、元太は教師たちが手抜きをしているのではないかと疑い始めている。

「なあ、またちょっと教えてもらっていいか?」

 授業が終わればまた豊佳に寄っていった。


「いいけど、意外と玻璃はりくんって頭悪いよね」

 玻璃は元太の苗字である。

「そりゃどういう意味だ」

「だって玻璃くんの家って探偵事務所でしょ。探偵にしてはあんまり頭良くないかなって」

「ほっとけ。俺は興味あることしか勉強したくねえんだ」


「でもそんなこと言ってたら公立にしか入れないよ」

 公立とは自治体が運営する中学校のことだ。豊佳や未樹など、クラスの大部分は私立の中学校を目指して受験勉強に明け暮れている。悠真もその一人だ。その中で元太だけは特に塾にも通っていないし、放課後に自習もしていない。


「俺は別に公立でもいい」

「そう。で、教えてほしいことってどれ?」

 豊佳は先ほどの授業で使ったプリントをもう一度広げ始めた。

「ああ、そのプリントじゃなくて土曜の勉強会なんだけど、悠真が一人になったのはどうしてだろうと思って」


「えっとね、本当は一時から始めるつもりだったんだけど十一時半くらいに未樹が家に来て、クッキー焼いて五条くんを驚かそうって言ったの。けど未樹が卵落っことしたりしたからクッキー作るのに思ったより時間がかかって、五条くんが来ちゃったから私の部屋で待っててもらったの。その時が五条くん一人だった」


「……なるほど」

 満足したように元太は言った。それ以降の授業でもプリントで授業内容を復習し続けたが、元太が動きを見せることはなかった。給食が終わり、昼休みになった。ここで元太が動く。再び悠真を問い詰めようとする未樹を止めた。


「待てよ。悠真はマフラーを盗んじゃいない」

 未樹は元太を見てしばらく動きを止めた。何かを考えているようだ。

「何度か豊佳ちゃんと話してたみたいだけど、何かわかったの?」

「ああ。マフラーを盗んだ犯人は少なくとも悠真じゃないってことはな」


 五秒ほどの空白を挟み、もう一度未樹が口を開く。

「その推理が間違ってたら迷惑だし、私だけに聞かせて」

 そう言って元太の右腕を掴み、一階の廊下まで移動した。

「迷惑ってどういう意味だ。言い訳が苦しすぎないか?」

「どうでもいいでしょ。早くその推理を聞かせて」


「いいとも。さっき言ったように犯人は悠真じゃない。お前だ」

 元太は未樹の両目を見て言い放った。

「なぜなら状況的な証拠が全て犯行を物語っている。物証もあるぜ。お前は悠真を一人にさせるため、わざとクッキーを焼こうなんて言い出した。それも卵を落とすなりして徹底的に時間をかけてな」


 一階の廊下には特別教室しかない。そのため人通りも少ない。

「悠真が来るまでにトイレに行くとか何とか言ってマフラーを盗んじまう。悠真がマフラーの存在に気づかなかったのも無理はない。あいつが部屋に入ったときにはもうお前の鞄の中にあったんだからな」


 ここで元太は未樹の顔色を伺った。澄ました顔で黙って聞いている。

「だいたいお前が提案した勉強会の開催地が真岡の家ってのが不自然なんだ。お前がマフラーを盗むために無理矢理そうしたとしか思えない。そうだろ? そして家に帰って戦利品を確認しようとして、お前は仰天した」


 未樹が意表を突かれた顔をした。

「鞄から出してないはずのマフラーがなくなっていたんだ。それでお前は、犯行に気づいた悠真がマフラーを取り返したものと思った。どこか違うか?」

「……その通り。やっぱり私だけが聞いて正解だった」


「動機も何となくだけどわかったぜ。中学受験に向けて悠真のイメージダウンを図ったんだな?」

「そう」

 事実の発覚を恐れているのか、未樹の声が小さくなる。

「安心しろ。誰にも言わねえから」

「でも、実際マフラーはなくしちゃったし……」


「待てよ。まだ推理は終わってねえ。真岡からマフラーを盗んだのはお前だって物証が残ってる。披露させてもらうぜ」

 元太は上着のファスナーを開けた。そこにはベルトのように巻かれたピンク色のマフラーがあった。豊佳のものだ。


「土曜に公園で遊んだだろ? その時鞄の中のこいつを見つけたんだ。てっきりお前のだと思って持ってたけど、まさか他人のものだったなんてな」

 未樹はまるで手品を見ているような顔をしている。それを見て元太は満足そうな笑みを浮かべた。


「取り引きしようじゃねえか。お前がこっそり真岡の机にマフラーを隠してくれ。それで何かの勘違いだった、で済む。お前が盗んだマフラーを俺が盗んだ、このことは二人だけの秘密だぞ」

 未樹はその提案を受け入れる他なかった。


「最後に一つだけ聞いていい?」

マフラーを受け取り、教室に戻りかけた未樹が振り返る。

「私と取り引きするために推理したの?」

「ああ。うちは私立探偵だからな。私立探偵は報酬のために推理する。言い換えれば自分の利益のためだ」

「じゃあ、どうして私のマフラーを盗もうとしたの?」


元太から笑みが消えた。

「質問は一つだけって約束だろ? さっさと戻してこいよ」

それ以上答えなかったが、未樹には何となく答えがわかった気がした。

「男って馬鹿みたい」

教室がある三階までに戻る途中、微笑する未樹がそう呟くのを一年生の生徒が目撃した。

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