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不死なる少年は、その屍を越えさせない。  作者: 赤月ヤモリ
第二章 魔王編 ―慈しみの殺意―
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第4話 『領主邸での対談』

 深く沈んだ意識がゆっくりと覚醒していく。

 もう何度目になるのかわからない、生き返る時のアクションを感じ昴は自分が殺されたのだと認識した。


 犯人は最後に視界に映った人影だろうことは何となくだが理解することが出来た。

 小さく呼吸を再開し、まずは聴覚を利用して周囲の音を拾う。


「言え、こいつは誰だ? こんな実力者、私がシーラに居た時には聞いたこともない。これほどの実力者ならば戦地へと送られるはずだが……どこに隠していた?」


 冷たい声音は聞き間違えるはずもない昴の好きな少女。

 プラウダの物だ。

 少々怒気を含んだ声にもしかすれば自分が殺されたことで怒ってくれているのか? と思ってしまうが彼女は昴が不死身なのを知っている。

 それは無いなと嘆息した。


 プラウダの声の次に今度は知らない男の小さな悲鳴が耳に入る。


「くそっ、裏切りの英雄三人相手なんて無理だっつうの! おい、アル! 殺されたらお前を呪うからな!」


 物騒な言葉を吐いた男に、これまた別の知らない声が呼応する。


「ははっ、その時は僕もあの世に居るから呪うなんて不可能だろうね。せいぜい向こうで仲良くしてくれたまえ。ま、最も殺しに来たんだっていうならの話だけどね?」


 男は乾いた笑い声を上げた。

 そこで会話が終了し、次いでアリシアの声が聞こえてくる。


「んー、それより昴なかなか起きないねぇー」


 間延びした声は緊張感に欠けており、間違ってもついさっき殺された人間に放つようなものでは無い。


「はっ、獣国グリーブの英雄様はどうやら頭がいかれちまったようだなおっさん? さっき、俺は確かにそいつの心臓をぶっ刺した。英雄ならそんくらいわかるだろ?」


「て言うか、あんたさっきからちょっと強いからって調子に乗ってるよねー? 昴を殺しておいて其の言いぐさにはさすがの完璧聖人アリシアさんもカチンときちゃうかなぁー?」


 彼女が完璧聖人かどうかはこの際無視するとして、会話を聞いている限りすでに敵は全て取り押さえていると言うことがわかった。

 それ故のこののんびりとした緊張感の欠ける雰囲気なのだ。


 昴は目を開いてまだぼんやりとする視界に周囲の状況を写した。


 プラウダ、アリシア、シンスの三人は傷一つ内容に見える。

 そして、見知らぬ男が二人。

 ロープで体を拘束されている。


 起き上がった昴を見てこれ以上ないとばかりに目を見開き驚いていた。

 確かに殺したはずの男が普通に起き上がれば驚きの一つや二つあることだろう。


「や、初めまして。福津昴です」


 二人に片手をあげて挨拶すると昴は肩をコキコキと鳴らしてからシンスを見た。


「どれくらい死んでた?」


「ほんの数分ですね。傷の修復を終えて呼吸の再開までは一分もなかったと思います」


「初めて人に数えて貰ったが案外即時制があるもんだな」


 シンスの報告に頷きつつ昴は「さて」と呟いて拘束されている二人に視線を戻した。


「えーっと……あなたがアルーフ・シドランですか?」


 いかにも金持ちだと言わんばかりの豪奢な寝巻きに身を包み、ちょび髭を生やした青髪のおじさんに向かって声を掛ける。

 見た所四十代後半と言ったところだろうか。

 目鼻立ちが整った顔は、シンス程ではなくともかなり格好いい。

 ハリウッドスターにも負けず劣らないだろう。


「そうだが……お前は誰だ? 他の三人は『裏切りの英雄』だからわかるが、僕は君のような化け物(、、、)の存在を聞いたことが無いんだけど?」


 彼の物言いに三人が怒りの表情で食って掛かろうとするが、昴がそれを制する。

 化け物はどうかと思うが否定できない事実なので言いかえす必要が無い。


 それに、この状況で昴たちを煽ると言う事は、彼は理解しているのだ。

 昴たちが自分を殺さないと言う理由と、己の価値も……。


「アルーフ・シドランさん。あなたに――この国の絶対王政に対しやりすぎだと異を唱える穏健派のリーダーであるあなたに、お願いがあります。とにかく話だけでも聞いてもらえませんか?」


 穏健派のリーダーである彼を巻き込む。

 そのためだけに昴たちはこの屋敷に侵入したのだった……。


■ □ ■


 ドアの破壊音を聞きつけやってきた護衛兵にアルーフ・シドランが命を下すことで話し合いの場はすぐに用意された。

 普段は食事の際に使われると言う部屋に招き入れられる。


 護衛兵の数は圧倒的に向こうの方が多かったが、こちらはかつて英雄と呼ばれた猛者ばかり。

 唯一戦闘力のない昴も不死身と言う十八番がある限り危険になるようなことは無い。

 何のごたごたもなく昴たちはアルーフ・シドランとの話し合いを実現させた。


 主に話すのは昴の仕事。

 それは『裏切りの英雄』として名をとどろかせてしまった三人では言葉の信憑性が無いからだ。


 犯罪者が話す言葉と、見知らぬ人間が話す言葉。

 どっちもどっちだがその犯罪者が国を裏切ると言う大罪を犯したなら見知らぬ人間の方が話は聞いてもらえる。

 そう考えての判断だ。


 昴の後ろには英雄が三人。

 対して領主であるはずのアルーフ・シドランの後ろにはロープから鎖に変更され、いまだに解放されていない昴を殺した男――レイモンドが居るのみである。


「何で、俺は解放されてねえんだよ!!」


 額に血管を浮かせたレイモンドが燃えるような赤髪を揺らしながら意味が分からないと叫ぶ。

 しかし、それをアルーフが一蹴した。


「レイ、黙っていてくれないかな? キミが解放されても彼らには敵わないし、そもそも僕の予想が正しければこちらから仕掛けない限り危害は加えないだろうからね? だろう? 昴くん……だったかな?」


 にこやかに笑うアルーフを見て、だてに領主をしていないなと昴は思った。


「あってる。じゃあま、あなたの予想をお聞かせ願おうかな? アルーフさん」


「構わないよ。ズバリ、穏健派を取り込んでこの国に対して何かをするつもりなんだろう? その何かってのは……反乱。かな?」


「まぁ、正解だな」


「で、僕がそれに加担するとでも思うのかい?」


「しない――いや、出来ないって方が正しいか? 今魔王が死ぬと単純に国が亡ぶからな」


 どういうわけか戦争が始まった途端、邪魔者の虐殺を開始した魔王。

 それに対し、さすがにやりすぎだとアルーフを中心に出来上がったのが穏健派だ。

 魔王は貴族であり領主のあなたを簡単には殺すことが出来ず唯一の内乱の火種――それが目の前の男なのである。


 各地になりを潜めているであろう穏健派はアルーフの一言があればおそらく魔王殺害に加担してくれるだろう。

 しかし、それを行うにしても時期が悪い。

 三国の王が結託してわざと戦死者を増やすために戦況を拮抗させていると知らない彼らは、いま指揮官が居なくなれば戦争に負け国が亡ぶ。

 そのせいで止めさせたいけど魔王を止めることが出来ない。


 と言う状況に陥っているのだ。


 彼らからすれば『馬鹿なはずなのに魔王の指揮のおかげで、現在この国は生きながらえている』と言うようなものだ。

 王の虐殺を止めたいが、戦争に負ければもっと多くの民が苦しむ。

 そんなのは本末転倒なのだ。

 

「昴くんはどうやら状況を理解していらっしゃるご様子で……。僕たちも魔王様には早く退いてほしいですが、今は行動に移せない。何を目的であなた方が魔王を殺したいのかはわかりませんが……とにかく元英雄プラウダの父親殺しに付き合うつもりはありませんよ」


 冷たく付き放つとアルーフは立ち上がり扉の方へ、押し開くと帰るように手で合図する。


「今回の件は外部にはもらさないことを誓いましょう。『裏切りの英雄』は国に捕まれば即死刑ですからね。さぁ、お引き取り下さい」


 そんな彼に昴は少しだけ口元を歪めて、言葉をかける。


「なぁ、ふざけんなよ。あんたみたいな魔人族にしては頭のキレる奴がまさかそんな愚策を告げるなんてことないよな? 俺はちゃんとあんたの状況をすべてを理解した上でやってきたんだ。説得できるって自信を持ってさ」


 雰囲気の変わった昴に今度はアルーフが口元を歪める。


「あぁ、これは失敬。だけど、ようやくくだらない敬語が取れましたね。国王を殺す殺さないの話をするのにそんなものは邪魔だ……。くくっ、じゃあ、聞かせてもらおうか。その自身の源ってやつをさ……」


 アルーフは扉をしめ直すと近くの席に座り、その上で片膝を立てて座った。

 その表情は純粋なな子供が見せる悪い顔(、、、)だった。


「敬語なんてどうでもいいだろうに」


「まぁ、そう言うな。心はそうでなくても言葉で敬っていたら本心まで話せないだろう?」


 彼の発言に昴は納得する。

 つまりは先輩に対して何でもかんでも話すことが出来るのか? と言われているのと同じだ。

 敬語を使って相手を敬っていては『不快にさせているかもしれない』とどこかで考えてしまい、すべてを言えない。


 そして昴が今行うべきなのは一切隠さない、本心からの説得である。


 ――さすが領主だ。

 今のところ昴は彼の手の平で踊っているに過ぎない。

 昴は手のひらから落ちることなく、彼を魅了させなければならないのだ。


 生唾を飲み込んで昴は話しはじめる。


 堅苦しいことを並べたが要は包み隠さずすべてを話せばいいと言うだけの事。

 そうすれば彼は味方になるのだから。

 隠すべき場所があるとすればそれは昴が勇者と言う点だけだろう。


 すべてを語り終えると瞑目し話を聞いていたアルーフが薄目を開けて呟く。


「にわかには信じられない話だ」


「だろうな。でも本当だ」


「邪神……そんなものが実在するのか? 確かにそんな石板が掘り出されたと言うのは耳にしたことがあるが……。だが、確かに今の話を聞けば戦争が拮抗し続けている理由がわかる。三王が繋がっているなら戦況が変わらないのにも頷ける……」


 腕を組みむむむと頭を捻らせるアルーフ。

 悩んでいるなら今畳みかけるしかないと考え前に身を乗り出す。


「魔王イージス・シーラが王の座に居座っている限り戦争が終わることは無い。いや、世界が平和になることは無い! 頼むアルーフ・シドラン! この話を信用してくれ」


 昴は頭を下げる。


「信用に値する話だとは思う。だが、証拠が無い。――……そうだな。だったら、証拠を見せてくれないか? ここまで用意周到だったんだ。どうせ用意してるんだろう? 三国の王が繋がってる証拠をさ」


 目を細めて早く出せよと顎で促してくるアルーフに、しかし、昴は渋い顔を浮かべた。


 肩をすくめひょうひょうとした態度で口を開く。


「今は無い」


「――……あーっと……帰る?」


 昴の言葉に一気に顔を不機嫌にしかめたアルーフ。

 ふざけたのではないと昴は睨み返すと、コホンと一つ咳を入れる。


「あんたなぁ……と言うか俺らがこの場ではいこれですって出しても信じないだろ? だから、これから一緒に(、、、、、、、)その証拠を取りに行くんだよ。俺は行ったことないが……確かここから一日だったよな?」


 昴は背後に控えていたシンスに声を掛け、彼はゆっくりと頷いた。


「一日? 一体それは?」


「着いてからのお楽しみだ。で、一緒に来てくれる?」


「……僕はいけないので部下を二人同行させよう。信用のおける奴らだ」


「それはありがたい。んじゃ、それで……」


 今の話で準備してくれと席を立とうとした昴にアルーフが制止の声を掛けた。

 一応予想していたので驚くことは無かったが、これから彼に出されるであろう条件は昴にとって嫌な物だ。

 だから、出来れば気が付かないでいて欲しかったのだが……。


「ですが、あなた方の中から人質を取らせてもらおう。仲間がいった先で殺されてはたまらないからな。……そうだな、魔法の使えない獣人の英雄アリシアと……シンス・ウィスダムを監禁させてもらう。ここから一日なら往復二日。猶予として一日与えよう。その三日間で戻ってこなければ僕は彼らを国に突きだす」


「ちょ、ちょっと待て。せめてシンスは……俺かプラウダと交換してくれないか?」


 アルーフの言葉に昴は冷や汗を流しつつ妥協してくれるように促す。


 シンスはずば抜けて頭がいいし、常識も持っている。

 アリシアも四則演算などは出来ないが一般常識程度は存在する。


 しかし、対して昴は学力こそ日本と言う国で鍛えられてきたのでそこそこいい方だが、異世界の常識を知らない。

 プラウダは頭が悪い。

 常識はあるがそれをかき消す勢いで頭が悪い。


 せめてシンスだけは同行させたいと思うのは必然の事だ。

 だが……。


「無理だな。まず、先ほどレイが突き刺し殺したはずなのに生きている昴くんでは人質の意味をなさ無い。英雄プラウダは論外だ。強すぎて話にならん」


 アルーフは畏怖と畏敬の目でプラウダを見つめて溜息のように零した。


 しかし、本当に溜息を零したいのは昴たちの方だ。

 なぜならシンスを連れて行けないのは大きな誤算であったから。


 人質を取ってこようとするのは予想していたが、本来扉を開けて侵入した際に昴が殺されると言うのは予定していなかった。

 英雄の中に紛れる一般の協力者。

 か弱きその一人を人質に英雄が証拠を集めてくるというのが本来の筋書き。


 だと言うのに昴の異常な能力を誤って見せてしまったが故に失敗してしまう。

 たった一度のミスで大きく予定が狂ったのだ。


 昴は自分の無能っぷりに溜息をつく。

 ふと、肩に手が置かれた。

 目を向けるとシンスが渋い顔をしている。


「あまり気を落とさないでください。あの、レイモンドと言う男の存在を誰も知らず、そして気付くことが出来なかったのです。これは皆の失敗です」


「そう言ってもらえるとすっげえ助かるわ」


■ □ ■


 レイモンドを拘束している限り誰が襲ってきても対処できると告げた三人はアルーフ屋敷の部屋を適当に漁りそれぞれ床についた。


 三人がこれほどレイモンドを警戒していることに少々驚きつつ、眠気の襲ってこない昴は同行する二人を紹介されていた。


 アルーフに連れられ眠たげに眼を擦る一組の男女。

 後から聞くと叩き起こされたらしい。


「こっちの男がアレク。女の方がソフィアだ」


 紹介され眠たいながらも頭を垂れる二人。


 赤錆色のアレクと紹介された男性は見たところ、二十代後半と思える。

 目の下に深く刻まれた隈が特徴の男だ。

 今にも白目を向いて倒れてしまうのでは? と思えるほどフラフラしている。


 対してソフィアと紹介されたのは白髪の少女(、、)で、昴はアルーフの正気を疑った。


「なぁ、アレクさんの方は……いや、彼も大概だけどさ。それでもソフィア……ちゃん? の方はおかしくないか? 見たところ俺よりも小さいと思うのだが……」


 この重要な作戦に昴より年下の少女を連れて行くと言う彼の行動理由が判らない。


「むむっ、ソフィアは確かにあなたより年下かもしれませんがあなたよりも頭のいい自信はありますっ!」


 昴の物言いが不服だったのかやけに強く食いつく白髪の少女。

 背中の中ほどまである髪がワンテンポ遅れてはらりと舞った。


「――……なぁ、本当に大丈夫なのか?」


 ソフィアの行動すべてが背伸びをしている子供の様にしか見えなくて昴の心配は加速する。

 眉根を潜めて少女の言葉を無視すると苦笑を浮かべるアルーフへと疑問を問いかけた。


「ま、まぁ実際彼女は魔人族にしては(、、、、、、、)頭のいい方だしなぁ……。学校で歴代一位を獲得したのは事実だから……まぁ、魔人族の学校での話だけどな?」


 彼の言葉に昴は少女の自信過剰ぷりの理由がようやくわかった。

 彼女は勉学において周囲の者に負けたことが無いのだ。


 ただ、その周囲の者と言える中身は、この世界において馬鹿と認知されている魔人族しかいないわけで……。

 馬鹿の中に普通の頭脳の奴が混ざれば、それはそれは優越感が半端ではないだろう。


 中堅高校に行ける成績の奴が底辺高校に通っていれば成績一位は必須。

 故に彼女は自信過剰になっているのだ。


 昴は溜息をつくとソフィアに向き直り、


11(じゅういち)×(かける)11(じゅういち)=()()


121(ひゃくにじゅういち)!」


「よし合格だ」


 簡単だが馬鹿だとパッと答えられない問題を昴は出したがソフィアは難なく答える。

 昴は答えた速さから彼女が自分と同程度の学力を持っていることを把握した。

 いや、常識を知っている彼女の方が正直なところ有能なのかもしれない。


 ちなみにこの世界の学力は、人間族がダントツで全員が全員学べば学ぶだけ賢くなる。

 ついで獣人族だが、彼らは四則演算が苦手となってくるらしい。


 そして問題なのが今いる国の魔人族。

 もう自分たちを馬鹿と認めている時点でアレだが、まずほとんどの魔人族が学校にも行かず遊んでばかり。

 よく言うと自由でのびのびとしており、悪く言うと落ち着きがない種族なのだ。


 そんな中四則演算ができるソフィアはかなり有能だと言えるだろう。

 学校の成績一位と言うのもうなずける。


「どうだっ、ソフィアは天才だろ!」


「マジで鬼才レベルなんじゃねぇの? 魔人族でそこまでできるって凄いな!」


 素直に感嘆の息を漏らすとニシシと笑う少女。


「どうやら大丈夫そうだな」


 昴とソフィアを交互に見やりアルーフが一言呟くと大きな欠伸を噛み殺す。

 すると自然とソフィアも小さく欠伸した。

 アレクに至ってはすでに夢の中の住人となっている。


 昴はなかなか眠くならないのであまり関係ないが、だが、他の奴らは違う。

 アルーフだってよくよく考えれば昴たちの手によって叩き起こされたわけで……昼間に行動するわけにもいかなかったので仕方が無いと言えば仕方がないのだが……。


「悪いかったな。今日はもう寝てくれ。話し合いは細かい事は起きてにしよう。日程は出来るだけ早い方が良いから事が決まればすぐに出発する。――……いいか? アルーフ・シドラン」


「ま、それが一番だろう」


 告げてアルーフは夢の住人と化しているアレクの頭をひっぱたくと踵を返して去っていく。

 起こされたアレクも眠たげに眼を擦りながら昴に一礼すると同じように去っていった。


「では、ソフィアもこれで失礼しますっ」


 敬礼をして白髪を揺らし去る少女の背中を見届けると昴は「ふぅ」とため息をついて椅子にもたれかかる。

 ぼぅっと豪奢な照明に目をやり思考を停止させた。

 真っ白に、何も考えずゆっくりと頭を休めた。


 今日の交渉はすべてシンスとの長い練習の末に完成したものだ。

 完璧とはいかなかったが及第点は取れるであろうこの成果に努力が報われた気がした。


 窓の外に目をやると真っ暗だった空がわずかに白くなってきてどうやら朝を迎えるようだ。


 皆が起きてくるのは昼ごろか? と適当に想像すると溜息をついて重くない瞼を閉じる。

 意識があるのに何もすることが無いと言うのは暇なことこの上なかった。


■ □ ■


 魔王イージス・シーラが他国と手を組んでいると言う証拠を求めて向かう場所の名前は『第十三魔石採掘場』と言う場所だ。

 この世界特有の『魔法』と言う概念をその『魔石』と呼ばれる石を使用することによって才能が無くても発動させることが出来るらしい。


 所謂、魔法道具と言うことで昴は認識した。


 この魔石採掘場にどうして証拠があるのかと言うと、それはプラウダから偶然得た情報に起因する。

 昴が『グランドダンジョン』に召喚される前。

 まだ、裏切って直ぐの頃。


 プラウダ・シーラは十七の誕生日を野宿していた森で虫の鳴き声と共に迎えたそうだ。

 そして「昨年はもっと豪勢なパーティーだったのに」と昨年の誕生日についてシンスとアリシアに話した。

 プラウダはお姫様で、その誕生日となればそれはそれは豪華な物。


 問題は彼女の話の中、誕生日の準備をしている時に聞いた魔王イージス・シーラの言葉にあった。


 ――彼女が王宮内を歩いていると偶然「人間族に魔石の採掘権を売り大金を集めろ」と言う話を耳にしたそうだ。

 プラウダは、「今年は豪華になるぞっ!」と生き生きと瞳を輝かせながら言っていたそうだがシンスはその時点で繋がりがあることを確信していたのだ。


 と言うか話を聞いて、戦争中にいくら王族とは言え誕生日パーティーを開くなんてやっぱり馬鹿な種族なんだなと思った昴は間違っていないだろう。


 大金を集めた理由は分からない。

 だが、戦争中の敵国に魔法を使うことの出来る『魔石』を売りさばくメリットなどどこにもない。


 故に、繋がっているのだ。


 一年以上前の話で、すでに採掘はされていないだろう。

 けれど、シンス曰く「魔人族の採掘方法と我々の採掘方法は大きく異なります」とのこと。

 生憎とシンスは連れて行けないがソフィアに聞いてみれば確かに異なると言っていた。

 判るようなので向かって現場を見れば見分けがつくそうだ。


「案外頼もしい奴だなっ」


「何せ天才ですからねっ!」


 はははっ! と元気に笑う二人。

 その後ろを腰に人造魔剣を差したプラウダと……。


 片足に十本、両腰に三本ずつ計六本、胴体をぐるりと一周廻るようにつけられたベルトには数えきれないほど。

 それだけ大量のナイフを身に付け、動き辛さの欠片も見せない歩きを見せるアレク。


 四人は街を抜けて周りを森に囲まれた道を通り『第十三魔石採掘場』へと移動し始めていた。

 移動し始めたのは起きてきた皆が昼食と言う名の朝食を食べてから。


 タイムリミットは三日後――つまりは明々後日の昼だ。

 それまでに戻らないとシンス達は国に捕まってしまう。


 無駄に自信過剰でテンションの高いソフィアとすぐに意気投合しながら歩く中、昴の胸中を埋めていたのはただ一つ。


 ――頼むから何も問題なんて起きないでくれよ……ッ!


 ギリリと歯を噛みしめ願う昴。


 だが、そんな願いは虚しく、いとも簡単に打ち砕かれてしまう。


「た、助けてっ!」


「だ、誰かぁ……っ!!」


 突如として聞こえてきた声は二人の女性の声。

 驚き声の方へと目を向け、同時に木々の生い茂る森の中から二人の少女が姿を現す。


 活発な印象を覚える褐色肌の少女と、その少女に担がれる形で情けなく声を上げてる不健康そうな真っ白な少女。

 二人の視線が昴たちを捉え、同時に焦りの声を上げた。


「あんたたちも逃げなッ! レオークベルベルクが追いかけてきてるッ!」


 何を言っているのかわからない昴であったが、とにかく少女たちが何かに追われているのだと言う事だけは分かった。

 昴は少女たちがやってきた森の方を見つめ……獰猛な牙をむき出しにし血走った目で疾走してくる三つ又の虎を見つける。

 三メートルもある巨躯で小さな木をへし折りながら走ってくるその生き物に少女たちとソフィア、アレクが小さく悲鳴を漏らした。


 ――が、昴からすればこんな化け物はもう怖くもなんともない。


 かつて音速で命を刈り取りにやってきた猿や、初めて体に異変が起こさせたグリーンイーターに比べればどうと言うことは無いのだから……。


「プラウダ、変なことで時間を取られるのはごめんだ。俺が一瞬だけ時間を稼ぐからその間に殺ってくれ」


 告げると彼女の返事も聞かず上着を脱ぎ捨て近くに居たソフィアを突き飛ばす。


 ソフィアが安全圏まで離れたのを確認すると、突撃してきたレオークベルベルクと言う名の虎に昴は自らの身をささげる。

 レオークベルベルクが大きく口を開き獰猛な牙で昴の胴体に噛みつく。

 肉を裂き、骨を砕かれる。

 内臓を奪い取られ血液が不足する。


 四肢が痙攣して意識が途切れる。


 その最後、視界の端でプラウダがレオークベルベルクの首を一刀両断にしたのを確認すると昴は死んだ。


 生き返ったとき、昴は泣きながらソフィアに頬を叩かれた。

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