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不死なる少年は、その屍を越えさせない。  作者: 赤月ヤモリ
第零章 ―洞窟の絶望―
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第1話 『クラスメイト』


 それは腹もふくれ夢に足を突っ込んで聞いていた午後の古典の授業。

 風通しのいい席で昴は睡魔に襲われていた。


 ところが、次の瞬間。

 視界を閃光が覆い尽くす。

 床を見て見るとそこには大きな魔方陣(、、、)が描かれており、それが発光していた。


 周りに目をやると他のクラスメイト達も驚き、魔方陣の外にいる古典の教師に手を伸ばそうとしている。

 しかし、世界から隔絶されるように視界がボヤケ、その手は虚しくも空を切った。


 洗濯機で回される洗濯物になった気分で世界がぐちゃぐちゃになって行き……。


 昴は気が付けば、広い夜の草原に立っていた。


 視線を巡らせると数十人の人……同じ学校の制服を着た生徒が見受けられる。

 というかクラスメイトだ。

 数えると三十九人、つまり昴合わせて四十人のクラスメイトすべてが今この場所にいた。


 皆、不安を抱いたり、混乱していたり、ただただ呆然と立ち尽くしていたりとそれぞれで、そんな中、昴同様現状を把握しようと努力している人間はたったの二人しか見受けられない。


 うちの一人である少年に、一人の女生徒が近づいて声を掛けた。

 掛けられた少年――五月雨(さみだれ)大樹だいきはいつもの爽やかな笑顔はどこえやら。

 目を見開き困惑の表情を浮かべていた。

 

 彼に声を掛けた女生徒は瞳を潤ませ、怯えたように、まるで最後の希望のように大樹にすがる。

 成瀬(なるせ)陽菜ひな

 少女は美しい表情を歪め、恐怖が現れた表情をしている。


 陽菜は大樹へと近づき、彼の服の裾をキュッと掴んで見上げると恐怖と不安に震える唇を動かしか細い声を漏らした。


「大樹ぃ……ここどこよぉー……」


 五月雨大樹はクラスのまとめ役としても良く機能している。

 彼が成瀬陽菜に頼られると言うのはまさに至極当然のことだろう。


「――……あ。――ッ! 大丈夫だ! 俺が何とかする!」


 しかしそんな完璧な彼でも思わず言い淀んだのは彼自体未だ混乱が無くなったわけではないからだと判る。


 だからと言って自分が弱気になってはいけない。

 五月雨大樹と言う人間は自分で自分が他人から信頼を置かれているときちんと自覚し、その上で重圧に耐え、頑張ろうとする男なのだ。

 昴はそんな彼を勇ましいと思った。


 しかし、昴が評価するのはあくまで五月雨大樹一人である。

 あれよあれよと言う間に彼の周囲に群がるクラスのリア充どもにはイラつきしか覚えない。


「チッこんな時まで群らがるなよ」


 ――いや、こんな時だからこそ群がるのか?


 どうであれ非リアの自分にはわからないと結論付けると、現状について誰かと相談が必要だと思い、昴は一人で突っ立っている友人の下へと向かう。


 この状況で現状把握に努めていた生徒のもう一人である。


 席が最初隣で、それから席替えをしても変わらない故自然と仲良くなった男子生徒、(みかど)伯太はくた

 こんな異常事態に対してもいつもと同じ無表情で周囲に視線をくべる姿はまるでアニメの主人公を彷彿とさせる。

 いや、彼自体アニオタなのでもしかすれば真似ているだけなのかもしれないが……。


 とにかく、彼ならばこの状況でも冷静にものを判断し最適な行動を教えてくれるだろう。

 そう考えての行動であった。


 そのころにはほかの生徒も仲良しグループと近付きはじめ、そんな中正反対の位置にいた伯太の下へ向かう昴と伯太のみが一人でいた。


 顎に手を当て考え込む彼は動いて誰かと会話するつもりはないのだろう。

 まったく協調性のない奴だと心の中で罵った。


 と、その時……。


 夜に包まれていた世界が一気に明るく光が弾ける。

 昼のような明るさではなく夜に大きな光源を設置したような、野球のナイターゲームのような、そんな明るさだ。


 光源の位置は昴の視界に映らない、つまりは背後にあった。


 バッと振り返るとそこには大きな大きな白い女性がいた。


 五メートルはあるかと思われる身長に、一枚の布で器用に局部だけを隠した服装。

 しかし晒されている素肌のところは酷く扇情的で、男子高校生の目には毒だ。

 絹のようなその肌は真っ白でとても美しい。


 優しく微笑み、しかしどこか申し訳なさそうな表情で彼女は昴達を見下ろしていた。


 明かりの原因はこの女性の神々しいオーラの様な物の光であった。


 あまりの美しさに昴が見惚れていると、ふと横合いから声がかかる。


「あ、あなたはっ、あなたは誰ですかっ!?」


 それは大樹の物だ。

 焦りと、それでいて喜びを浮かばせるその表情からは、彼の心境が色濃くうかがえる。


 訳の判らない状況で、追い打ちをかけるように現れたその女性を警戒する気持ち。

 しかし、意思疎通ができると思われる存在に安堵する気持ち。

 その二つがごちゃ混ぜになっているのだろう。


『私は、女神ギフト。あなたたちは一人の天才魔法使いによって元居た世界とは別の世界に勇者として召喚されてしまいました。その世界では現在戦争が起こりその兵器として使われてしまうのです……』


 自称女神は悲しそうに話し出す。

 そもそも、そんな話だれが信じると言うのだろうか。


 確かに今現在教室から気が付いたら草原だったと言う現実味のない現象に遭遇しているが、だと言うのにいきなり異世界とか兵器として使われるとか言われても信じられるわけがない。

 と言うか信用する理由が無い。


 今この女神は昴達の目の前にいきなり現れただけの存在だ。

 そんな奴の話をいきなり信用しろと言うのはいささか酷な話である。


 だが、そんなことを思うのは昴だけ。


 皆から熱い信頼を寄せられている大樹は違った。

 不安に震える心を鼓舞させ、グッと拳を握り締めると女神に向かってがなる。


「どうして、どうして僕たちなんですか!? 兵器っていったいなんのことですか!? 僕たちはただの高校生ですよ!?」


 彼は話を信じ、その上で疑問を投げかけていた。


 話しこそ信じてはいなかったが、最も彼女を信じられない理由である『なぜ、自分たちなのか』という事について聞いてくれたので特に口を挟むようなことはしない。


 そう、なぜ自分たちなのか。

 昴が最も彼女を疑うのはそこである。


 自分たちは何の変哲もない高校生で、どこにでもいる高校生で、故にこんなわけのわからないことに巻き込まれる道理が存在しない。


『……召喚主は、あなた方でなくとも別によかったのです』


 言い辛そうに昴たちから目を背け、吐き捨てるように零したその言葉は彼女がどれほど僕たちに対して申し訳ないと思っているかがよく伝わった。


 ――確かに言い辛かっただろう。


 誰でもよかったなど、言われてうれしい人間などまず居らず、それでいて相手を完全に見下しているという事だからだ。

 昴たちの怒りを買うことはわかり切っていただろうにそれでも告げたのだから、昴の中での女神の好感度が少しだけ上がった。


 しかし、昴の好感度こそ上がったが他がそうとは限らない。

 昴同様に事を理解した数名以外はキッと女神を睨んで、その筆頭として大樹が声を荒げた。


「だ、誰でもよかった!?」


『ええ、召喚主が使用した魔法は、適当に勇者を見つけ加護を与えると言う術式。つまりは誰でもよく、その人たちがここで私から加護を授けらればそれでいいと言うこと。召喚主が兵器としてほしがっている『物』の本質とはおそらくこの加護のことなのでしょうね……』


 加護が兵器とはこれいかに。

 なんて思ったが沈痛に、悲しげに目を伏せて話した彼女にこの皮肉を言うことなど昴にはできなかった。


 そして、そんなことより、昴は召喚と聞いた時からうすうす予想はしていたが魔法と言う言葉が出てきたことに少し驚き、それと同時に胸が躍っていた。


 『魔法の存在』それ自体は嬉しかったが、あること前提で話を進めるのは止めてほしいと心の中で愚痴った。


「これから僕たちはどうなるんですか!?」


 叫ぶのは相も変わらず大樹。

 と言うか彼の周りを囲む生徒たちはまったく話を理解していなさそうだ。

 しかし、それは仕方のないこと。


 状況判断能力にたける大樹や伯太。

 オタクである昴やその他のオタク以外、つまり一般人には魔法や召喚など何の事だかちんぷんかんぷんであり、その頭の中には青春と恋愛の文字しか入っていないのだから。


 だが、そんな彼らをほったらかしにして話は進む。


『加護を私が与えれば今すぐにでも召喚主のところへ行くと言う術式になっています』


 ふむふむとその話を吟味したうえで昴はこの召喚について考えた。


 戦争中の国、兵器として使える神のご加護を持つ勇者の存在、すぐにでも召喚主の下へと行く術式。

 なるほど、つまりは……。


「チート持った状態で召喚した一国に加担し戦場をヒャッハーしながら駆け抜けろ、ってことでいいかしら?」


 まったく同じ考えを述べたのは大樹ではなく今の話をきちんと理解し続けたオタク知識の持ち主、一之瀬(いちのせ)花火(はなび)と言う女生徒だ。


 昴とは幼稚園からの幼馴染である。


 だからと言って家が隣とかそう言ったエロゲー的なことは無い。

 小学校の頃仲良くしていたせいで互いの両親の事は知っているが……。

 まあ、ある事情があり今となっては消し去りたい黒歴史と言うやつである。


「チッ、腐ってもオタサーの姫ってことか? ウゼぇ……」


 小声で愚痴を漏らした。


 そう彼女――一之瀬花火はオタサーの姫状態である。

 周りに男子を侍らせ媚び諂ってモテモテ気分を味わっていて、昴は嫌いなのだ。


 昔はそんなことは無かったのだが中学に入って昴がアニメなどに興味を持ちだしてから彼女も同時にドハマリしとんとん拍子にオタサーの姫へ。


 見てくれが良いせいか昴程彼女を毛嫌いする女生徒は居ないが、オタクとはいえ常に男子生徒を侍らせている彼女は学校では浮いた存在となっているのは否定できない。


 今だって数人の男子に囲まれているし……うん、オタサーの姫だ。


『チート……まあ、そう言って差し支えは無いでしょう。ですが、あなたたちは戦場に送り出される兵器となるのです。身の危険、仲間の死、そのほか最悪の事態があなた方を襲うかもしれません。――ですが、私はあなた方を元の世界には戻せない。神とはそう言う存在です。故にそれなりのご加護を、あなた方に……』


 白い指を胸の前で絡めると彼女は祈るように頭を下げる。

 すると昴の眼前のやや日焼けされた古めかしい一枚の紙が出現した。

 どういう原理か空中で停止するその紙に驚きつつ、しかしそこに書かれている内容にゆっくりと目を通す。

 紙には短く、


《あなたには、癒しの加護を。》


 と、書かれている。


 意味の判らない文章に戸惑っていると、くるくるっと紙が一人でに筒状になり昴の胸部に溶け込むようにゆっくりと沈んでいった。

 慌てて制服をはだけさせ確認してみるがそこには何の跡も無い。

 筒が埋め込まれた後も、何もだ。

 クラスメイト達も胸元を擦ったり、服の中を見ているので昴同様に紙が胸部に溶け込んだのだろう。


 なんなのかわからない不気味さはある物のこれがアニメとかでよくあるチートを与えられた瞬間だという事は分かった。


『それが、あなた方に与えられた力。人外の力。それぞれが違う力を持ち、そして戦わなくてはならない。戦争が無い国で育った若人たちよ。何もできない神を許したまえ……』


 目を伏せ、指を絡めたまま謝罪の言葉を述べた女神。

 ふと、彼女とは別方向から強い光の柱が星が煌めく天空まで伸びた。

 雷が地面から打ちあがったような錯覚に堕ちいる。

 何度も目を瞬かせながら光の発生源を見ると、そこは五月雨大樹他約半数の生徒が集っていたあたりだ。

 そして光の発生源に彼らの姿を確認することはできない。


『安心しなさい若人たちよ。あの光の(たもと)まで御行きなさい。さすれば先に向かった彼らのようにこの空間から消え……そして行き着いた場所は召喚主が居る異世界です』


 その言葉を聞くなり伯太はさっさと光へと向かい眩い光の柱の中に……その影が揺らいだかと思うと掻き消える。

 彼の事だ。この状況を観察し吟味して、その結果動かないことには何も得られないという結論に至ったのだろう。

 だからと言って置いて行くこともないのに……。


 不貞腐れたように唇を尖らせて見せる昴。

 と、その時、昴は視線に気が付いた。


 クラスメイトのほとんどがすでに光の柱の中に消える中、男を侍らせ逆ハーレム状態の昴の幼馴染の少女は昴を一度その視界におさめると口元を綻ばせ優しく微笑みかけた。

 しかし、そんなものを向けられても昴の表情は困惑に染まるだけである。


 彼女の行動の意味を理解しようと思考を開始させようとする。

 が、取り巻きの男子生徒たちが花火の視線を辿り昴の存在を見つけた。

 一人が何かを言いたげに口を開くが、


「さ、行きましょう」


 踵を返し光の柱へと一歩近づき放ったその言葉に重ねられ開かれたまま何も発することはせずそのまま花火に倣い踵を返して立ち去った。

 花火たちが何を伝えたかったのか。

 聞くことの叶わなかった昴にそれはわからないことであったが、特に気にすることなく昴は光の袂へと足を動かし始めた。


 と、そのとき。


 ゴンッと言う音と共に昴は額に鈍痛を感じる。

 わずかに熱を持ち始めた額を右手で軽くてで撫でながら、左手を前方へと伸ばす。

 そこには透明な壁が存在していた。

 横に移動してもその確かな感触は途絶えるところを知らない。


「……は?」


「ちょっ、え?」


 昴が疑問に声を漏らしたと同時に、同じように声が聞こえてきた。

 互いが互いに今気が付いたとばかりに瞳を見開き驚きの表情を見せる。


 昴と同じように壁にぶつかって慌てふためいていたのは髪の毛を校則違反の茶髪に染めた一人のクラスメイトだ。

 耳には数個のピアスを付けて先生を困らせる少女――藤塚沙耶は額を擦る昴をじっと見つめる。


「あー、えっと……藤塚さん、だよね? 初めて話すけど」


「――黙れオタク。ったく、先に進めないって……いったいどうなってんだよ」


 頭を掻き毟りながら「はぁ」と溜息を漏らす彼女は、突然の日常の変化に苛立っているように見える。

 いや、実際苛立っているのだろう。

 困惑よりも先に苛立ちが沸き起こり、その上他の人たちの下へ行けないことにさらにストレスが溜まっていると言ったところか。


 昴の中では藤塚沙耶は不良と位置づけられているので彼女の一挙手一投足に身構えざるを得ない。

 びくびくと生まれたての小鹿のように震えていると、ふと光が近付いて頭上から声が掛けられる。


『えっと、ちょっとそろそろいいですか?』


 それは女神ギフトであった。


「あっ、女神ギフト……。そうだ! あの女神様! 俺達こっから先に行けないんだけどどうなってるんですか?」


 眩いオーラを放つ女神は昴の質問を受けるとわずかに口元に弧を描き、しかしながらどこか悲しげに昴たちを見つめる。


『あなた方は世界を救う使命に偶然選ばれました。世界を救うまでのその道のりは勇者より危険で、数多くの絶望が巻き起こり、そして辛く苦しい運命にあります。それでも、私はあなたたちが偶然選ばれたことが、偶然ではなく運命と信じます』


 女神ギフトの言葉に昴も藤塚も困惑の色を浮かべる。


「……ただでさえわけわかんねぇのにこれ以上ややこしくするな! 大体何が世界を救う使命だよ。偶然選ばれた? ハッふざけんじゃねえ! 勝手に決めてんじゃねえぞッ!!」


 まさしく怒り心頭、と言った表情で叫んだのは藤塚だ。

 歯を食いしばり所謂『メンチ切ってる』と言う物を女神に向けていた。


「そうですよ! ど、どういう事ですか? 何で俺と藤塚が……と言うか勇者より危険? 何で? なにがどういう事ですか? ちゃんと説明してください!」


 昴と藤塚の絶叫に、


『申し訳ありません。それはできません。なぜなら私は何も知らないからです。これから起こることはなんなのか私にも未来は見通せない。でも、あなた方は苦しい運命にあるという事だけは確かです』


 女神は一呼吸置くと、先ほどと同じように胸の前で指を絡み合わせて祈るように瞑目し、ゆっくりと開く。

 そっと、優しく囁くように彼女は口を動かし言葉を発する。


『どうか、異世界を、あなた方とは無関係の世界を救ってください……勇者様』


 次の瞬間、昴と藤塚の頭上から黒い光が雪崩のように落下し、二人の姿を飲み込んでしまう。

 苦しくもなんともないその光の中で昴はただただ、目を瞑る。


 二人は――少年、福津昴と少女、藤塚沙耶は異世界に二人ぼっちになった。

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