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料理は危ない!

 



 ◆




「どうしてここにいるんですか?」


「? 今日はお休みをいただいたので」


「答えになってないですよ!」

 だから、何もおかしくない顔をしないで。


 冒頭からなんのことだかわからないだろう。

 簡潔に状況を説明すると、俺の住んでいる部屋になぜか雛菊先輩の専属メイド、甘味さんが上がり込んでいるということなのだ。


「九月も中旬とはいえまだまだ残暑ですよ? 休暇というのなら尚更。なんで長袖ロングスカートのメイド服をあなたは着てるんですか……」

 そもそもこの恰好をしているからこそ、虚を突かれみすみす部屋への侵入を許してしまった部分が大きい。

 考えてもみてほしい。

 一人暮らしをしているアパートの一室に急にメイドが訪ねてきたら。

 そりゃ、思考も止まるというものだ。


「露出をもっと増やせとのことでしょうか?」

 甘味さんは俺の抗議に対して素っ頓狂な答えを出してきた。


「誤解を受けそうですけど趣旨は伝わったからいいか。でも、あと一歩足りない」


「全裸になれと?」


「一歩どころじゃねぇ!! 先を行かれた!!」

 普通に私服で来いって意味なんですけど。


「なるほど、そういうことでしたか。それならば………」

 そう言って甘味さんはおもむろに立ち上がった。


「あまり見ても楽しいものではないので、空馬様?」


「なんですか?」


「少しの間、後ろを向いていてはもらえませんか?」

 後ろ?

 なんのことだかわからないけれど、俺は言われた通りに後ろにあるクローゼットの扉の方を見るように座りなおす。


 シュル、シュルルル、シュル、シュッ。


 すると衣擦れのような音が聞こえてくる。

 一体、何をしてるんだ?

 体中の全神経を耳に集中していると、「もう大丈夫ですよ」と甘味さんが言うので俺は元の位置にまた座る。


「っ!?」


「どうでしょうか? これで空馬様の意に添えられていますか?」


「この十数秒で何をしたんです?!」

 簡単に言えば彼女の服がメイド服からファッション雑誌のモデルが着てそうなカジュアルな服装に変わっていたのだ。


「早着替えとかの次元じゃないですよ?! その服はどこから?、メイド服はどこへ?」

 ツッコミどころしかない。

 ロケット団かよ、この人……。

 脱いだ服すら見当たらないって。


「このくらいできて当然です。メイドですので」


「メイドってなんだろう?」

 これが解明できれば人類は大きな一歩を刻めるのではないだろうか。


「まぁ、もういいです。そろそろ本題に入りましょう」


「本題でございますか?」


「なぜ、あなたが俺の部屋に来たのかを教えてほしいんですよ」

 今日は学校があったが、先輩が今日は部活は休みだと言うので帰宅したのはいつもより早い。

 そんないつもと違う生活サイクルなのに甘味さんが俺が帰宅したのとほぼ同時に部屋に来たのは何かしらの思惑を感じるのだが。


「食事を作りに参りました」


「………え? 食事?」

 思わぬ目的でこれまた虚をつかれた。


「空馬様。差し出がましいこととは思いますが、あなた様の食生活には偏りが生じています。ワタクシはそれを正しに来たのでございます」


「質問です」


「どうぞ」


「なんで俺の食生活を把握しているのでしょうか?」


「メイドですので」


「………………」

 またそれかよ。

 どれだけ万能なんだよ、メイドという単語は。


「空馬様の現在の保護者は父方の祖父母様でしたよね。そのご実家は豪農の系譜であり、現代においても大きな力を持っているらしいですね」


「言うほど力なんてありませんよ。せいぜい普通より土地を多く持っているくらいですかね」

 なぜ、この人が俺の家系のことを詳らかに知っているかを聞くのはもう今更なんだろうなぁ。


「しかし、一般家庭よりも裕福な援助を受けているのは確かでございます」


「と言ってもこんな六畳間に住んでいますけどね」

 援助してくれているのには感謝しているが、遠慮もしてるというのが一番の理由だ。

 それでも最低限の物は揃えてもらったけれど。


「節制するのは良いことだと思います。……が、食事に関してはもっと気を遣っていただきたいものですよ」


「そんなに乱れてますかね、俺の食生活って」


「あなた様の一日の食事は朝は食べませんし、昼は学校があればパン、なければ夕飯ともにカップ麺だけというのは明らかに乱れておいでです。あなた様を調べていくにつれて心配になってきたくらいなのですから」


「言い訳をさせてください」


「どうぞ」


「さっき話した実家で俺は半年前までの四年間、おばあちゃんが作ってくれる家庭料理だけを食べてきました。外食も一切なく。やはり農家というだけあってどの料理もおいしいものです、おいしいんですが、ここで問題が発生です。いざ高校生になって一人暮らしを始めて自炊をしなくちゃいけないとき、俺は気づきました。俺、料理できねぇ……って」


「………………」


「あとはご存知の通りです、はい」


「料理をしたことはございますか?」


「あ、あるにはあります! ……けど、俺が食材を扱うとどうにも、うまくいかなくて………」

 苦手なことは料理だと履歴書に書けるぐらいの腕前だ。

 どうにも不器用で、包丁を扱えないわ火加減のセンスもないわ、お湯を沸かすのだって苦労したぐらいだ。


「なるほど……では、こうしてワタクシがここに来た甲斐もあったということですね」


「ごはんを作ってくれるんですか? それは楽しみですけど、言う必要はもはやないと思いますが俺の家に食材なんてありませんからね。台所にある冷蔵庫はただのインテリアですからね?」


「冷凍・冷蔵保存ができるインテリアですか。それは便利ですね」

 やべぇ、この人全然ツッコんでくれない……。


「心配はご無用でございます、空馬様。すでに材料は用意してございます」


「そんな馬鹿な。甘味さんって何もカバンとか持ってきてなかったじゃないですか」


「今晩は和食にしましょう。空馬様の偏った栄養バランスを綺麗に整えて差し上げます」


「だから材料が……」


「空馬様、台所のインテリアをお開けください」


「? 冷蔵庫を?」

 俺は言われた通り、甘味さんを居間に残し台所に向かう。

 台所とは言ってもただの玄関に続く廊下だが。


「なに?!」

 本日何度目の驚愕かわからない。

 冷蔵庫を開けて俺は戦慄する。


「なんで覚えのない卵に野菜に肉に魚が入っているんだ!!?」


「勝手ながらワタクシが使わせていただきました。あ、玉ねぎやじゃがいもなど常温暗所での保存が必要なものはその隣の棚に置かせていただいております」


「ホント勝手だよ! 勝手だけど……何よりも! いつの間に!?」


「メイド、ですので」


「メイドぉおおおおおお!!」

 これだけの食材も、そして今着ている服も、着ていた服も、どこで管理してんだよこの人!

 手ぶらなのに、手ぶらなはずなのに……!


「お、落ち着け……甘味さんは魔法使いなんだ………だったら何の不思議もないじゃないか」


「混乱されているところ申し訳ありませんが、ワタクシはメイドですので……」


「ああ、わかってます。魔法使メイドいですよね、はいはい」

 俺はこの人が何をしようともうなにも驚かないと誓う。

 スルーしてやろうじゃないか……なんとしても………っ!


「それにしてもちょっと材料多くないですか? 一食の食事にしては………」


「今晩だけの材料ではありませんので」


「え?」


「これからの空馬様の食事のすべてをワタクシに委ねてはもらえないでしょうか?」


「こ、これからって……」


「無期限でございます」


「むきげっ………、それはさすがに申し訳ないというか、そこまでお世話になるわけにも……」


「遠慮は無用。なぜならワタクシと空馬様はメル友ではありませんか」

 え? またこの人、そんな単語ですべてを納得させようとしてるのか?


「それにすでに食材は用意してますので、少なくともこれらを消費するまではご辛抱していただけませんか?」


「………………」


「………………」


「………いや、用意したのはあなたですよね? 持って帰れますよね?」


「!? ………ワタクシはメイドではありますがこれだけの物を持ち帰るのは不可能でございます」


「いやいや、だから持ってきたのは………」


「駄目で、ございますか……?」


「う……」

 ここにきて上目遣いでお願いしてきた。

 正直、かなり心にグッときた。

 本来であれば俺がお願いする立場のはずなのだが、なぜこんなにも俺の食事の管理をしようと必死なんだろう。

 メル友だからか?


「わ、わかりました。ここにある食材を使い切るまで、すみませんが俺のご飯をお願いできますか?」


「かしこまりました」

 最後の上目遣いも上目遣いで彼女のカードのひとつだったのだろう、さっきまで懇願してたというのにこっちが了承した途端に普段の淡々とした調子に戻ってしまった。


「それじゃあ―――――」

 さっそくということで今晩のメニューを甘味さんに聞こうとしたそのときだった。


 ピピーッ、ピピーッ


 と、電子音が鳴り響いた。


「甘味さん、これは………?」


「お米が炊けたようですね」

 だから、いつの間に……。

 どうやらこの人にとって俺を説得するのはやる前からもうできると確信しているようだ。

 なんだかもう何をやっても彼女には敵わないなと思い知った瞬間だった。


 準備がいいですね、と俺が呆れ交じりに褒めたとしても彼女はきっと、


「メイドですので」


 と、いつものように特に誇らしげもせず、踏ん反り返るわけでもなく、ただ短くそう答えるだろうことはいくら俺でも予想ができた。




 ◆





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