ぼっちは危ない!
◆
夏真っ盛り!
夏休みも半分を過ぎた頃。
俺は先月できた後輩候補、実々花とともに普段は行かない街に繰り出していた。
「あのぉ、くー先輩。あまりわたしから離れないでくださいぃ……。こんな人ごみで一人になるとわたし死んじゃいます……」
「え? ……ああ、ごめんな。でもお前って俺の隣を歩かないから、ペースがよくわかんないんだよ」
「それなら服の裾を握ってますからぁ、どうかぁ、置いてかないでぇ……」
服なんて掴まれたら生地が伸びちゃうだろ……とか言いたいが冗談じゃなく本格的に弱っているので今回ばかりは許してやろう。
「いや、そんなにぴったり体がくっついていると暑く苦しいだろうが」
「………………」
下手をすれば俺の背中に顔を埋めている。
しかし、本気で震えているのでそれ以上引きはがそうとは思えなくなった。
時折、周りから好奇な目で見られているが彼女は俺の背中だけを見ているはずなので当然それに気づかない。
他ならぬ彼女の行動で注目を集めているんだが……。
「はぁ……」
俺はもう何もかもを諦めて、何もかもを我慢することにした。
「ほら、あそこにアイスクリーム屋があるから。あれ買ってどこかで休憩するか?」
「は、はい……、お気遣いありがとうございます」
初対面こそ厚顔不遜であったが、通常モードの実々花は普通に礼儀正しい子なのだ。
だから憎めないってこともある。
「えー、バニラと……お前は何がいい?」
「し、シークワーサーで……」
「お前……珍しいもの頼むんだな」
「なんかカッコよくないですか? シークワーサーって」
「名前で決めるなよ……」
実物はただの柑橘類だってのに。
お店の人からオーソドックスなバニラと期間限定のシークワーサー味のソフトクリームを受け取り、木陰がある近場のベンチに腰掛けた。
「んん! ライムみたいな味がしますね!」
「……食べたことなかったんだな、シークワーサー」
そんなんで口に合わなかったらどうするつもりだったんだ。
「くー先輩も一口どうですか?」
「……いいのか?」
「ふぇ? なにがですか?」
「いや、お前がいいならいいんだが……」
実々花が差し出した見た目はバニラと変わらないものを頬張った。
確かに後味すっきりで夏場は最高だが、なんだか悪いことした気分になりちょっぴり後悔した。
「先輩のもください!」
「……だから、いいのか?」
「だから、なにがですか?」
「いや、もういいや。俺はもう気にしない。ほら、口開けて」
もう今日のくー先輩は諦めモードだ。
なんでも我慢しようじゃないか。
「というかお前って人混みもダメなんだな」
「伊達にぼっちを極めていませんからね」
「極めたら弱くなるとはこれ如何に」
「RPGで言うなら、職業:ぼっち
スキル:妄想
弱点:人間 ですかね」
「勇者パーティーには絶対入れないよな、それ」
「やっぱり対人能力がないとダメですよね……」
「ぼっちだからだよ!」
誰かと旅に出た時点でもうそいつは一人ぼっちじゃねぇよ。
「ぼっちを極めてるって言うならそれは雛菊先輩と一緒だけどな」
「え!? あのヒナ先輩がですか?」
「そう。成績優秀、容姿端麗、家柄確実の完璧お嬢様であるあの先輩は実はお前と同じぼっちなんだよ」
「………いじめ、られているんですか?」
そう思うってことはこの子はいじめられているんだろうな。
所詮は俺たちは赤の他人。
どうすることもできないってことがこんなに歯痒いとは思わなかった。
「そうじゃないよ。あの人が自らそうしているんだ。俺と先輩が初めて会ったとき先輩は言った」
"友達なんていらないわ。あんな醜いもの"
「笑って言っていたんだよ、あの人は。悲しいとか寂しいとかそんな感情は見えなかった。ただの日常会話みたいに口にしたんだよ」
「………くー先輩はそれがなぜかは?」
「知らない」
聞き出せるはずもない。
俺たちは赤の他人。
ただ部室で話ができれば俺はそれでいい。
それでいい。
はずだったんだけどなぁ。
「笑って言ったというところをわたしは信じておきます。ヒナ先輩がさしあたって苦しんでいないというのなら、今はそれで良いです」
「………そっか」
まぁ、この子はまずは高校受験だ。
俺たちの学校に受かってもらわなければ支えになれない。
それは困る。
「ちゃんと俺が出した宿題はやってんの?」
夏休みの期間は俺がこの子の勉強を見てやっている。
おかげでこんなに仲良くなったのだが。
この子の勉強嫌いにはほとほと参っているのが現状だ。
「………う、もちろんですよ」
「今一瞬、狼狽えたな?」
「そ、そんなことないです! わたしはポーカーフェイスで"あっちの"世界では有名なんです! 『変わらぬ静寂』とはわたしのことですぅ!」
「急に中二設定を出してくるな。最近わかったけど、現実逃避するときにそういうこと口に出すよな、お前」
辛い現実から身を守るための防衛術といったところか。
だから止めさせるのは諦めて今ではもう受け入れている。
勉強しているとしょっちゅうだし。
「勉強をすると……学校を思い出してイヤ、なんですよぉ………」
「涙出てくるからやめて? そういうの」
もう学校に乗り込んでやろうかな。
「……おっと、ちょっとゆっくりし過ぎたかな。約束の時間まであと少しだ」
「ここからヒナ先輩の家まであとどれくらいなんです?」
「そうだなぁ、こっから見えてもいいはずなんだよなぁ。なにせ先輩の家って超高層マンションらしいから………、おっ、あれかな?」
アイスを食べ終えた俺らは目的地に向かって、クソ暑い中、遥々ここまでやってきた。
というのも昨日、いつもみたいに実々花と図書館で勉強していると先輩から珍しく連絡があったのだ。
曰く、
"暇だから私の家に来なさい"、と。
「くー先輩、手を繋いでもいいですか?」
「ん? 後ろに隠れなくてもいいのか?」
「先輩のおかげでだいぶ慣れてきました……、少しだけ頑張ってみます」
頑張るのはいいことだ。
俺は右手を彼女に差し出し、それをギュッと握られた。
あ、メチャクチャ自然な感じで手を繋いだけど、女の子とこういうことするのって初めてだ……。
さっきの食べさせ合いっこといい、この子はあまりそういうのを気にしないのか。
「あれ? くー先輩、なんだか顔が赤くないですか?」
「へ?! ああ、気のせいだよ気のせい。いや、あの、ほら、今日も暑いからさ、そのせいだよ、きっと、うん!」
「?」
そんなこんなで雛菊先輩の家に到着した。
いやしかし、家というかなんというか。
俺ら一般人からしたらもはや塔と表現した方がいいかもしれない。
タワーマンション。
言い得て妙だ。
「「………………」」
二人して棒立ちだ。
圧巻。
改めて住む世界が違うと思い知らされる。
「……と、とりあえず中に入ってみるか」
「………………」
年上の男として先導しなければという思いで、なけなしの勇気を振り絞る。
にもかかわらず実々花はただ黙って俺の腕に抱き着く。
街中を歩くだけで衰弱した彼女にしては頑張った方だろう。
俺もそんな彼女の行動に意識してやれるほどの余裕はこのときなかったわけだが。
「うわぁ、なんかホテルみたいだ」
エントランスはいくつもの観葉植物やわけのわからない像があったり、話し合いができそうなソファーや座椅子とか、もうなんか色々高級感溢れてて俺たちの場違い感は止まるところを知らない。
なんとか受付(この方もきっちりしている)の方へと向かい先輩に会いに来た旨を伝える。
なぜ、こうも部活の先輩の家に行くだけでこんなにも疲れなければならないんだよ。
なんか緊張を通り越して怒りが込みあがる頃。
エレベーターが音を鳴らして扉が開く。
「あら、よく来たわね、くーくん、ミミちゃん」
「せ、先輩ぃ……」
先輩の顔を見た瞬間、憤りよりも安心感の方が勝ってしまった。
「こんなところではなんだから、さっそく私の部屋に行きましょうか」
「それは良いんですけど……」
俺の腕にもはや引っ付いている物を見せる。
「あら、ミミちゃんったら目を開けたまま気絶してるわ。……ふふっ、かわいい」
「どんな愛で方しるんですか、早く休ませてやりましょう」
「じゃあくーくんが運んで頂戴。ほら手伝ってあげるから」
先輩と協力して何とか実々花をおんぶすることに成功。
このままエレベーターに乗り込んだ。
「ごめんなさいね、遠くまで足を運ばせて。迎えを出しておけばよかったわ」
「ホントですよ……」
まぁ、背中のこの子を街慣れさせるいい機会だったが。
「それにしても随分仲良くなっているじゃない。……まるで、兄妹みたいね」
「この子にとって良いお兄ちゃんかどうかは議論の余地がありますけど」
「今度試し"お兄ちゃん"って呼ばせてみたら?」
「いや、それは……」
「アイスを食べさせ合いっこするのに、抵抗があるの?」
「なんで知っているんですか!?」
「ふふん。なぜかしらね」
謎めかした……。
◆