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空想は危ない!

 



 ◆




「今日はオープンスクールですけど、………誰も来ませんね」


「来なくてもいいわ。こんな暑い日に学校にいなきゃいけないんだからいい迷惑よ」


「でもこの部室、エアコンが効いてて快適じゃないですか?」


「私は極力外には出たくないのよ。夏限定で」


「………左様ですか」


 今日は一学期の終業式の次の日。

 つまりは夏休みになっているのだが、冒頭で俺が言っている通り本日は我が校のオープンスクールだ。

 その企画のひとつに部活動体験というものがあり、今頃どこの部活も未来の部員獲得に必死になっているはずだ。

 ちなみにこの催しはすべての部活動は参加の義務がある。

 もう一度言う、義務がある。

 たとえ大層なご令嬢である雛菊先輩もその責から逃げることはできなかった。

 だからちょっと機嫌が悪い。


「ここまで誰一人として部室のドアを叩く人は現れませんけど……、良いんですか? このままだと来年は部員が増えないかもしれないですよ?」


「部員が来なければ水増しすればいいでしょう?」

 またマリーが出てきた。


「確かにそれだと廃部は免れるでしょうけどね。先輩が卒業してからは無理でしょ?」


「それはそうね」


「でしょう?」


「でも、それがなに?」


「えっ」

 予想外の答えだった。


「この部は私が私の親が出した条件のためにつくったのよ。それなのに私がいないのに存続しているのはおかしくない?」


「それは……そうです、けど」


「そもそもこの部活には目的がない。それなのに入部してくれる人は果たしているのかしらね」

 確かにそうだ。

 この部が『何部?』と訊かれても答えることはできない。

 俺はただここに来れば、先輩と話せるから来ているようなものだ。

 それが先輩が卒業していなくなればどうだろう。

 俺がこの快適な部室に来る意義はあるのだろうか?


「それでも―――――」

 俺が悪あがきにも何のプランもなく反論しようとしたその時。

 部室のドアが開いた。


「失礼する、我が同胞よ。我をもてなしてもらおう!」


 ともすれば言い争いになりそうだった俺と先輩はこのときばかりは息を揃え、声を合わせこう言った。


「「…………誰?」」



 ◇



「この姿での我の名称はミミカである。禁断の実が重なり、禍が生じると書いて々(み)である。貴様たちには特別にこの名を使うことを許す」


「「………………」」


 とりあえず椅子に座らせ、自販機で買ったジュースを与え、言われた通りもてなしてみたが。

 わけの分からなさが進展していく。

 混乱の極みだ。

 ともかくこちらからのアプローチを試みよう。


「えー、じゃあ、実々禍ちゃん?」


「なんだと?」

 あれ?

 見た目は普通の小柄な女子中学生だから"ちゃん"付けしてみたけど不味かった……のか?

 やはり見知らぬ男にいきなり名前を呼ばれたくなかったか。

 こんなときなのに先輩はじっとおかしな彼女を観察して助け船を出してくれない。


「おっと、そうだ。ここは貴様らの領域ステージだったな……。ふんっ、へいぜいであれば許しがたき行為だが、今は目を瞑っておくとしよう」


「……あ、ありがとう」

 言っていることはわからないが、許されたんだよな? 俺。


「改めて。実々禍ちゃんはなんでここに来たんだ?」


「ふふっ、わかりきったことを……。愉快なことだ」

 なぜだろう。

 この子と接していると背中がむず痒い感じがする。

 無性に逃げ出したい!


「この場に現れたのはなんとも魔が蔓延る気配がしたのでな……それで寄ったのだ」


「そ、そっすか……」

 あいたたた。

 痛い痛い痛い痛い。

 心が痛い!


「『魔が蔓延る』……そう、言ったわね」

 ここまで黙ったままの先輩がついに話し出す。


「ああ。確かに言った」


「なぜ、それがあなたにはわかるのかしら? 見たところ普通のセーラー服を着た女の子にしか見えないけど?」

 おやおや?

 先輩がこの中二病炸裂少女を煽りにかったぞ?

 まさかとは思うがこの先輩。


 楽しみだしたぞ!!


「あまり姿ばかりに惑わされてはいかんぞ? 今はこの幼気な少女の姿ではあるが、我の十三の力の中でも最強の能力ちから……『聖眼』と『邪眼』を持ってすればその程度些事でしかない」


「なるほど。右に聖なる力を、左に邪なる力を秘める『世界王』とはあなた様のことでしたか」


「………………」

 先輩まで何を言っているんだ……。

 本格的にこの中学生をからかいにきている。

 しかし、こんな急場しのぎで相手が納得するのだろうか。


「我が二つ名を知っておったとはな……」

 ノリやがった。


「『魔』とは私たちの存在を脅かす敵。少しでもその"気"を感じたのであれば、どうか御身のお力で打ち払ってください」


「えっ」

 うわ、急に素に戻ったぞこの子。


「う。うう、うむ。そうしたいのは山々だが、なにぶん我の力は強力故にな……行使すればたちまち貴様たちの魂までも消滅させかねない」


「なんと。私たちの身まで案じてくださるとは……!」

 ここで先輩から目配せがくる。

 どうやら俺も話に合わせろとのことらしい。


「し、しかし心配は無用。えーっと、俺たちは特殊な結界で守られているため……なんだっけ、あ、『世界王』様の力を存分に発揮してください」

 なんともグダグダだが、言ってみると案外楽しいかもしれない。


「ふ、ふぇえ……」

 また素に戻った。

 今までの自信満々な表情とは違って、弱弱しく困ったように声を上げている。

 ここだけ見れば年相応だ。


「さぁ! 『世界王』! お力を!」


「えー、えとえと………、『聖眼』と『邪眼』の力は一日一回しか使えないから……ううぅ………」

 ほとんど素じゃないか。

 さっきまで厚顔不遜っぷりはどこに行ったんだよ。


「ならば残りの十一の能力を使えばいいじゃない」

 先輩がいつもの調子に戻った。

 ここらが潮時だと思ったのだろう。


「制約があって使えない設定なんです!!」


「設定って言っちゃった!!?」

 一番言っちゃいけないこと言っちゃったよこの子!!


「今まで生意気な口を利いてすみませんでした! わたしは今から"実々禍"ではなく"実々花"に戻ります!」


「な、なんだってー!!」

 これくらいリアクションしてあげないと、可哀想というものだ。



 ◇



 それから短な釈明を実々禍ちゃん……ではなく実々花ちゃんから為された。

 要約すればこうだ。


 彼女は人付き合いがよろしくない。(友達がいない)

 そして中二病患者。


 高校では失敗しないためにも、部活は見学をしようと決意。

 しかし人が多いのは苦手だ。


 部員が一番少ない部活を探す。

 それから俺と先輩がいる部室に辿り着く。


 人と接するのが恥ずかしくて内なる自分、実々禍を出してしまった。

 結果は知っての通り。


「極度の恥かしがり屋ってみんなこんなふうになるのね。勉強になるわ」


「いや先輩……この子が特殊ってだけですから」

 どんな解釈の仕方をしているんだ。


「わたし……もう、ここには来ません。入学も………しません」


「どうして?」


「こんなに……先輩に対して………無礼なことをしたん、だから………もう合わせる顔がありません」


「そんなに可愛い顔をしているのだから見せてもらわないと損した気分になるんだけど……、ね? くー君」


「確かにそうだよ。……そりゃあ初めは面食らったけれども、まぁ、今でも立ち直れていないけど……別に君に対して悪い印象を持ったわけじゃないからな。入学も入部も君の自由さ」


「私はあなたを気に入ったわよ? だから是非とも入学も入部をしてほしいけど……くー君の言う通り、それはあなたが決めることで私たちが強制できることではないわ」

 先輩が新しい部員を、というより彼女を欲しがったと言う方が合っているが、当初と比べれば心境の変化ではないか。

 実々花ちゃんはずっと下を向いていたが、先輩の言葉を聞いて顔を上げた。

 申し訳なさそうで、泣きそうで。

 でも確かに可愛らしい顔だった。


「わたし、ここに……いても、………いいんですか……?」


 必死に絞り出した声は、なるほど実々禍バージョンとは違ってなんともしおらしい。

 自分の居場所が今までなかったんだろうな。

 それに対する先輩の答えは聞かずとも俺には分かった。


「好きなだけいなさい。私が許可します」


 ついに零れ出す彼女の涙。

 その中身は間違いなく『嬉しさ』だった。


「先輩。これでこの部を残す理由ができちゃいましたね」


「最低でもこの子が寂しくならないようにするわ」

 実々花ちゃんにどんな過去……いや、現在進行形だろう、辛い思いをしているのかはわからない。

 しかし知ったところで俺たちにできることはないだろう。


 こうやって支えになってあげることしかできない―――。


「わたし……頑張ってこの高校に合格、します」


「おう、頑張りな」

 俺はもう後輩ができた気分で、彼女の頭を撫でる。


「頭悪いですけど」


「え……」

 その一言で手が止まった。


 ……支えになる以外にも勉強も教えてやれるさ。





 ◆





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