下着は危ない!
◆
「失礼しますよー、先輩」
俺は律儀にも部室に入るときは必ずノックをする。
俺も一応はこの部活の一員なのでその必要はないけど、どうしてかしてしまう。
おそらく、この部室のことをなんとなく先輩の所有物にみたいに考えているからだと思うが実質そうなんだろう。
色々と弱みを握っているみたいだし。
「………………」
なぜ俺がこんな説明をしているかと言うと、ちゃんと返事がしてからドアを開けているので今回の件に関して俺は悪くないということを言いたいのだ。
「くー君はえっちなんだ?」
「……不可抗力です。今起きている事態には俺に一切の責任はありません」
「くー君はえっちね」
「断定に変えないで」
これでも必死に冷静を装っている。
「というか早くその……それを、片づけてくださいよ………」
顔を背ける。
机の上に置いてある"それ"から。
しかし、抗いようのない欲望がその行動の邪魔をする。
「"それ"、ねぇ……。一体、くー君が何を指しているのか私にはわからないわね」
「"それ"ですよ、"それ"! わかるでしょう!」
わかりやすく指をさす。
努めて目に入れないようにしながら。
「わからない、わからない。くー君は何を片づけさせたいのかしら? 机? 椅子? それとも……わ・た・し?」
なんだよ、それ……新婚か何かかよ………。
もっと別のシチュエーションで先輩に言ってほしかった。
もちろん机椅子云々は変えて。
「ああ! もう! いいですよ! 観念しますよ! その机の上に無造作に置かれた下着をどうにかしてください!!」
「上と下どっちを?」
「どっちもだよ!!」
これ以上健全な男子高校生を刺激しないでくれ!!
「それじゃあ、着替えるから外に出てくれる?」
「へ?」
状況に追いつけないし、そんな状態のまま先輩に外へと追い出された。
五分後。
この時間、俺は悶々とした思いで過ごした。
「さぁ。もう入っていいわよ。追い出して悪かったわね」
「……ちゃんと説明してくれるんでしょうね?」
「うふふ」
途轍もなく意地の悪い笑顔を浮かべている。
俺の嫌な予感がすぐさま的中する。
「なんで今度は水着が置かれているんですか!!」
そう。
先輩の……下着が置いてあった場所に、これまた先輩の………水着が置かれていたのだ。
「なるほど………、こういう反応をするのね……」
「何を言ってるんです!?」
「いやいや、考察を少し……。そして、こういった方向からくー君をイジメるのは楽しいということをね」
「しみじみとしないで! 早く説明を!」
「まぁまぁ、落ち着いて。とりあえず座りましょう」
常識的に考えて俺の対応は正しいはずなのに、なぜにこうも窘められているんだろう。
納得いかない。
「……それで。水着があるのは今日は水泳の授業があったってことですよね?」
「そうね」
「そして下着の代わりにそれがあるってことはさっきまで着てたんですか?」
この際、俺も下着に関して恥を捨てよう。
あれはただの真っ白な布切れだ。
変に意識するな。
「その通りよ。なんだ、説明なんていらないんじゃない。今日は水着に着替えるだけ着替えて見学してたから、脱ぐのは部室でいいやって考えていたの」
嫌なところで面倒臭がりだな……。
「俺がやって来たときには先輩は水着から下着に着替えるところだったわけですね」
「いえ。このままブラとパンツをくー君に見せたらどうなるかを楽しみに待っていたわ」
「確信犯かよ……」
それじゃあ、痴女と変わらないぞ。
「言っておくけれど私は痴女ではないから勘違いしないでよね」
また思っていることを……っ。
「あの先輩? 今後こういうことは好きな人にだけ………いや、好きな人でもダメか……」
まだ混乱しているみたいだ。
「もう面倒臭い。……もうしないでくださいね! こういうことは!」
「誰にも?」
「誰にも」
「くー君にも?」
「そう言っているでしょう!?」
やっぱりこの人の貞操観念はどこかズレてる。
これからも俺は苦労しそうな気がするな。
「そんなことより勉強とかしなくていいんですか? 期末試験って来週ですよね?」
「勉強? 勉強なら今日の分は終わったじゃない」
そうだった。
中間試験のときも勉強について話題に挙がったのが、先輩はどうやら予習も復習もしないということだった。
つまり、先輩は授業の時間だけで学習を済ませる。
教師が教える内容を100%理解し、友達がいないので休み時間は授業以上の学習に精を出している、らしい。
「聞いてなかったですけど、この前の中間では学年何位くらいでした?」
「一位」
簡単に言ってくれるが、この学校でその順位を取るためにどれだけの勉強をしなければならないかこの人はわかっていないんだろう。
コスパが良いと言えばそれまでなんだけど。
少し羨ましく、そして妬ましくもある。
「くー君も確か学年一位じゃあなかったかしら?」
「……なんで知ってるんですか」
「言わないといけない?」
弱みを握られているんだからこれくらいは当然か。
ちなみに我が校では成績を廊下に張り出すようなことはしない
「勉強と言う割にはくー君も勉強しないわよね、ここで」
「俺は家で頑張ってますから。ここでは息抜きするって決めてるんです」
「そう。やっぱり頑張り屋さんね」
そう言って微笑む雛菊先輩を俺はなぜか直視できなかった。
「そ、そう言えば」
恥ずかしくなって話を変える。
「そろそろ夏休みが近いじゃないですか」
「あと三週間も経てばそうね」
「先輩は何か予定とかあるんですか? 海外に旅行とか普通にしそうですけど」
「家に篭もってるでしょうね」
「イエニコモッテル?」
まったくの真逆な答えだ。
「今年もどうやら近年稀に見る猛暑になりそうだからね。家から一歩も出ない。出てたまるもんですか」
強い意志だ。
目に炎が灯っている。
気がする。
「先輩って案外引きこもりですよね」
「用があっても外に出たくないわ」
「極めつけの一言」
とんでもないお嬢様である雛菊先輩が学校の有名人なのは、もはや言わずもがなだが。
全校生徒のイメージをぶち壊すのがこの人だ。
「ところで私の下着はどうだったかしら?」
「今それ言います!?」
◆