お金持ちは危ない!
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六月と言えば梅雨の時期だ。
まさしくと言ってもいいくらい、最近の天気はどんよりとしている。
傘が手放せないと表現してもいいくらい、雨模様だ。
辟易とする運動部を余所に今日もいつもの通り、俺と雛菊先輩は部室でそれぞれの時間を過ごす。
「こうも雨ばかりが続くと洗濯物が全然乾かなくって困りますよね」
「乾かなければ新しく買えばいいのではなくて?」
マリー・アントワネットかよ、この人は……。
そう先輩に言うと、
「でも、かの歴史人物はそんなことは実際には言っていないみたいだけどね」
「えっ、そうなんですか?」
『パンがなければケーキを食べればいいじゃない』
というのはとても有名なセリフだと思うが、ならばなぜそのような誤解が広がったんだろう?
「彼女がそう言っていたと記述された本が出回ったかららしいけれどね。詳しくは知らないわ」
「それだとマリー・アントワネットが不憫ですね」
もう死んでいるが。
「やはり勘違いというのは危ないわね。私の五月病に対する解釈も間違っていたわけだし」
「それと同列に並べて欲しくないとマリー様は言うと思いますよ」
「それしても雨止まないわね」
急すぎる話題の変え方だったが、確かに今日の雨はひどい。
雷でもなりそうなくらいに空は黒い雲に覆われている。
「こういうのをなんて言うのだったかしらね。バケツをひっくり返したような雨?」
「ああ。天気予報で言いますよね。次に強い表現が滝のような雨でしたっけ?」
「気象庁が考えたはずだけど、バケツの次が滝ってどうなの? って思うわ」
「そういえばバケツの水を被ったことがある俺ですけど、実際だとバケツでも息ができないくらいの水量ですけどね」
「滝レベルだと世界は崩壊よね」
気象庁もまさかここまで実感を伴って反論されるとは夢にも思うまい。
「平凡な質問をこの際だからしますけど、先輩の好きな天気はなんですか?」
「槍」
「天気って言ってるでしょう!?」
そんな物が本当に空から落ちてきたら悲惨だよ!
古風な武器を使ったテロだよ、それは!
「飴と迷ったんだけどねぇ」
「ファンタジーかデストロイか………」
飴にしても空から降ってくる分にはダメージはありそうだ。
「冗談はこのくらいにして。正直に言うと雨が好きなのよね、私」
「へぇ、なら今の時期はテンションが上がるわけですか」
「いえ。こう毎日というのはちょっと……。たまに降るから風情があるんじゃない」
風情ねぇ……。
そういうのを解する人間が冗談でも空から槍を降らすだろうか。
「晴れないからいつまで経ってもくー君と天体観測ができないし、困ったものね」
「え? 天体観測?」
「どうしたの?」
「いやいや不思議そうな顔をしないでください。天体観測をするなんて俺聞いてませんよ?」
「まぁ言ってないしねぇ」
なら尚更不思議そうな顔をしないでほしい。
「先輩って星に興味がある人でしたっけ?」
「いつも通りのある日のこと、見えないものを見ようとしたのよ」
あぁ。
音楽から影響を受けたのか。
というか聞く曲がもう若干懐かしい。
「でも天体観測をするにも望遠鏡なんて持ってるんですか? あれって結構値が張りますよね」
赤道儀が付いているものであれば軽く十万円を超える。
友達の兄とかが持っているのを見たことがあるが、高価なものなので触らせてもらえなかったなぁ。
「確か家にいくつかあったはず……。使ったことはないけれど」
「使ったことないのにいくつもあるんですか」
さすがお金持ちだ。
「今度晴れたら学校の屋上でやりましょう。望遠鏡はメイドに持ってこさせるわ」
ということは近いうちに本物のメイドさんに会えるのか。
やったぁ。
「いや、でも夜中に学校に入れますか? 今の時期だと日が沈んで星が見える時間もなかなか遅くなりますし」
「なぁに。普通に頼めば入れるわよ。この学校の関係者……教員、事務員すべてにおいて私が弱みを握っていない相手はいないわ」
「なにその発言怖い」
物騒過ぎる……。
あれ、もしかして俺も握られてるんじゃ……。
「大丈夫よ、くー君。あなたのことはとても気に入ってるわ。だから悪いようにはしないわよ」
握られてたー。
「都合の悪いことはスルーしとこ。………それじゃあ、この部活が存在しているのも先輩のおかげなんですか?」
「そうね。さすがに部員が少な過ぎるから、こうでもしないと続かないわ」
「でも、なんでそこまでしてこの部活をなくならないようにしてるんです?」
「これが親が出した条件だからよ」
「条件?」
どういうことだ?
「『平凡な学校に通うこと』『その学校で部活に入ること』『優秀な成績を修めること』。この三つが私に課された条件」
「最後の一つは先輩の家のこと考えればわからないでもないんですが、他の二つの意味がよくわかりませんね」
良い成績を求めておいて部活を義務化しているのは文武両道のためなのか?
いや、この部活は文化部だ。
だとしたら運動部に入っていなければおかしいか。
そして、何よりも一つ目の条件がわからない。
『平凡』にこだわる理由とは、一体……?
「少し話過ぎたわね。くー君には関係ないことだから忘れてちょうだい。人の家庭のこと話されても困るだけよね」
「そうですけど、そうでもないですよ。確かに疑問はいくつかありますが、同時に解消もできました」
なぜ、先輩のようなお金持ちのお嬢様が一般的な進学校に通っているのか。
親の条件を守っているからという答えが得れてすっきりした。
「それは良かったわね。でも、これ以上知ったらあなたはもう戻れなくなるわよ、普通の……日常に」
「無駄に意味深なことを言わないでください」
物語の黒幕みたいだ。
「無駄かどうかはあなたの今後の態度次第ね。………まさか、あなたがあんなものに興味があるなんてね」
「あ、あんなもの……?」
「あら。私の口から言わせる気? 五月三十日と言えばわかるかしら」
「………ッ!!?」
その日は確か……いや、そんなはずはない!
ちゃんと俺は周りを確認したぞ!!
「人の趣味はそれぞれ。でもね、くー君。ほどほどにしなさい」
「………はい」
屈服する。逆らえない。この人には。
あのことを周りに知られたら俺のキャラが………死ぬ。
初めて俺は実感した。
お金持ちって怖い。
「店員さんにはどんな言い訳して買ったの?」
「もういいでしょっ!!」
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