病気は危ない!
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「五月病にかかったわ」
「五月が終わる頃に言わないでください」
俺と雛菊先輩と二人きりの部活動。
とは言っても我が文化部は何か特別なことをしているわけではない。
俺はほとんど適当に本を読んでいるし、先輩はいつもパソコンでなにやら打ち込んでいる。
そして、いつも先輩が唐突に雑談を始める。
今日も今日とてそういう日だ。
「先輩は五月病というのがなんだか知っているんですか?」
「あら失礼ね、くー君。あなたはそんなことも知らない人間だと私のことを馬鹿にしているのかしら」
「知っている人間とは思えない発言をするからバカにされるんですよ」
なんなら今使っているパソコンでググるなりヤフるなりしてみればいい。
「五月病というのは環境が新しくなってその変化に適応できず、気分が落ち込むことをいうんですよ。一種のうつ状態みたいなものですね」
「へぇ」
感心してしまっている。
やっぱり知らないんじゃないか。
「五月には連休があるじゃないですか」
「ゴールデンウイークね」
ここぞとばかりに威張られても困る。
「その休み明けに急に無気力に陥ったりするから五月病なんて呼ばれています。これは新入生とか新入社員とかがなりやすい病気です。だから先輩のような高校二年生がかかるようなものではないんですよ」
「やけに詳しい説明をありがとう。要するに私は勘違いをしていたというわけね」
「まったく恥ずかしげもなく言いますね」
割と常識だと思うのだが。
「でも、五月だけが病名になるなんて五月が可哀想ね」
「六月病とか七月病もあるって言うんですか?」
その話、昔の少年マガジンで読んだことあるぞ?
「そんなことは言わないわ。ただ五月生まれとしてなんだか遣る瀬無さを感じるだけ」
「あれ? 先輩の誕生日っていつですか?」
「五月五日よ」
「こどもの日ですか」
だからゴールデンウイークと答えるときは誇らしげというか、妙に力が入っていたのか。
この人って見た目は上品なくせにたまに幼さを見せてくるなぁ。
「誕生日が祝日。だから誰からも祝われない」
「先輩の場合、友達がいないだけでは?」
「そうね!」
また威張る……。
「まぁ毎年メイドが祝ってくれるけどね」
「メイド!?」
メイドってあのメイド!?
「先輩ってお屋敷にでも住んでいるんですか?!」
「まさか。漫画じゃあるまいし」
「家にメイドがいる時点で何を言う!!?」
「いやいや。だって。あのメイドよ?」
そんな当然のように言われても。
「まぁでも先輩の家くらいお金持ちだとおかしくはない、ですよね」
「そういえばくー君の家の話とか聞いたことないわね」
「え……気になります?」
「それなりに」
自己紹介のときも感じたがこの人に普通のこと話すのは気が引ける。
ショボくなるから。
「俺には親がいないんですよ」
そんな心配は今回はいらないわけだけども。
「くー君、それって………?」
「二人とも病気で死んだんですよ。四年前に」
「その……ごめんなさい。……調子に乗り過ぎたわ」
「そんなことないですよ。先輩が謝ることなんて何もないですよ」
「今はどうやって暮らしてるの?」
「一人暮らしをしてます。祖父母がお金出してくれてて。バイトもしたかったんですけど、今は甘えることにしてます」
勉強だけは頑張っている。
将来必ず恩返しができるように。
「そう、だったのね。くー君も苦労してるのね……」
「暗い話はこれくらいにしましょう。俺は先輩と話すのが楽しいですから」
もう過去のことだし、心の整理もとっくについている。
先輩との放課後わずかな時間をこんなことで潰したくもない。
「病気というのは、怖いのね」
「怖いですね」
「でも、怖くない病気もあるわよ」
「?」
思えばこのときの先輩の表情を俺は忘れることは一生できないだろうな。
それくらいに……。
「ふふっ」
「なんですか? 教えてくださいよ」
この、友達のいないお金持ちの年上のお嬢様との時間が現実とは思えないほど、居心地が良くて。
あと二年だけ続く。
あと二年で終わる。
自分から動かないと、手に入れないと、失うことになる。
変わらなければ。
でも。
何もできなかった両親のことを思うとまだ―――――救いがある。
「ところで先輩は五月病をなんだと勘違いしていたんですか?」
「これから梅雨が来て暑くなるじゃない? それが憂鬱になることを言うのかしらと思って。ほら私って夏が嫌いだし」
「………………」
この人にも変わってほしいなぁ。
◆