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自己紹介は危ない!

 



 ◆




 時というのはまったくせっかちなもので、つい昨日入学したと思ったらもう四月が終わろうとしていた。

 光陰矢の如しとはまさにこのこと。

 国語で習った慣用句を実感していた俺なのであった。


「今日はそんな阿保面を晒してどうしたの? 阿保面くん」


「がくっ」

 と、思わず手に乗せていた頭部が落ちる音を口で言ってしまう。

 言葉だけだとグロいな、この表現。


「あの~雛菊先輩。いい加減俺のことを名前で呼んでもいいんじゃないですか?」

 この先輩は初めて会ってからこの数週間、俺のことを名前で呼んだことはない。

 一度たりとも。

 今日みたいに先輩が気まぐれに、そして適当な呼称を日替わりでつけてくる。


「ふむ。今まで呼んだ名前の中に正解はなかったかしら」


「ありませんよ。断じてね」


「あらまぁ」


「それ。三日前の名前ですよね」

 なんの因果か、俺が部室に入る瞬間に掃除中の生徒が盛大に転んで、そのとき放り投げられた水の入ったバケツを俺が頭から被ってしまうという面白出来事があった。

 ネットで呟く良いネタではあったが、そのびしょ濡れの状態で先輩に会ってしまったが故にその日は『あらまぁ』くんに。

 どこの世界に感動詞があだ名になる奴がいるというのか。

 英語だと『geeジー』くんになるぞ?


「昨日だって俺がただヤクルトを飲んでるだけで『スワローズ』になるし」


「でもカッコよくない? スワローズ」


「俺は日本ハム推しなんです!!」

 この話は昨日もしたぞ。


「昨日もその話はしたわよ?」

 思っていることを言われた。


「とにかく今度からとは言いません。今日から! 俺のことは名前で呼んでもらいますからね」


「………名前なんだっけ?」


「なん……だと………!?」

 そんなバカな!!?


「一番初めに自己紹介はしたでしょう! 覚えていないんですか!?」


「いやだって、眠かったのよ」

 確かにこの部室を最初に訪れたとき先輩は寝てた。

 俺はそこを起こしてこの部活に入る旨を伝えたが、この人もしかして。


「じゃあ、入学式の次の日にまた先輩に会ったときに妙に戸惑って見えたのは………」


「なぜ、この男の子は私の名前を知っているのかしら? ってずっと思っていたわ」


「言ってくださいよ! 覚えていないなら覚えていないって!」


「私って有名なのかと思って」


「溢れる自尊心!!」

 まぁ、とある大企業のご令嬢がこんな普通の進学校にいるのだから実際に有名なのかもしれないが。

 本来であれば俺なんかが気軽に話せるような人ではないはずなのだ。

 住む世界が違うと言っていい。

 何か事情でもあるのか?


「では阿保面くん」


「今日のあだ名はそれなんですね……」

 毎日毎日よく変わるなぁ。


「改めて自己紹介をしましょうか。親睦を深める意味でも」


「人のことを阿保面と呼ぶ程度にはもう深まっていると思いますが?」

 今更感が半端ない。


「私は二年生の雛菊よ。はっきり言ってお金持ちの所謂お嬢様だけど、気兼ねなく接してくれてかまわないわ。どうぞよろしく」


「………………」

 自分でお嬢様って言ったぞ、この人。


「それが先輩の自己紹介ですか? 大丈夫なんですか、それで」


「そういえば同年代に自己紹介するなんて初めてかもね」


「あぁ、先輩は友達いないですもんね」


「まぁね!」

 なんでこの人は友達がいないことだけはこんなに輝いてアピールできるんだろ。

 普段つけない『!』までつけて。


「もうちょっと改善した方がいいですよ、その紹介文」


「でも事実じゃない」


「事実だけど!」

 嫌味にしか聞こえない。


「今のままだと、された側は見下された気分になるので印象が悪いです。………そうですね、事実だと言うのならいっそのこと具体的に言ったら相手にインパクトを与えられるかもですね」

 なんでまだ会ってそんなに時間が経っていない年上の自己紹介の指導をしているんだ、俺は。


「いつの間にか阿保面くんに指導されているわ、私」

 また思っていることを言われた。


「まぁ、いいわ。後学のためにご教授願いましょう。親の会社について具体的に言えばいいのね?」


「そうですね。それでやってみましょう」


「わかったわ」

 先輩は一度だけ深呼吸をゆっくりとして、意を決したように口を開く。

 なんだかその気迫にこちらもはっと息を呑む。

 俺も先輩に続いて自己紹介をしよう。


「私は二年生の雛菊よ」

 あ。そこから言うんだ。


「親は日本を代表しそうな会社の社長とその秘書をやっているわ。どうぞ、よろしく」


「俺は一年生のくうって言います。先輩、よろしくお願いしますね!」


「………………」


「………………」


「………………………」


「………………………先輩、今ボケましたか?」


「ボケてないわ」


「じゃあなんですか!? 日本を代表()()()()会社って!! なんでちょっとショボくしたんですか!!!」


「でも事実じゃない」


「事実なんだ!!?」

 実の娘が言うのだからこれ以上の説得力もない。


「あと先輩の後に自己紹介する俺が普通過ぎてインパクトが全然ない………」


 何か印象に残るような自己アピールを見つけようと決意した四月下旬の先輩との会話だった。

 俺の心を表すかのように桜の花びらが散り終わる。


「空馬。クウマというのね。じゃあ、あだ名はくー君ね」


「………もう、どうでもいいです」





 ◆





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