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生徒会長は危ない!

 



 ◆




「文化祭で何か出し物をしないと俺たちの部活がなくなるんですか?」


「簡単に言うとそういうことね」


 今は十月の中頃。

 来月の頭に我が学校では、文化祭がある。

 学級で出し物を決めて行うことはもちろん、希望すれば部活だってその部活の特色を生かした様々な催しを行うこともできる。

 検査は厳しいが、飲食店を出すこともできるし。

 去年、入学する前に見学のつもりで遊びに行ったからどのような雰囲気かはよくわかる。

 わかる、が。


「なんでそんなことになったんですか?」

 この部活は雛菊先輩の都合によってつくられ、いろんな権謀術数のうえに成り立っているはずだ。

 廃部の危機になるはずもないと思っていた。


「今日の昼休みのうちに生徒会長にそう言われたのよ。すごい剣幕だったわ」


「え……、じゃあ、その生徒会長はこの部活をつぶしたいってことなんですか」


「最近、新しく変わったからね。何か手柄がほしいんじゃない?」


「そんな……。自分の都合ためにそんなことするだなんて! ……俺ちょっと文句言ってきます!」


「まぁまぁ。待ちなさい、くーくん。多分あっちから来てくれるからって………あら、ちょうど―――――」

 先輩が気づいたときにはもう、部室のドアが開かれた。

 勢いよく、バンッと。


「失礼する」


 張り詰めた糸のような緊張が走る。

 そう感じるほど、厳しく響くような声だった。


 こちらの返事を待たず、つかつかと堂々たる足取りで部室に入ってくる女子生徒。

 姿勢が良いためか、俺よりも身長が高く見える。品行方正さを訴えんばかりのポニーテールが印象的だ。


「ここが、雛菊。貴様の根城か。思ったよりも狭いんだな」


「ようこそ、生徒会長さん。いや―――龍胆(りんどう)さん」


 そうだ。思い出した。

 龍胆生徒会長。この学校で初の女子の生徒会長で話題になっていた。

 この間あった生徒会選挙では、その凛々しく肝の据わった演説に聞いていたその場の全員が圧倒された。

 そして、その厳しくも美しい姿に胸を打たれた人は数知れず。

 男女問わずのファンクラブまでできているっていう噂だ。

 そんな人に目をつけられているのか。


「それで? あなたはなぜ、ここに来たのかしら」

 さすがだ、雛菊先輩。

 この生徒会長に気圧されることなく、いつもの調子だ。


(とぼ)けるなよ。自分は昼休みに貴様に言ったはずだ。この部活をさっさと畳めとな」

 この人もこの人だ。

 雛菊先輩って学校では高嶺の花で、周りから近寄りがたいって思われているんだぞ。

 ここまで物怖じせずに先輩と話している人って初めて見る。


「そっちこそぬけているのではなくて? こうも言われたわよ。文化祭で出し物をすればこの部活を続けても良いって」


「ああ、あれは単なる挑発だ。貴様は、文化祭に参加なんぞしないだろ? 貴様はそういうタイプの人間ではないことくらい自分にだって分かるさ」


「あらあら。これはまた節穴な目ね」


「何?」


「参加するわよ、文化祭。この部を失うわけにはいかないもの」


「……貴様がそこまで執着するとは、な。いや失礼。知ったふうなことを言い過ぎた」

 と、素直に謝罪する龍胆先輩。

 言動から少し高圧的な印象があったが、自分の非をきちんと認めるところはさすが生徒会長だ。


「では、雛菊。詫びついでに二つ質問してもいいか?」


「なにかしら?」


「まず一つ目だが………」

 そう言って龍胆先輩は、俺のほうに手を向ける。


「彼はだれだ?」


「あらあら。質問する相手を間違えているわよ」


「ふむ、そうだな」

 今さら、さながら置物のように黙って鎮座している俺に注目する。

 面と向かうと緊張感がやばいな、この人……。


「2年生の龍胆だ。未熟ながらも、最近生徒会長になり、剣道部の部長もやらせてもらっている。好きな食べ物は秋刀魚の塩焼きで苦手なものはネバネバした食べ物だ。趣味は、……そうだな、ちょっと秘密だ。よろしく頼む」

 お手本だ。お手本の自己紹介だ。

 少なくとも、どっかの雛菊先輩とは比べものにならないくらい。


「お、俺は」

 やばい、気圧される。


「俺は空馬っていいます。一年です。よろしくお願いします、龍胆先輩」

 としか言えなかった。

 自分の底の浅さが知れるぜ。


「ふむ、では空馬くん」


「は、はい!」

 背筋が伸びてしまう。


「君はもしかしてそこにいる雛菊の部活に入っているか?」

 雛菊先輩に対してとは、違った口調だ。


「ま、まぁ、そのつもりです」


「そうか。まさか君みたいな部員がいるとは思わなかった」


「あのー、龍胆先輩はこの部活を廃部にしたいんですか?」


「ん? ああ、雛菊から話は聞いているのか。答えは『そうだ』」


「あまりにもいきなり過ぎませんか? 文化祭まで二週間もないんですよ? どうしてそこまでこの部をつぶしたいんですか」


「どうしてって……、この部の活動内容がはっきりしないからだろ」


「へ?」


「よくもまぁ、先代の生徒会長は見過ごしたものだと思うが……。さすがにな、活動内容が曖昧、部員も実質、君たち二人か? なのに校内に部室があてがわれて、学校行事にも不参加ともなれば、潰されて当然ではないか?」


「おっしゃる通りでございます!!」

 土下座した。気持ち的には、五体投地したいくらいだった。

 なにが、新任生徒会長の手柄だ。

 こんな部活を廃部にして、なんの手柄になるというのか。

 こんな部活、廃部なって当然じゃん。なんの疑う余地もなく。


「なんとも無様ね、くーくん。スマホの待ち受けにするわね」

 カメラでぱしゃりと撮られる。

 なにを呑気に……。


「どうするんですか 先輩!?」


「なにが?」


「文化祭が始まるまでの二週間で何か作らないと部活がなくなりますよ! 実々花との約束だってあるのに!」


「安心しなさい、くーくん。手ならすでに打ってあるわ」


「先輩の得意な卑怯な手なら龍胆先輩に通用しないと思いますよ!?」


「あら、くーくんが私をどういう目で見ているかわかっちゃった。あとでおしおきね」

 なにっ。

 人の弱みを握ったり、部員を水増しすることは卑怯とは言わないのか?


「もう一つの質問というのがそれだ、雛菊。貴様は、一体文化祭で何をするというのかな?」

 龍胆先輩が厳しい口調に戻った。

 なんで雛菊先輩には、こんな調子なのだろうか。


「訊かれたからには答えないとね。まぁ、見なさい」

 そう言って先輩は、おもむろに立ち上がり、何かを机の中から取り出した。

 それは一冊の冊子だった。


「それは……まさか、部誌か?」


「ええ、そうよ」


「嘘を吐くな。自分が貴様に警告をした昼休みから数時間で、そんな製本された部誌が作れるわけがないだろう」


「まぁ、そうでしょうね。作り始めたのが、()()()()()


「まさか……」


「予想していたのよ。あなたが私に部活の成果を出せって言うことをね」

 なんてこったい。

 ということは、雛菊先輩はいつ今日みたいに龍胆先輩から追及されてもいいようにあらかじめ準備していたってことか。

 半端ないな、やっぱりこの人は。

 卑怯でもなんでもない。正攻法で受けてたってみせた。


「なるほどな。これは、してやられたみたいだな。一部もらっても?」


「えぇ、もちろんどうぞ」


「一応、中身を確認して判断するが……貴様のことだ。問題などないのだろうな」


「龍胆先輩、じゃあこの部活は?」


「ひとまず、続けてもいいだろう」


「よし!」

 俺は何もしてないけど!


「しかし、これからはちゃんとした部員を確保することと活動内容を明確にしてもらいたい。この部活が怪しいことには変わりはないからな」

 そう言いながら、悔しいとも思えず、すっきりとしない顔をしていた。

 この人なにも悪くないのに、先輩に一杯食わされてるからな。

 かわいそうに。


「では、これにて失礼する」

 それでも徹頭徹尾、堂々とした立ち振る舞いで部室を去っていった。


「いやー、今回ばかりはどうにもならないと思いましたよ」

 俺はというと徹頭徹尾、無駄におろおろして情けないばかりだった。


「そうね。いつものように脅し……もとい、”お願い”するために弱みを探っても彼女ったらまったく動じないのだもの。おかげで、このような方法をとらざるを得なかったわ」


「言い直しても語るに落ちてる……」

 しかも、すでに卑怯な手は実行済みとは。


「それで? 俺が気になるのは、あの部誌の内容ですよ。あの人が言うようにこの部活のあってないような活動をどのようにまとめたんですか」


「あら? 活動ならしたじゃない。覚えてないのかしら」

 へ?

 この部活に入ってからというものの先輩と雑談を交わすことしかしていないような?


「ほら。くーくんにも見せてあげるわよ」

 そう言いながら、龍胆先輩に渡したものと同じ冊子をくれた。

 表紙を見てみると、どこかで見たようなCDのジャケット写真を模写したイラストとともにこうタイトルが書かれていた。


『今夜星を見に行こう』


 なるほど、確かに。

 それは、紛れもなく先輩と行った活動だった。





 ◆





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